封印された魔剣士   作:最強主人公2

10 / 10
IIIIIIIさん、加密爾列さん、夜市よいさん評価ありがとうございます!


アンケートの結果一気に歳をとってに成長するが多かったのでそれを参考に書いた結果文字数がめっちゃ多くなっちゃいました


10年の軌跡 前編

朝靄の立ち込める渓谷を、一人の少年が駆けていた。

 

足音は小さい。呼吸も乱れていない。岩肌から突き出た木の根を踏み台にし、傾斜を利用して加速するその動きは、一年前まで森で生き延びることしかできなかった少年とは別人だった。

 

 その数十メートル後方を、一人の男が無言で歩いている。

 

 白髪の男――オルステッド。

 

 振り返ることはない。歩みを止めることもない。ただ一定の速度で進み続ける。その背中を見失えば置いていかれる。それが旅の始まりから変わらない掟だった。

 

 レオンは一度だけ後ろを見た。

 

 距離は変わらない。

 

(今日も追いつけない……。)

 

 悔しさはある。しかし焦りはない。この一年で学んだことが一つある。

 

 オルステッドには追いつこうとするな。自分の限界だけを追い越せ。

 

 その教えを口にされたことは一度もない。それでもレオンは、男の背中からそう読み取っていた。

 

 その時だった。

 

 風向きが変わる。

 

 湿った空気の中に、獣臭が混じる。

 

 レオンは走る速度を落とさず、周囲へ視線を巡らせた。音ではない。気配でもない。枝葉の揺れ方が不自然だった。左前方の茂みだけ、風と逆方向へ揺れている。

 

(いる)

 

 直後、茂みを突き破るように巨大な影が飛び出した

 

 グレイウルフ

 

 通常種の倍近い体躯を持つ上位個体だ。

 

 普通なら正面から迎え撃つ。

 

 しかしレオンは剣を抜かない。

 

 そのまま三歩だけ前へ出る。

 

 グレイウルフも一直線に距離を詰めてきた。

 

 あと五歩。

 

 四歩。

 

 三歩。

 

 その瞬間、レオンはわざと重心を右へ崩した。

 

 それを見たグレイウルフは勝利を確信したように牙を突き出す。

 

 だが、それこそがレオンの狙いだった。

 

「ウォーターボール。」

 

 三つの水球は魔物ではなく、地面へ放たれる。

 

 バシャッ!

 

 地面が濡れた。

 

 グレイウルフの前脚が滑る。

 

 僅かな体勢の乱れ。

 

 しかし、その一瞬が致命的だった。

 

 レオンは左足を軸に身体を回転させると、抜刀と同時に首筋へ剣閃を走らせた。

 

 ザシュッ。

 

 鮮血が弧を描く。

 

 グレイウルフは二歩だけ前へ進み、そのまま崩れ落ちた。

 

 レオンは振り返らない。

 

 血振るいを済ませ、静かに剣を納める。

 

「……終わりました。」

 

 オルステッドは倒れた魔物を一瞥する。

 

「悪くない。」

 

 短い評価だった。

 

 だが、レオンには分かった。

 

 一年前なら「遅い」の一言で終わっていた。

 

 つまり今の戦いは、少なくとも否定されるものではなかった。

 

 二人は再び歩き始める。

 

 旅を始めてから、この男は剣を教えたことも、魔術を教えたこともない。

 

 あるのは実戦だけ。

 

 強敵と戦い、傷付き、考え、生き残る。その繰り返しだった。

 

 それでもレオンは不満を抱いたことはない。

 

 むしろ、その方が自分には合っていると感じ始めていた。

 

 技は真似できる。

 

 だが、考え方だけは誰にも教われない。

 

 だからこそ、自分で最適解を導き出すしかない。

 

 昼過ぎ、二人は崖沿いの細い街道へ出た。

 

 そこには壊れた荷馬車が一台横倒しになっている。

 

 血痕。

 

 折れた槍。

 

 そして地面に刻まれた巨大な爪痕。

 

 レオンはしゃがみ込み、ゆっくりと痕跡を調べ始めた。

 

「……新しい。」

 

 血は乾き切っていない。

 

 車輪の跡も浅い。

 

 襲撃から一時間も経っていないだろう。

 

 さらに周囲へ視線を走らせる。

 

 魔物の足跡は三つ。

 

 しかし人間の足跡は四人分ある。

 

 そのうち一人だけ、森の奥へ続いていた。

 

(逃げたんじゃない。)

 

(誘導された……?)

