恋愛研究部──略して『こいけん!』 作:一等星の夜
このパーフェクトメイドボディを使って、先生に『ご奉仕』をします。
先生:トキは完璧で究極でかわいくてきゅーとなパーフェクトメイドエージェント。
「──恋愛というものは、既成概念にとらわれすぎているきらいがあると私は考えています」
本日の当番、メイド服に身を包んだ飛鳥馬トキはデスクにかじりついて執務をこなしている私の正面に立ち、両手を前で組んで、目を伏せたまま澄まし顔で颯爽と言葉を繋げる。
彼女も『恋愛研究部』なるものに入部したらしい。
「たとえばですが、大人と子ども。あるいは先生と生徒。こういった関係性にある者たちの恋路に、犯罪ではないものの倫理的に──などとケチをつけたりです」
「……」
「倫理的などという抽象的な言葉で他人の恋路を縛るのは、それこそ倫理に反しているのではとの結論に至ったわけなのですが、先生はどう思われますか?」
どうといわれても、返答に困る。
どちらかといえば私は彼女の言うところの、倫理に反している側の思考を持っている人間なので。
ただ、彼女の言わんとすることも理解はできる。
もちろん、大人と子ども。先生と生徒の恋愛など、世間一般的には到底褒められたものではない。
だがしかし、たとえば25歳の男と、16歳の女。この2人の歳の差はたったの9つだ。その差は恋愛において倫理に反していると言えるのだろうか?
答えは否である。そのくらいの差は誰も気にはとめないだろう。
ただ、16歳は未成年であり、25歳は成人である。
それこそが両者を隔絶する『倫理』という壁なのだ。
まあ、清く正しい交際であるならば、2人を分つ障壁こそが倫理に反していると、私もたしかにそう思う。
けれど世間は、それを清く正しいとは認めないだろう。
正しさとは往々にして数に比例する。
いつの時代も少数派は異端として扱われ、排斥されてきた。
誰かを想う気持ちは、いつだって本物であるはずなのに。
──と、珍しく真面目に考え込んでいるといつの間にかこちらを凝視していたトキと目があったので、先ほどかけられた問いへの答えを出そうと口を開きかけたのだが、それを制止するかのように先にトキが口を開いた。
「待ってください先生。その表情を見れば、なにが言いたいのかは手に取るようにわかります」
言って、彼女はむふーと満足げに息を吐いた。
「たしかに先生は大人で、私は子どもです。ですので先生が思い悩んでしまう気持ちもわかります。しかし、私は顔も名前も知らない
なんだか雲行きが怪しい気がするのだが、一応最後まで聞こうと思う。
「ですので、私はこう答えましょう。なんの心配もいりません、と。なぜなら、先生が私を愛しているように──いえ、それ以上に、私も先生のことを愛しているからです」
「まって、なんの話?」
食い気味に、被せるように私が問いかけると、彼女は心底理解できないというふうにことりと首を傾げた。
「先生と私の今後についての話ですが?」
「ごめん、本当にトキがなにを言っているのかわからない」
「相変わらず、先生は困ったお人ですね」
はあ、とため息を落として、やれやれとでも言わんばかりにトキは首を横に振った。
「先生」
じっと、切れ長の目が私を捉える。
彼女の、夏空のように澄んだ綺麗な碧眼に見つめられると思わずゾクゾクしてしまう。
もちろんトキだけではなく、たとえばアルやカヨコ、サオリやスバル、キサキや──他にもエトセトラ。
じとりと目を細めるような表情が魅力的な生徒はたくさんいる。
べつに、私が特殊な性癖をもっているだとか、そういったことは断じてない。彼女らにジト目を向けられて喜ばない男がいるだろうか? いやいない。
「自分の胸に手を当ててよく考えてみてください」
言われた通り、私は胸に手を当てた。
「では次に、目を瞑ってください」
言われた通り、私は目を瞑った。
「どうですか。これでようやく理解できましたか?」
「なにを!?」
あまりの脈絡のなさに、閉じていた瞼を起こすと、トキはまたも呆れたような表情でこちらを見ている。
今回ばかりは、私は悪くないと思うのだがどうだろうか。
「目を瞑ってまずなによりも先に私の顔が浮かんだはずですが、それはつまりそういうことなのです」
「ちょっとまって」
つまりどういうことなのだろうか。
ていうかべつになにも浮かばなかったのだが。
「先生」
「はい」
「私の顔はどうですか?」
「かわいくてきゅーとだと思います」
「では、私の所作はどうですか?」
「完璧で究極です」
「この洗練されたスタイルは?」
「まさにパーフェクトメイドボディ」
「よろしいです」と満足げに微笑したトキは、ゆっくりとこちらに歩いてきて、椅子に腰かける私を見下ろしたまま、私の頭を撫でた。
「ご褒美です」と言葉を繋げて。
「……あの、トキさん」
「なんですか、私の先生」
トキはよく今みたいに私の頭を撫でることがある。
私としては正直照れくさくてむず痒いと感じるのだが、まあ嫌な気はしない。
だが、もう一分ほど撫でられているのに、一向にやめる気配はなく戸惑ってしまう。
