毒が効かない体質を「気味が悪い」と婚約破棄されたので、王太子殿下の毒見役に ~毎晩どなたかが盛ってくださるので、豪華料理が食べ放題!~   作:月城 友麻

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45. 研修の毒は、こちらが本物

 婚約の触れが出て、王宮の噂は三日ほど沸いて、四日目には夜会の装いの話に移った。宮廷というものは、存外、燃費のいい竈である。

 

 検めの間には、新しい札が掛かった。『毒見寮(試験運用中)』。

 

 論功の席で願った帳面が、形になったのである。毒見役は使い捨ての一人職ではなく、二人一組の輪番制。給金は倍、休暇は月に四日、リヒト様の器具での裏取りを様式に組み込み、万一の解毒剤は常備。そして新しい名簿には、線を引くための頁を、最初から作らせなかった。就任の日付と、給金と、休暇の消化を書く欄だけである。古い名簿は監査院の綴りに納まった。あの三本の線を二度と太らせないことが、筆頭の仕事だと思っている。

 

 今日は、寮生研修の初日だった。

 

 寮生は二人。帳面の得意な、匙の持ち方の硬い文官上がりの青年と、厨房の下働き上がりの、鼻のいいお嬢さんである。教材はリヒト様お手製の擬毒(ぎどく)――味も匂いも本物そっくりで、体にはまるで障らないという、世に出してはいけない類の自信作だ。

 

「さあ、味を覚えて! こっちが擬・兜草、こっちが擬・砒素! 僕の最高傑作たちだよ!」

 

「せ、先生。薬包の札が、その……取れて、しまいまして」

 

 青年の手の中で、白い薬包がふたつ、札を失って並んでいた。片方は擬毒。もう片方は、今朝がた押収されて検めの間に届いたばかりの、正真正銘の本物である。リヒト様の顔から、音を立てて血の気が引いた。教材の棚と押収の棚をきっちり並べてしまった几帳面さが、裏目に出たらしい。

 

「うろたえない。こういう時のための、筆頭です」

 

 ひと包みずつ、指先に取って舐める。ひとつめ。……よくできている。乾燥の甘さまで、丁寧に作り込んである。ふたつめ。

 

 まぶたが、上がる。

 

「――こちらが、本物。北の黒土、玄人の精製。教材と押収品を同じ棚組みにしたのは、減点です。それから先生、擬毒の出来が良すぎるのも、考えものです」

 

「それは誇っていいのかな!」

 

「誇らないでください」

 

 青年は青くなって頭を下げ、お嬢さんは目を輝かせて身を乗り出した。

 

「いまの、舌だけで、ですか?」

 

「積んできた場数の数が違う舌ですので……でも、私の舌は最後の錠前ですよ?」

 

 続く講義では、お嬢さんが挨拶級の眠り草を、口に入れる前に鼻だけで言い当てた。青年は青年で、届け出の綴りの日付の狂いを、頁をめくる速さで拾い上げる。舌と、鼻と、帳面。三人寄れば、検めの間である。研修を終えて、私は新しい名簿の就任の欄に、二人の名前を書き込んだ。線ではなく、名前で埋まっていく帳面である。書き心地は、悪くない。

 

 殉じさせるための職ではなく、育てるための職。名簿の白い頁が、これから埋まっていく。リヒト様が思い出したように手を挙げて、「ときに婚礼の引き出物、舌の型なんてどうかな」と言うので、お断りしますと即答しておく。なお、その日のうちに教材の棚は押収品の棚と部屋ごと分けられ、薬包の札は紐で結わえて固定、と様式が改まっている。決まりというものは、失敗の数だけ賢くなる。

 

       ◇

 

 昼の賄いは、豆の煮込みだった。

 

 面接の日と、同じ献立である。湯気の向こうで豆がやわらかく崩れて、安全で、静かな味がする。グレゴールさんは大盛りをよそって、鍋越しにこちらを見た。

 

「妃殿下になっても、食うのか、それ」

 

「兼業ですので。契約範囲内です」

 

「……変な筆頭だ」

 

 午後は、予定表どおりに昼寝をした。検めの間の長椅子に、開けた窓から庭の風が届いて、遠くで厨房の鍋の音がする。これで三日続けての達成、王宮に来て五月(いつつき)、初めての記録である。夕方には今日の一杯――どこかのどなたかの、挨拶のような軽い一服――が出て、検めて、片付けて、それで仕舞い。宮廷は変わらない。変わったのは、片付ける側の頭数である。

 

 夜食の卓には、二人分の茶。窓の外では、庭の木々が夜風にゆっくり揺れている。手袋の下で、指輪が静かに温かい。

 

「今日の研修、どうだった」

 

「先が楽しみです。あの二人が育てば、私の昼寝が三割増えますので」

 

「……三割は、多いな」

 

「妃の公務と兼業ですので、そこは譲れません」

 

 ため息とも呼べない小さな息が、湯気の向こうでひとつ。それから、いつもの言葉が来る。

 

「ヴィオラ。明日も、頼む」

 

「はい。契約範囲内です。――終身の」

 

 検め終えた白い茶は、今夜も静かで、安全で、そして少しも寂しくない。八つの歳の毒百合から、ずいぶん遠くまで来たものである。明日もどうせ、一杯くらいは出る。出たら、見つけて、片付けて、昼寝をする。

 

 手帳の今日の行に、書いておいた。

 

『本日モ平和。昼寝、達成』――。

 




お楽しみいただけましたでしょうか?(●´ω`●)

ミステリータッチな攻防の中で静かに育った愛が成就してよかったです。

次の作品はこちら、かなり面白いですよ!( `ー´)ノ


https://syosetu.org/novel/419683/


余興の賭けの求婚にニッコリと「お受けしますわ」と即答しました ~逃げた令息の家門に婚約を履行させて、王都の賭け帳を全部潰します~



「一目見た時から、あなたを想っていました。どうか私と、結婚してください!」

子爵令嬢ヘルミーナ、二十歳。社交界では三年間、壁際の常連である。
夜会の真ん中で、侯爵令息から芝居がかった求婚を受けた。
柱の陰の取り巻きが賭け金を数えているのは、とうに見えている。
泣いて逃げれば「賭けに嗤われた令嬢」の名だけが残る――ならば。
彼女は扇を閉じて、にっこり笑った。

「お受けいたしますわ」

この国で、満座の前の求婚と受諾は、家門と家門の婚約として貴族院に登記される。
個人の悪ふざけでは、もう済まない。
翌朝、青ざめた令息は領地へ雲隠れ。
代わりに現れたのは、侯爵家の当主にして令息の兄、アルブレヒトだった。

「道は三つ、破談として違約金、弟を連れ戻して履行、あるいは――花婿変更の条項により、当主たる私が履行に立つ。
申し上げておくと、私は満座であの受諾を見て、王都で一番聡明な方だと思いました」

違約金で逃げれば、それこそ連中の賭けの勝ち札。逃げた弟の履行など罰にもならない。
では、三つ目なら?
――嗤った連中は、これから侯爵家当主の婚約者となった女の前で、毎晩頭を下げることになる。

「三つ目を、お受けします。ただし条件がひとつ。私を、お飾りにしないこと」

かくして王都の社交界は大混乱。
公認帳場には「あの婚約はいつ壊れるか」の賭けが今夜も立ち――
そして毎回、二人の手で空振りに終わっていく。

観察眼の鋭い令嬢と、生真面目な侯爵家当主のタッグが王都中の賭け帳を潰していく、社交界攻防コメディです。



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