 

 レオンは立ち上がる。

 

「オルステッドさん。」

 

「何だ。」

 

「まだ終わってません。」

 

 オルステッドは何も答えない。

 

 だが、その沈黙が肯定であることをレオンは理解していた。

 

 剣の柄へ手を添え、森の奥へ足を踏み入れる。

 

____

 

 森へ足を踏み入れると、空気が変わった。木漏れ日はあるものの薄暗く、鳥の鳴き声も聞こえない。

レオンは剣に手を添えたまま足を止め、周囲を観察する。魔物を探すのではない。相手が「どこから襲えば最も効率よく獲物を仕留められるか」を考え、その答えを先回りする。

 

「……います」

 

 オルステッドは何も答えない。

 

 レオンは地面へ視線を落とした。倒れた草、削れた樹皮、土に残る浅い爪痕。それらは一見無秩序に見えるが、よく見れば一定の方向へ集中している。

 

(囲んでいる。)

 

 正面に一匹。

 

 右に一匹。

 

 左後方にもう一匹。

 

 少なくとも三体。

 

 レオンは敢えて歩幅を広げ、隙だらけに見える歩き方へ変えた。

 

 数秒後、予想通り右の茂みが弾ける。

 

 飛び出してきたのはフォレストウルフだった。

 

 しかしレオンは見向きもしない。

 

 剣も抜かない。

 

 その行動に魔物は困惑したように牙を剥く。

 

 直後、左後方の個体も飛び出した。

 

(二匹目。)

 

 レオンはそこで初めて剣を抜く。

 

 狙うのは一匹ではない。

 

「ウィンド。」

 

 風魔術を足へ収束させる。

 

 一歩。

 

 たった一歩で二匹の間へ滑り込んだ。

 

 右の個体は勢い余って互いの進路を塞ぎ、僅かに動きが鈍る。

 

 その間隙を逃さず、レオンは剣を横へ払った。

 

 斬るのは急所ではない。

 

 前脚の腱。

 

 踏み込みを失った魔物は体勢を維持できず転倒する。

 

 もう一匹も巻き込まれるように転び、牙同士がぶつかった。

 

 その瞬間だけ生まれた静止。

 

 レオンは左手を前へ突き出す。

 

「ストーンランス。」

 

 短い詠唱と共に地面が盛り上がり、鋭い石槍が真下から突き上げた。

 

 二匹まとめて貫く。

 

 残る一匹は逃走を選んだ。

 

 レオンは追わない。

 

 魔物にも本能がある。一匹だけになれば逃げる個体も珍しくない。

 

 剣を納めると、背後から低い声が聞こえた。

 

「なぜ追わなかった。」

 

「時間の無駄です。」

 

 レオンは振り返る。

 

「血の匂いを広げれば別の魔物を呼びます。それに、一匹逃げれば縄張りを避ける個体も増えます。」

 

 オルステッドは数秒だけレオンを見つめた。

 

「……考えているな。」

 

 その一言だけだった。

 

 レオンは少しだけ口元を緩める。

 

 それは、この一年で初めて聞いた言葉だった。

 

 二人はさらに森を進む。

 

 やがて壊れた荷馬車の持ち主らしき男を見つけた。

 

 木にもたれ掛かり、肩から血を流している。

 

 レオンはすぐに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか。」

 

「……子ども?」

 

 男は驚いた表情を浮かべたが、すぐに苦しそうに息を吐く。

 

「仲間は……。」

 

「見つかりませんでした。」

 

 レオンは傷口を確認する。

 

 深い裂傷だが、骨までは達していない。

 

 母から教わった知識を思い出しながら布を巻き、水で傷を洗う。

 

 簡易的な回復魔術も使うが、完治には程遠い。

 

「応急処置しかできません。」

 

「それで十分だ……助かった。」

 

 男は震える手で立ち上がった。

 

「街までなら歩ける。」

 

 レオンは頷き、男を街道まで送り届ける。

 

