00-10 白春の道しるべ
抑揚の無い声がどこか高いところで鳴っていた。
「覚醒処理を開始」
施設の音声である。声はそれきり黙り、あとには冷気の流れる音が残った。壁の中から寝台ごと躰が押し出されていく。蓋が継ぎ目から浮き、白いものが縁から溢れて床へ落ちた。
「あなたに、よき目覚めを——」
男は目を開けた。
耳の底に、呼ばれたような名残がある。施設の声とは違う、細い声だった。何と呼ばれたのかは、目を開けたときにはもう消えていた。
天井にうっすらと明かりがある。小さな光があちこちで瞬いていた。寒い。肌に薄い衣が一枚貼りついているだけで、ほかに身に着けた物は無かった。
起き上がると頭の芯が遅れてついてきた。ポッドの縁を掴んで揺れが引くのを待つ。長くはかからなかった。
「兄貴」
声は壁に当たってそのまま落ちた。返る声は無い。
処置には時間が掛かるが体感時間は長くない、と兄は言った。ほんの一眠りだ、とも言った。目覚めた時にはお前の前に新しい世界が待っているだろう、と笑ってもいた。目を開ければあの得意げな顔が覗き込んでいる。そういう段取りのはずだった。
見回しても、病室ほどの部屋にはポッドとそれに付いた端末があるだけである。窓も棚も無い。人の姿も無い。
「……兄貴? 隠れてるなら今のうちに出てきた方がいいぞ。寝起きの人間は機嫌が悪いんだ」
二度目も何も返らなかった。耳を澄ますと低い動力の音が微かに聞こえる。施設が生きていることだけはそれで判った。
ポッドの縁をまたいで床に足を下ろした。硬い床の冷たさが足の裏から上がってくる。膝が一度だけ頼りなく揺れたが、立ってしまえば躰は思いのほか軽かった。掌を開いて閉じる。指は言うことを聞く。眠る前よりむしろ調子がいいくらいだった。
壁に細い継ぎ目が一本走っていた。扉だろう。掌を当てて押すと、硬い手応えだけが返ってきた。指を掛けるところを探しても、縁は壁と同じ平らさで続いていた。耳を当てても向こうからは何も聞こえない。
「開かない、と。……まあ、そうだろうな」
ポッドの脇へ戻って腕をさすった。寒さは衣一枚ではどうにもならない。
「迎えが来ないなら、こっちから出向くしかないか」
天井を見上げた。明かりは薄く、部屋の隅まで届いていない。
「点灯」
言ってみただけだった。天井の光がひとつずつ強まり、部屋の白さが増していく。
「……言ってみるもんだな」
端末の表に指を置くと画面が灯り、短い行が一つ浮いた。
ERROR: AUTHORIZATION REQUIRED
触れ方を変えても同じ行が返る。
「扉を開けてくれ」
声には何も返らない。灯りほどの気安さは端末には無いらしい。
画面の縁で読み取りの部分が小さく光っていた。識別装置である。そこへ掌を当てた。
IDENTIFYING...