いつもなら4、5回撫でると満足するのだが、今日はやけに長い。
「これ、いつまで続くの?」
「愚問ですね。私が満足するまでです」
「……トキに撫でられるのは嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけどさすがに恥ずかしくなってきたよ」
「む。今日の先生はいつもより困ったさんですね」
困ったさんってなんだ、というツッコミの代わりにため息をひとつ落としておく。
すると彼女はやれやれとでも言いたげにため息をついて返した。
「いいでしょう。では──」
トキは私の頭を撫でていた手を引っ込めると、なんの前触れもなく椅子に腰かけた私の膝の上に座った。
そのまま、驚く私を気にもとめず私の手首を掴んで、私のてのひらを自身の頭の上に持っていった。
「次は先生が私を撫でてください」
これだったらトキに撫でられていた方がよっぽどマシだった。
私はこぼしかけたため息をぐっとこらえて、左手でトキの頭を撫でながら、右手でペンを握った。
膝の上のトキがとても邪魔で執務が大変やりづらいのだが、そんなことを言って拗ねられて、さらにとんでもない要求をされてしまっても困るので、私はしばらくそのままにしておくことにした。
……書類が見えない。
× × ×
約10分ほどトキの頭を撫で続けていると、ようやく彼女は満足したらしく、膝の上から降りて当番としての役目を果たしてくれた。
予定よりもずいぶんと早く処理し終えた書類をまとめて、ふと窓の外に目をやった。
気づかなかったが、どうやら雨が降っていたらしい。
とつとつと窓を叩く雨音が、今さら私の耳に届いた。
「トキ、傘持ってきてる?」
「当然です。この完璧なメイドエージェント────いえ、持っていないですね」
「持ってるよね?」
「持っていないですが?」
どうやら持っていないらしい。
「じゃあ、帰りは私の傘を貸すよ」
言って窓の外からトキの方へと視線を移すと、頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべているトキと目があった。
「先生。先ほどの会話をよく思い返してみてください」
「はあ」
「本当に私が傘を持っていないと思いますか?」
「思わないね」
「では、私の意図がわかりますね?」
「ええと、私を揶揄ってる……?」
おそるおそる問いかけると、否定の代わりにクソデカため息が返ってきた。
どうやらハズレらしい。
「雨。一本の傘。このシチュエーションで私たちが取る行動などひとつに限られるはずです」
「だからそれは君に貸してあげると──」
「クソボケですか!」
「ええ……」
なにが気に入らないのか、トキはきりりと眉を吊り上げてその切れ長の目で私を睨めつける。
「どう考えても相合傘一択に決まっているでしょう!」
「え、いや、それは合理的じゃないよ。ひとつの傘に二人なんて──」
「恋愛に合理など必要ありません!」
「ええ……」
どう考えても、ひとつの傘に二人入るなど非合理的である。
どちらかが濡れてしまうに決まっているのだから。
ていうか今恋愛は関係ないだろう……と、不満を伝えたいのだが、そんなことを言い出せる雰囲気ではないのでだまっておくことにする。
「いいですか先生」
「はい」
「『相合傘』をします」
「……」
なんだろうか。「相合傘をするだって? 私は健全な生徒たちを導く立場にある先生だぜ……社会的に少しは有名なんだ。それが! そんな非合理的なことをしたら、万が一にでも君に風を引かせてしまう可能性だってあるッ」とでも返した方がいいのだろうか──と頭の中で考えていると、トキは構わずに同じ言葉を繰り返した。
「『相合傘』をします」
「だから気に入った」
……しまった。
そんなつもりなど毛頭なかったのだが、つい言葉が口をついて出てしまった。
考えるより先に、というやつだ。
条件反射とはやっかいなものである。
「では、制服に着替えてきますね」
「どうぞ」
潔く諦めて、執務室を出ていくトキの背を見送ったのだが、一度執務室を出たトキはすぐに入り口から顔を覗かせて私を呼んだ。
「申し訳ありません。先生のご趣味を失念していました。制服をとってすぐに戻って参りますので少しだけ待っていてください」
「……? 着替えてくるんだよね?」
「……? 目の前で着替えてほしいのですよね?」
……この子は、一体なにを言っているのだろうか。
私の耳や頭がおかしくなったのではないならば、今私は彼女に、目の前で着替えてほしいんだよな? と問われた気がする。
いやいや、気のせいだろう。
普通に私の頭がおかしいんだ。
「はっ! もしや目の前で着替えるよりも、着替えているところをこっそりと覗く方がよかったのですか!?」
「なに言ってんの!?」
よかった。私の頭は正常だったらしい。
いやよくないが。
私の趣味は、生徒に目の前で着替えさせることや、生徒の着替えをこっそり覗くことだと思われているらしい。
まあたしかに? 生徒に首輪をつけたり、生徒の足を舐めたり、生徒の髪を吸ったり、全裸で生徒たちに駆け寄ったり、他にも色々と余罪はあるのだが?