 別れ際、男は何度も頭を下げた。

 

「恩人だ。本当にありがとう。」

 

 レオンは照れくさそうに頭を掻く。

 

「気を付けてください。」

 

 男が見えなくなると、オルステッドが歩き始める。

 

 レオンも黙ってその後を追った。

 

 しばらく歩いたところで、不意にオルステッドが口を開く。

 

「剣だけでは人は救えない。」

 

 レオンは顔を上げる。

 

「……はい。」

 

「魔術だけでも救えない。」

 

 再び沈黙が訪れる。

 

 その言葉の意味を考えながら、レオンはゆっくりと歩き続けた。焚き火の前で剣を振るだけでは届かないものがある。だからこそ、もっと強くならなければならない。その思いだけは、一年前よりもずっと鮮明になっていた。

 

____

 

 旅を始めて二年目

 

 レオンの戦い方は目に見えて変わり始めていた

 

 以前は敵が現れれば剣を抜き、力で押し切ろうとしていた

 

 だが今は違う

 

 戦う前に観察する

 

 風向き、地形、魔力の流れ、相手の視線や重心の移動まで頭の中で組み立て、最も効率よく勝てる形を探す

 

 それは誰かに教わったものではない

 

 オルステッドの戦いを何度も見続け、自分なりに導き出した答えだった

 

 その日も二人は森を抜け、岩山へ続く街道を歩いていた

 

 岩肌がむき出しになった険しい地形は見通しが悪く、魔物にとっては格好の狩場でもある

 

 レオンは歩きながら視線だけを動かした

 

 岩陰が多い

 

 風は谷から吹き上げている

 

 匂いで位置を探る魔物なら、風下へ回るはずだ

 

 その予想通り、右後方の岩陰から小石が転がる音が聞こえた

 

 レオンは振り返らない

 

 気付いていないふりをして歩き続ける

 

 数秒後、三体のロックモンキーが一斉に飛び出した

 

 前方を塞ぐ一体

 

 左右から回り込む二体

 

 見事な挟撃だった

 

 しかしレオンは冷静だった

 

 真正面の個体へ向かって走り出す

 

 魔物は獲物が慌てて突っ込んできたと思ったのか、大きく腕を振り上げた

 

 その瞬間、レオンは身体を沈める

 

 拳は頭上を通過し、岩だけを砕いた

 

 すれ違いざまに剣を振るう

 

 狙うのは喉ではない

 

 足首

 

 支えを失った魔物は体勢を崩し、その巨体が後方へ倒れる

 

 そこへ左右から飛び込んできた二体が激突した

 

「今だ」

 

 左手へ魔力を集中させる

 

 短い詠唱とともに炎と風の魔力を練り合わせた

 

「火精よ 荒ぶる風を纏い 紅蓮の牙となれ――フレイムトルネード」

 

 生まれた炎は一本の渦となり、三体をまとめて飲み込む

 

 炎だけなら避けられていた

 

 だが風を加えたことで渦は急激に進路を変え、逃げ道まで塞いでいた

 

 熱風が収まる頃には三体とも動かなくなっていた

 

 レオンは小さく息を吐く

 

「魔力の消費が大きいな……」

 

「無駄が多い」

 

 後ろからオルステッドの声が飛ぶ

 

「炎の制御に魔力を使いすぎている」

 

「風だけで十分に誘導できた」

 

 レオンは静かに頷いた

 

「分かりました」

 

 反論はしない

 

 この男は感覚で話しているように見えて、指摘は一度も間違えたことがなかった

 

 その日の夕方

 

 二人は崖の上で野営をしていた

 

 焚き火を挟み、レオンは魔術書を広げる

 

 そこには上級火魔術の詠唱が細かく書かれていた

 

 長い

 

 一つ発動するだけで数十秒は必要になる

 

 実戦では致命的な隙だった

 

「……短くできないか」

 

 何度も文章を読み返し、魔力の流れを書き写す

 

 魔術は言葉そのものが力ではない

 

 言葉によって魔力を一定の形へ導く技術だ

 

 ならば不要な工程を省けば、もっと速く発動できるはずだった

 

 紙へ何度も魔法陣を書き直す

 

 魔力の循環を変え、術式を書き換え、再び試す

 