MATCH: GUEST
ACCESS LEVEL: GUEST
被験体の登録は、そういう扱いだったらしい。閲覧の画面が開き、ゲストに許された用がいくつか並ぶ。
まずは外へつなぐ項を選んだ。続けて扉を開ける命令も送った。兄に一言送れれば、それで済むはずだった。
> external network
EXTERNAL NETWORK: NOT PERMITTED FOR GUEST
> door unlock
DOOR UNLOCK: INSUFFICIENT PRIVILEGE
「……被験体の扱いにしては、ずいぶん締まりがいいな」
笑ってみたが声は薄かった。外へはつながらない。扉は開かない。迎えも来ない。どれか一つなら手違いで済むが、三つ揃うと話が違ってくる。
「兄貴の段取りにしちゃ抜けが多すぎる」
男は端末の縁に腰を預けて、画面の光を眺めた。
画面の奥をもう一度覗き込んだ。ゲスト権限で見えるのは、壁に開いた覗き窓ほどの広さだった。窓の先に防壁が張られている。
「さすが、分厚い防壁してるな」
指を走らせて防壁の継ぎ目を一つずつ叩いていく。返りの遅いところが一つでもあれば、そこが入り口になる。
> probe firewall --seam
SEAM 01 ... SEALED
SEAM 02 ... SEALED
SEAM 03 ... DELAY 0.8s
> _
三つ目で指が止まった。
「だが、このスーパーハカーの前では在って無きがごとし——」
遅れた継ぎ目に割り込みを押し込む。力ずくではなく、隙間に楔を滑らせる要領である。
> breach --seam 03
FIREWALL ... BREACHED
INTERNAL NETWORK MAP
■□□■□□□□■□□□
□□■□□□■□□□□□
□■□□□□□□□■□□
□□□□■□□□□□□■
NODES ONLINE 9 / 48
> _
中は荒れていた。それでも奥へ続く経路が何本か生きていた。監視の目も逆探の手も、持ち場を空けてずいぶん経つらしかった。
経路の先に記録の棚がいくつか並んでいる。端から一つずつ開けていった。空の棚と壊れた棚が続き、最後の棚にだけ声の記録が一件残っていた。施設の管理者の残した声らしい。再生の印に触れる。
「あーあー、マイクテストマイクテスト。ぴんぽんぱんぽーん! スファレライトと申します!」
端末がやけに明るい声で鳴った。管理者の名乗りにしては、ずいぶん気安い。
「非常事態宣言が発令されました。緊急事態なので、手短にいきますね! つい先程、世界的な混乱に端を発したと思われる非常に強い衝撃が施設全体を襲いました。その衝撃により外部ネットワークが遮断。さらに緊急退避形態移行も、障害のため中断」
明るさは変わらないまま、中身だけが沈んでいく。画面に顔を寄せて続きを聞いた。
「避難完了の方々を優先し、最上位の生命維持モードに変更。なお、この命令は管理者及び上位権限のある者にしか変更出来ません。当施設は地上にある限り、半永久的にエネルギーを産出可能です」
低い動力の音が声の下でずっと続いていた。
「生命維持モードは……新たな問題が発生しない限り恒常的に維持されます。どうぞご安心ください。私スファレライトは緊急管理マニュアルに基づき、あらゆる庶務の優先度を下げ現状維持を念頭に作業を完了したことをここに宣言いたします」
そこまでは報告の声だった。一拍置いて、声の張りがふっと緩んだ。
「以上業務報告終わり! あぁ~つかれちゃったぁ。私こう、ば〰〰〰って色々やるのちょっとニガテなんですよね」
男は画面の前で瞬きをした。
「大丈夫なはず。もっかいチェック……ヨシッ! ヨシッ!」
何を指差しているのかは知らないが、声は満足げだった。
「ですが……このメッセージが再生されているということは、きっと私の魂は天に召されてしまったのでしょう。メイドロボに天国はあるのでしょうか……よよよ」
黙って頬を掻いた。
「でも、皆様のためにお役目を果たせるよう、しっかりと準備は済ませております! えっへん! ここに目的を持って来ていただけた方なら、判るようになっています。それと、重要施設の扉はきっちり締めました。そう簡単には中に入れないと思います」
「……中から出るのも、簡単じゃないんだがな」
明るい声は返事を置き去りにして先へ進んだ。