それにしても……いやあ……まあ、怒ることはできないな。
趣味でそのようなことをしてきたわけではないが、そういった類の変態だと認識されている事実から目を背けるわけにはいかない。
思い返すと私の行動は結構終わっている。
「ですが、先生のご趣味は多岐にわたるかと。たとえば首輪や足舐め、全裸疾走などエトセトラ」
「うん、ごめんね? 私が間違ってました、許して」
頼むからこれ以上私の傷を抉るのはやめてほしい。
そしてこれ以上傷を増やさぬよう、トキには絶対別室で着替えてもらわねばならない。
「でもほら、私にも色々と事情があったわけで、なにも私の趣味ってわけじゃあないんだ。やむにやまれぬってやつだよ」
まあヒナの────生徒の髪を嗅いだのはなんというか言い訳の余地もないのだが。
「そうですか。ですが私は先生になら見られても構いません。むしろ見てください」
「私が構うし世間が許してくれないよ……」
その後も何度か食い下がるトキをなんとか説得して、ようやく制服に着替えてきたトキと一緒に執務室を出た。
先ほどまでは小降りだったのだが、長々と話し込んでしまったせいで、割と本格的に降り始めている。
開いた傘の下で、二人並んで雨の中へと一歩踏み出した。
濡れたら困るからもう少し寄ってね、と私が伝えるよりも先に、トキはこちらへ身を寄せて、傘を持つ私の腕に自分の腕を絡ませた。
「……雨は好き?」
どことなく楽しそうなトキの横顔へと問いかける。
「──雨のカーテンが、私たちを日常から隔絶された世界へと切り離してくれているような気がして、気分が高揚します」
「なんとなく、わかる気がする」
昼間なのに暗かったり、雨の音以外聞こえなかったり。普段は多くの人で賑わう街が寂れていたり。
不思議と、特別な感じがして悪くないと、私もそう思う。
「ですが、そこには必ず先生がいてくれなければなりません」
「それは──」
「どういう意味かは、ひとりでよく考えておいてください。──私だけの先生」
同じ傘の下、隣を歩く彼女は艶やかに微笑した。
× × ×
「そういえば、ヒマリ部長は先生の裸を見たのですよね?」
盗聴器の電源を切り、ノアはヒマリへと向き直った。
「……ノーコメントです」
こほんとひとつ咳払いをして、ヒマリは耳まで真っ赤に染めたまま、されど表情だけは余裕の笑みを浮かべて応える。
「ヒマリ、あなたという人は……」
「待ってください、ケイ! どうして私が悪いみたいになっているのですか!」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人を傍目に、リオまでもが頬を赤くして、なにごとかを想像しながら「それは非合理的よ……」などと小声でわけのわからぬことを呟いていた。
「それで、その時の情景はどうだったのですか? よろしければ詳しく──」
「乙女的にノーです!」
早瀬ユウカを揶揄う時によく似た表情を浮かべて、ノアは楽しそうにヒマリに詰め寄る。
つい先日、先生との甘やかなひとときを邪魔されたことへの復讐も兼ねて。
「と、とにかく! 次は私がシャーレを訪れます! 文句はありませんね!?」
相変わらずの病弱美少女系の儚げな声で叫んだヒマリの声は、相変わらず大して響きはしなかった。
飛鳥馬トキに清き1票を。