 十回失敗し、二十回失敗し、三十回目でようやく炎が安定した

 

 その様子を見ていたオルステッドが小さく口を開く

 

「普通は失敗を繰り返す」

 

「お前は失敗を分析している」

 

 レオンは顔を上げた

 

「違いがあるんですか」

 

「大きい」

 

 それだけ言うと、オルステッドは再び目を閉じた

 

 レオンは少しだけ笑う

 

 この男にとって、それは十分すぎるほどの評価だった

 

 焚き火の炎は静かに揺れ続け、レオンは夜更けまで魔術書と向き合い続けた

 

____

 

 三年目を迎えた頃には、レオンの剣筋には迷いがなくなっていた

 

 ただ速く振るのではない

 

 一太刀ごとに意味を持たせる

 

 斬るための剣ではなく、相手を動かすための剣

 

 初撃で癖を見抜き、二撃目で選択肢を奪い、三撃目で決着をつける

 

 それが今のレオンの戦い方だった

 

 その日は岩山の奥深くで、一体のアースベアと遭遇した

 

 全身を岩のような毛皮で覆われた上級魔物

 

 力だけならロックボアを遥かに上回る

 

 普通の剣では浅い傷しか与えられない

 

 レオンは剣を抜いたまま動かない

 

 相手も不用意には飛び込んでこない

 

 互いに間合いを測る静かな時間が流れる

 

(正面は駄目だ)

 

(肩から胸にかけては硬い)

 

(首も毛が厚い)

 

 レオンは呼吸を整えながら全身を観察する

 

 やがて一つだけ違和感を見つけた

 

 右前脚

 

 体重を乗せる瞬間だけ僅かに沈み込みが深い

 

 昔の傷か、それとも骨格の癖か

 

 理由は分からない

 

 だが、そこが突破口だった

 

 レオンはゆっくり左へ回り込む

 

 アースベアも視線だけで追ってくる

 

 そして突然、巨体とは思えない速度で距離を詰めた

 

 振り下ろされた右腕

 

 レオンは避けない

 

 剣で受けることもしない

 

 半歩だけ踏み込み、腕の内側へ潜り込んだ

 

 拳はレオンの背中を掠め、岩盤を粉々に砕く

 

 砕けた岩が視界を遮る

 

 その一瞬だけ、アースベアはレオンを見失った

 

「ウィンド」

 

 風魔術を脚へ収束

 

 急加速したレオンは右前脚の真横へ滑り込み、関節だけを狙って斬り上げた

 

 金属を叩いたような音が響く

 

 刃は深く入らない

 

 だが狙い通りだった

 

 関節へ衝撃を受けたアースベアは体勢を崩し、重心が前へ流れる

 

 そこへレオンは後退しながら詠唱を始めた

 

「燃え盛る炎よ 大気を焦がし 敵を穿つ紅蓮となれ――」

 

 魔力が剣へ集まる

 

 炎だけではない

 

 風魔術も同時に循環させ、炎の勢いを制御する

 

 熱量を一点へ収束させながら最後の一節を紡ぐ

 

「フレアランス」

 

 剣を振るうと同時に、炎は一本の槍となって放たれた

 

 轟音とともに赤い閃光が一直線に走る

 

 体勢を崩したアースベアは避けきれず、肩口へ直撃した

 

 爆炎が弾け、周囲の木々が大きく揺れる

 

 土煙が晴れる頃には、巨大な魔物は静かに地面へ倒れていた

 

 レオンはその場へ座り込み、大きく息を吐く

 

「……まだ遠いな」

 

 勝てた

 

 だが、魔力は半分以上失っている

 

 一対一だから通用しただけで、相手が複数なら危険だった

 

 レオンは反省点を頭の中で整理する

 

 詠唱を短縮できないか

 

 魔力循環をもっと効率化できないか

 

 剣へ纏わせる魔力も無駄が多い

 

 改善点はいくらでも見つかった

 

 オルステッドは倒れた魔物を見ると、小さく口を開く

 

「初撃で弱点を見つけたか」

 

「動きを見ていたら右脚だけ沈み方が違いました」

 

「だから狙っただけです」

 

 オルステッドは数秒黙り込む

 