「それでは諸君の成功を祈る! なお、このメッセージは自動的に消滅する。ちっちっちっ……プシュー! ドカーン!」
男は思わず端末から手を引いた。画面は何事もなく灯っている。
「なんてね♪びっくりしました? うふふ」
「心臓に悪いぞ」
文句を言っている間に、声は少しだけ小さくなった。
「……私、お役にたてましたよね? ……そろそろお休みさせていただきます。……スファレライトより愛を込めて! アデュー!」
画面の端で再生の印が止まった。
「……おつかれさん」
「手短に」と言ったわりには、ずいぶん賑やかな記録だった。もう一度だけ同じ記録の頭を叩いた。明るい声が同じ言葉を同じ調子で繰り返す。聞き違いではない。
「非常事態、ね。こっちが寝てる間に何をやらかしたんだか」
世界的な混乱。記録はその一語で済ませている。念のため管理者の呼び出しも試した。
「おいスファレライト。聞こえてるなら返事くらいしろ」
画面の隅で呼び出しの印が点いては消えるだけだった。
日付も探した。外から時刻を受け取る機能を呼び出す。時刻はどこからも届かず、日付は判らないままだった。
自分の記録を開いた。眠る前の自分が、ここにどう書かれているのか。
> log --self
REGISTERED ... GUEST
TREATMENT ... STARTED
SLEEP ... STARTED
-- NO ENTRY DURING SLEEP --
WAKE SEQUENCE ... EXECUTED
TRIGGER ... NOT RECORDED
入眠の時刻は残っている。いまと照らすものが無ければ、それだけ判っても測りようがない。目覚めのきっかけの欄も空いていた。
人の気配を探ろうとして、施設の中の生体を当たる項を開いた。機能そのものが落ちている。
すぐ隣に生命維持の設定の項が並んでいた。そこから指を外して画面の端へ寄せた。
「……こっちは触らぬが吉だな」
締めの記録を開いた。声の言っていた扉の締めを一つずつ当たる。
LOCKDOWN: CRITICAL FACILITIES
OPERATION ROOM ...... LOCKED
GENERATOR ...... LOCKED
TRANSFER ROOM ...... LOCKED
STORAGE ...... LOCKED
POD ROOM 07 ...... LOCKED
最後の一行がこの部屋である。
「締めすぎだ。もっかいチェックして、ヨシッ、でこれか。几帳面なのか、うっかりなのか」
ロックを外すには上位権限が要る。権限の表を上へ辿り、それらしい形をネットワークの中で組んでみた。照合に掛ける。
> escalate --target pod_room_07
PRIVILEGE ESCALATION: FAILED
形を変えて二度組み直しても、返る行は同じだった。照合に掛かる前に、組んだ形ごと撥ねられている。扉は閉じたままで、男はまだ端末の前にいる。
施設から外へ出る回線を辿った。壁を抜けた先へ追っていく。回線は少し先で切れていた。
「こっちも駄目か。見事に孤立してるな」
ほかに外へ出ている経路を探すうちに、施設の中の
GATE SYSTEM: DIRECTORY
GATE KV-004 ... DIST 12 ... NO RESPONSE
GATE TA-019 ... DIST 31 ... ACTIVE
GATE MO-026 ... DIST 47 ... NO RESPONSE
GATE RJ-031 ... DIST 58 ... ACTIVE
GATE BW-052 ... DIST 66 ... NO RESPONSE
GATE LX-088 ... DIST 90 ... NO RESPONSE
GATE FN-141 ... DIST 123 ... ACTIVE
GATE YC-188 ... DIST 170 ... ACTIVE
GATE GU-207 ... DIST 214 ... ACTIVE
GATE PE-233 ... DIST 260 ... NO RESPONSE
「……静かなもんだな。どこもかしこも」
応える門どうしの間を短い信号が絶えず行き来している。その往来の上なら回線も渡っていけそうだった。
眠る前に知っていた兄のアドレスを思い出し、そこへ下りる道を門のシステムの中で探した。