 そして珍しく、ほんの僅かに口元を緩めた

 

「観察眼は悪くない」

 

 その言葉だけで十分だった

 

 レオンは剣を納める

 

 この旅を始めて三年

 

 オルステッドから褒められたのは、数えるほどしかない

 

 だからこそ、その一言には何よりも価値があった

 

 その日の帰り道、夕日に染まる街道を歩きながらレオンは改めて決意する

 

 もっと強くなる

 

 どんな魔物が相手でも、どんな状況でも最適な一手を選び取れる剣士になる

 

 そのためなら、何度でも壁にぶつかろうと構わなかった

 

____

 

 

 四年目を迎えた頃には、旅にもすっかり慣れていた

 

 国を渡り歩き、山脈を越え、街道の宿で夜を明かす日もあれば、誰も足を踏み入れない魔物の縄張りで野営する日もある

 

 レオンは旅の中で一つの癖がついていた

 

 初めて訪れる場所では必ず高い場所へ登る

 

 街なら鐘楼

 

 森なら巨木

 

 山なら尾根

 

 視界を確保し、地形を頭へ叩き込む

 

 逃走経路、水場、魔物の行動範囲、風向きまで把握してから動く

 

 それだけで生存率は大きく変わると、この四年間で嫌というほど学んだからだ

 

 その日も二人は森を抜け、小さな丘で野営していた

 

 焚き火の火は小さい

 

 夜行性の魔物を寄せ付けない程度に薪をくべる

 

 食事を終えたレオンは剣の手入れをしながら口を開いた

 

「オルステッドさん」

 

「何だ」

 

「一つ聞いてもいいですか」

 

「答えられることならな」

 

「世界には、あなたより強い人はいるんですか」

 

 オルステッドは少しだけ焚き火へ視線を落とした

 

「いるかもしれん」

 

 曖昧な返答だった

 

 だがレオンはそれ以上追及しない

 

 この男が話したくないことを無理に聞き出しても意味はない

 

 しばらく沈黙が続く

 

 薪が弾ける音だけが静かな夜へ響いていた

 

 やがて、オルステッドが低い声で口を開く

 

「レオン」

 

「はい」

 

「一つだけ覚えておけ」

 

 その声音は普段よりも僅かに重かった

 

「この世界には”ヒトガミ”と名乗る存在がいる」

 

 聞き慣れない名だった

 

「神ですか」

 

「違う」

 

 即座に否定する

 

「もし夢の中で白い空間へ呼ばれたら、そこにいる男の話は聞くな」

 

「信用もするな」

 

 レオンは首を傾げた

 

「どうしてですか」

 

「理由は今は話せない」

 

 オルステッドは短く答える

 

「だが、一つだけ言える」

 

「奴は、お前の利益になる言葉だけを選ぶ」

 

「だからこそ危険だ」

 

 レオンは静かに頷いた

 

「分かりました」

 

 それ以上は聞かなかった

 

 聞いても答えは返ってこない

 

 それくらいは四年間で理解していた

 

 翌朝、二人は巨大な峡谷へ足を踏み入れる

 

 切り立った岩壁が何百メートルも続き、下には激流が流れている

 

 街道は人一人が歩ける程度の細さしかない

 

 レオンは何となく嫌な予感を覚えていた

 

 風が妙に強い

 

 鳥の姿も見えない

 

 崖の上には新しく崩れた跡が残っている

 

 自然ではない

 

 何者かが意図的に岩を落としたような痕跡だった

 

「……止まってください」

 

 オルステッドも足を止める

 

「何かあるか」

 

「分かりません」

 

「でも静かすぎます」

 

 レオンは崖の上へ視線を向けた

 

 その瞬間だった

 

 ゴゴゴゴゴッ――

 

 峡谷全体が激しく震えた

 

 巨大な岩塊が次々と崩れ始める

 

 レオンは反射的に剣を抜き、頭上から落ちる岩を斬り払う

 

「走れ!」

 

 オルステッドの声が響く

 

 二人は一気に駆け出した

 

 だが崩落は止まらない

 

 足元の地面まで音を立てて崩れ始めていた

 

 レオンは前方へ飛び込む

 

 視界いっぱいに土煙が広がり、オルステッドの姿が完全に見えなくなる

 

「オルステッドさん!」

 

 叫び声は轟音へ飲み込まれた

 

 崩落が収まった頃には、峡谷の景色は原形を留めていなかった

 

 巨大な岩が街道を埋め尽くし、さっきまで歩いていた道は跡形もなく消えている

 

 レオンは咳き込みながら立ち上がる

 

 額から血が流れ、左腕には無数の擦り傷ができていた

 

「オルステッドさん!」

 

 返事はない

 

 岩を乗り越えながら辺りを見回す

 

 足跡は崩落で消えている

 

 魔力を探ろうとしても、この規模の崩落では周囲の魔力が乱れすぎて何も分からなかった

 

 半日かけて周囲を探した

 

 崖の上にも登った

 

 川沿いも下流まで歩いた

 

 それでも見つからない

 

「そんなはず……」

 

 レオンは拳を握る

 

 あのオルステッドだ

 

 崩落程度で命を落とすような人物ではない

 

 だが、探しても姿がないのも事実だった

 

 翌日も、その翌日も探し続けた

 

 食事も最低限しか取らず、昼も夜も歩き回る

 

 五日目の朝、レオンは崖の上から峡谷全体を見渡していた

 

 風だけが静かに吹いている

 

 その景色を見つめながら、小さく息を吐いた

 

「……生きてますよね」

 

 返事はない

 

 だが、不思議と不安はなかった

 

 あの背中を知っている

 

 誰よりも強く、誰よりも冷静だった男が、こんな場所で終わるはずがない

 

 レオンは腰の剣へ手を置く

 

「次に会う時は、もっと強くなっています」

 

 それだけ呟くと、峡谷へ背を向けた

 

 街道を歩き始めて数日後、小さな町へ辿り着く

 

 門番は疲れ切ったレオンを見るなり眉をひそめた

 

「坊主、一人か」

 

「はい」

 

「親は」

 

「いません」

 

 それ以上は聞かれなかった

 

 町へ入ると、酒場の壁へ依頼書が何枚も貼られている

 

 薬草採取

 

 荷物運び

 

 魔物討伐

 

 どれも報酬は高くない

 

 それでもレオンは迷わず一枚を手に取った

 

 森に現れたホーンラビット十体の討伐

 

 子どもでも受けられる簡単な依頼だった

 

 受付の女性はレオンを見るなり困ったように笑う

 

「本当に行くの」

 

「危なかったら逃げます」

 

「無理はしないでね」

 

 レオンは頷くと、そのまま森へ向かった

 

 ホーンラビットは角こそ鋭いが、素早さだけが取り柄の魔物だ

 

 群れで現れれば厄介だが、一匹ずつなら脅威ではない

 

 森へ入って十分

 

 茂みが揺れ、一匹が飛び出した

 

 レオンは剣を抜かない

 

 相手が跳ぶ瞬間まで待つ

 

 ホーンラビットは一直線に突っ込んできた

 

 その軌道は単純だ

 

 身体を半歩だけずらし、すれ違いざまに首筋へ一閃

 

 血飛沫が舞う

 

 続いて二匹

 

 三匹

 

 群れは一斉に襲い掛かってきた

 

 レオンは囲まれる位置へ自分から移動する

 

 逃げ道を残したまま戦えば、魔物は四方から襲ってくる

 

 だが、自分で袋小路へ入れば攻撃できるのは前方だけになる

 

 頭数の利点を潰せる

 

 左手へ魔力を流す

 

「ウォーターボール」

 

 三つの水球を魔物ではなく地面へ撃ち込む

 

 ぬかるんだ地面でホーンラビットは次々と足を滑らせた

 

 転倒した個体から順番に仕留める

 

 剣を無駄に振るわない

 

 一撃ごとに確実に急所だけを断ち切る

 

 十分も経たないうちに、森は静寂を取り戻していた

 

 レオンは魔石を回収し、剣の汚れを拭き取る

 

「……一人でも、やれる」

 

 その言葉は誰かへ向けたものではなかった

 

 自分自身へ言い聞かせるような、小さな独り言だった

今後の展開

  • 一気に歳をとって成長する
  • 修行
  • 魔法を極める
  • 剣術を極める
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