ROUTE ... NOT FOUND
「……どこへ行ったんだか」
眠る前のアドレスが、眠った後も同じところにあるとは限らない。探す手を変え、辿る門を変えて何度か打ち直した。
「人を寝かしつけておいて自分は引っ越しか。兄貴らしいと言えば、らしいが」
画面を眺めたまま、男はしばらく指を止めていた。
それからもう一つのアドレスを呼び出した。もと住んでいた部屋の機械である。あそこには、自分をもとに人格を組んで躰を用意したものを置いてきた。ハルと名付けた人形の躰である。
「起こしたら文句を言われるだろうな。……自分なら言う」
門から門へ、信号の往来に乗せて細い回線を渡していく。最後の門は遠い施設の最下層に立っていた。そこから先は遠隔通信で空間を越えさせ、その施設の古いネットワークを拾う。動力の落ちたところは予備動力とバイパスで繋ぐ。
> relay build --dest home_terminal
HOP 01 ... GATE TA-019 ... LINKED
HOP 02 ... GATE RJ-031 ... LINKED
HOP 03 ... GATE FN-141 ... LINKED
HOP 04 ... GATE YC-188 ... LINKED
HOP 05 ... GATE GU-207 ... LINKED
SPATIAL LINK ... LINKED
AUX POWER ... OK
BYPASS ... OK
DEST ... HOME TERMINAL ... REACHED
LINK ... STABLE
> _
「一本きりだが、切れる気配は無いな」
スリープを解く信号を送った。しばらく待っても返りは無い。
「……寝坊か。誰に似たんだか」
もう一度同じ信号を送る。起きるまで何度でも送るつもりだった。
> send wake_signal
WAITING ... ██████████
INCOMING DATA
7E2A 91C0 4BD3 0F6E A158
C39B 2207 E4F1 6D8A 3B
> _
声ではない。男は並んだ符号を言葉に戻す手順に掛けた。
『誰だ? 勝手にアクセスしてくるヤツは』
その間にも、回線を逆に辿る動きが見えた。こちらへ向かって門を一つずつ遡ってくる。
WARNING: TRACE DETECTED
TRACE ... HOP 05
TRACE ... HOP 04
TRACE ... HOP 03
「……さすがに、自分をベースにしただけのことはある」
辿らせておけば、向こうからこちらへ来る道になるかもしれない。男は回線を繋いだまま画面から指を離した。
『誰だ? 勝手にアクセスしてくるヤツは』
ハルは届いた回線を逆に辿った。跡は門をいくつも遡り、遠い端末に行き着いた。在り処までは読めない。
相手から返事が来た。
『ハル』
名前だけである。その一語をしばらく眺めた。起こした相手がこちらの名を先に知っている。
『
『ああ。そういうことになる』
それで足りた。確かめるのはそこまでにした。名を先に知っていて、こちらの回線に難なく入ってくる。造物主様でなければ、よほどの物好きだ。
『で、チィはどこだ?』
造物主様の返事は少し遅れた。
『知らない。こっちが訊きたいくらいだ。今がいつか外がどうなってるか、判るか』
『起きたばかりだ。調べてからでいいか』
『ああ。急がない。いや、急ぐ』
『どっちだよ』
『それと頼みがある。閉じ込められてる。扉がネットワークの中からは開かない。回線を辿ってここまで来て開けてくれ』
箱の中は暗く狭い。起きたばかりの躰の中で、あちこちの機能が順に目を覚ましていく。
「起きていきなり仕事かよ」
箱の中でぼやいてから、ハルは返した。
『……俺だって働きたくないんだがな』
『知ってる。わざとそう組んだ』
『だろうな。文句は組んだヤツに言えってことか』
返しながら、もう箱の中から部屋の機械に入っていた。
「おいおい、動力も通ってないじゃないか」
聞く者のいない箱の中で声だけがこもった。
「予備動力を回して……バイパスを……よし」
壁の奥で何かが噛み合った。箱ごと躰が押し出され、蓋が浮く。隙間から光が差した。
箱から転がり出て振り返った。色あせた箱の蓋にカードが一枚貼ってある。「HAPPY BIRTHDAY」と書かれていた。
荒れた部屋だった。床に埃が積もり、壁の割れ目から草が入り込んでいる。壁際の棚には背の擦り切れた書物が並んでいた。一冊の背に『働きたくない者の為の怠け術』とある。
「……持ち主の顔が見えるな」
自分の躰の具合を順に当てていく。耳の奥に短い行が次々に灯った。
SELF CHECK
FRAME ... OK
LIMBS ... OK
SENSOR ... OK
LINK ... OK
COMBAT SYSTEM ... STANDBY
戦うための仕組みまで、躰の奥で眠っている。
部屋の機械から外へ出る回線を当ててみる。
「あん? 回線が途絶えてるな……これじゃあ日付すら……」
この建物の生体反応も探ってみる。
『日付は判らん。外への回線が死んでる。人がいるかどうかも、ここからじゃ当たれない』
『そうか』
造物主様の返事はそれだけだった。落胆したのか、初めから見込んでいたのか。メッセージはどちらとも取れた。少ししてもう一行が来た。
『部屋はどうなってる』
『荒れてる。本は無事だ。怠け方の本もな』
『それは何よりだ』
ハルは下の部屋へ続く扉も同じ手で開けた。予備動力を回しバイパスを張ると、扉が脇へ退いた。
上へ行けばいずれ地上に出られる。そちらに背を向け、回線の来た方へ向き直った。
『門へ行く。門づたいに辿れるかは着いてから見る』
『頼む』
もう一度だけ部屋を振り返ってから、扉をくぐった。
扉の先は薄暗い通路だった。
草と埃の匂いがする。壁も床も何でできているのか判らない素材で、その継ぎ目に草が根を張っていた。崩れたところは少ないのに、人の手が入った跡も見当たらない。
「まるで廃墟だな」
声は通路の奥へ吸われていった。天井は高い。ハルの躰から見れば、壁は崖のようにそびえている。
ハルは小さな躰で歩いた。段差に行き当たると跳ねて越える。一段越えるごとに埃が小さく舞う。
センサーで身の周りを探る。耳の奥に生き物の反応が灯った。反応は通路から離れた暗がりにあった。そちらへ一度だけセンサーを向け直し、そのまま通り過ぎた。
回線は強く、途切れる気配も無い。センサーのデータを束ねて送り、短いメッセージを添えた。
『通路に出た。ヒトじゃない反応がいくつか。寄ってはこない』
『何がいる』
『知らん。データに無い。ここに棲みついた獣だろう』
『……噛まれるなよ』
『忘れたのか。ゾウに踏まれても壊れん躰だぞ』
『道は長いか』
『長い。俺の足で測ればな』
『それはずいぶん長そうだ』
メッセージの向こうで、造物主様が笑ったような気がした。回線は表情までは運ばない。
通路は先で途切れていた。壁が三方を塞ぎ、進む道が見えない。
ハルは同じ歩幅で進んだ。行き止まりに見えるこの床が、そのまま下へ降りるリフトだった。壁に開いたアクセスポイントへ手を当てる。
「ちょっくら割り込んで、と」
床が少し揺れた。足の下で低い唸りが起こり、床ごと下へ沈みはじめる。百人は乗れそうな工作用の大きなリフトである。その真ん中で、ハルの躰は床の染みほどの大きさしかなかった。
その頃から回線がざらつきはじめた。
『回線が圧されてる。誰かが門を使おうとしてるのかもしれん』
途切れ途切れに造物主様のメッセージが届いた。唸りの中で短く返した。
『降りて見てくる。門を使うヤツがいるなら、先に顔を拝んでおきたい』
リフトが止まった。降りた先の通路は、奥へ向かって細くなっていく。回線は細いまま戻らない。
突き当たりに扉が一枚あった。閉じている。扉の向こうに門があるはずだった。
「さて、と。ノックして入るのは行儀が良すぎるか」
ハルは扉に触れず、壁越しにセンサーを向けた。
LIFE SIGNS ... 2
A ... LARGE ... VITALS UNSTABLE
B ... SMALL ... VITALS STABLE
乱れている方は深い傷を負っているらしい。もう一つは子供ほどの大きさだった。
扉の脇を見上げると、壁の高いところに通気口が暗い口を開けていた。
『門のある部屋の前だ。中に二人。一人は重傷、一人は子供。見られないように入る』
耳の奥に返りの符号が灯った。
INCOMING DATA
5B-- ---- C41E ---- 9D-- --
DECODE ... PARTIAL
『……気を……け……』
ハルは跳ねて通気口の縁に取りつき、暗がりへ躰を押し込んだ。狭い闇の先に、ほの明るい口が見えた。