ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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《創世訓》 一章 零節
『光はまず天に生まれ、地に触れた時、夢の名を奪う。』

 耳の奥がジンと痺れる音が、足元の石畳を震わせた。銃眼の隙間から覗く空は、硝煙と土埃で鉛色に濁っている。

 鼻をつく火薬の匂いに、獣の血の生臭さが混じっていた。風が吹くたび、それが薄くなったり濃くなったりする。誰かが怒鳴っている。砲声なのか、倒れた壁の音なのか、もう区別がつかない。

 僕は石に背中を預けたまま、手の中の紙片を握り直した。そこには、さっきまで意味を持っていた数字が並んでいる。

 今は、ただの染みみたいに見えた。ここに来てから、どれくらい経ったのだろう。最初は、もっと違うものだと思っていた。剣と魔法と、少し都合のいい奇跡。

 けれど、銃口はいつもこちらを向くし、魔法は誰かを救う前に誰かを削る。紙片の数字は残っている。誰の声だったかは、もうそこに書かれていない。

 それでも、始まりはもっと軽かった。

 何も知らなかった僕は、たぶん少し笑っていた。

 あれはそう、こんな日から始まったんだった。



一章一話 曰く、転移は何時も突然に起きる。

《創世訓》 一章 一節

『天は大地に光を与えた。そして同時に夢を奪った。』

 

 あれが、最後の英語の授業になった。

 

「この……ウェザー……つまりかれは……」

 

 なんてことのない、普通の日だ。英語の授業なんてつまんないし、いつも通りボーっと空を眺めていた時だった。そのせいだろうか、周囲の光景が全く変わっていることに僕は最初気づかなかった。

 

 気が付いたのは、突然浮遊したような感覚の後、ゴンっと鈍い音がしたときだ。後頭部がじんわりと痛む。僕は石畳に仰向けになって倒れていた。

 

 背中の下は、教室の床よりずっと硬い。目の端に見える石畳は、少し濡れていて、制服の袖に冷たさが染みてくる。

 

 顔を横へ向けると、同じ制服が石畳の上に折り重なっていた。机も椅子もない。クラス全員が、一か所にまとめて落とされたらしい。

 

 空はある。

 

 でも、窓枠も蛍光灯もなかった。

 

「な、何だ!? ここはどこだ!?」

 

 クラスメイトの三郷弦(みさとつるぎ)が叫んでいる。

 

 三郷は起き上がりながら、まず左右を見た。声は大きいのに、足はまだ石畳を探っている。

 

 制服の袖を肘までまくる癖があって、今も片方だけ上がっていた。手の甲に、石畳で擦ったらしい白い跡がついている。

 

 昼休みに机を寄せる時も、三郷はだいたい片袖だけをまくっていた。先に自分の机を動かして、余った席を見つけて、誰かを呼ぶ。そういうことを、本人はたぶん仕事だと思っていない。

 

 その三郷が、今は一番大きな声で慌てていた。

 

 珍しい。

 

 そう思いながら周りを見渡した。思わず口が開いた。

 

 石畳の広場を、四方から高い城壁が囲んでいる。僕たちはその内側で、まだ立てない者を中心に固まっていた。石の継ぎ目は大きく、ところどころ黒ずんでいる。壁の上には狭間が並び、その向こう側で何かが動いていた。

 

 振り返った先には、城壁よりも遥か高くまで伸びる城があった。白い石と、灰色の補強材と、見たことのない紋章。

 

 見える範囲に門はない。壁上へ続く階段も、外へ抜ける出口も見当たらなかった。

 

 僕たちは、城の中庭に居たのだ。は? え? なんで?

 

 膝の裏が少し遅れて震えた。怖い。それは確かなのに、胸の底で変な熱が浮いていた。明日の小テストも、白紙のままの進路希望も、たった今どこかへ消えたのかもしれない。そう気づいた瞬間の、後ろめたい熱だった。

 

 吐く息は浅い。目だけは、城壁の石と、壁の上で動く何かを追っていた。

 

 たぶん、その時点で僕は少しおかしかった。頭に浮かんだのは、城。それから、異世界。そのふたつだけだった。

 

 城。中世。ファンタジー。異世界。

 

 そこまで並べたところで、膝の痛みが戻ってきた。

 

 知らない場所にいる。危ないかもしれない。そういう順番で考えるべきなのに、頭の端だけが読んだことのある物語へ逃げようとしていた。

 

 いや、落ち着け。落ち着け、僕。

 

 そこで、逃げた先の棚から、いちばん分かりやすい言葉が落ちてきた。

 

 口にするのは、正直かなり馬鹿らしい。でも、試さずに流せるほど落ち着いてもいなかった。

 

 恐る恐る呟く。

 

「ステータスオープン……?」

 

 そう呟くと、頭の中で何かがはまった。今までなかった感覚が一つ増え、視界に存在しないはずの文字が浮かび上がった。

 

「え?」

 

 次々と数字が現れた。某SNSで一時期流行ったネタのように、クラスメイト全員の頭上に浮かんでいる。だが、その数字は予想外だった。

 

『0』、『0』、『0』。

 

「な、なにこれ……」

 

 全員、ゼロ。ステータスなら、弱い。点数なら、最悪。

 

 すごい。

 

 たぶん、すごいことが起きている。

 

 なのに、その数字は僕たちを助ける形をしていなかった。説明欄も、スキル一覧も、親切なチュートリアルもない。ただ、ゼロが並んでいる。

 

 ゲームなら、ここで何かが始まる。

 

 今は、始まったものの名前すら分からない。

 

 でも、頭の上に出ているだけでは、何のゼロなのか分からない。体力なのか、才能なのか、この世界での登録番号みたいなものなのか。考えようとするほど、ゼロの列が目の前で増えていく。

 

 それに、見ているとたまに、数字の奥にもう一段、何か薄い膜があるような気がした。目を凝らすとすぐ消える。錯覚だ、たぶん。

 

 数字を見るのは、昔から苦にならなかった。けどだからといって、僕に頭の上に数字が見えるだけの能力を渡さなくたっていいじゃないか。

 

「羽黒くん、ここがどこか知ってるの?」

 

 どうやら独り言を聞かれていたようだ。桐谷幸(きりたにさち)さんが話しかけてくる。

 

 幼馴染、という言い方でいいのかは少し迷う。昔からよく知っている。けれど、何でも話せるかと言われると、たぶん違う。

 

 桐谷さんは、乱れた髪を直すより先に周りを見ていた。膝に砂がついているのに、本人はまだ気づいていない。

 

 教室でも、僕が黒板の端や、教科書の隅の数字を見ていると、桐谷さんは「そこ、何かあるの」と聞く前に同じ場所を見た。

 

 今も同じだ。僕の顔ではなく、僕が見ている先を追っている。

 

 便利な力があるなら、こういう時に使うものだ。

 

 そう思う自分が、まだ残っていた。

 

「知らない……」

 

 桐谷さんの眉が寄った。唇が少し開いて、次の言葉が出る前に、不愉快な音が鳴り響いた。

 

 ジリリリリリリリリリリ!

 

 目覚まし時計に似た音だ。ただ、鳴り方は警報に近い。

 

 魔法の城に、警報が鳴る。

 

 音は城壁の内側から反響して、石の間を跳ねた。誰かが耳を押さえる。別の誰かが立ち上がりかけて、すぐに膝をついた。

 

 正面の城壁、その上に人影が見えた。僕たちより何メートルも高い狭間の奥で、何人もの人間が配置につく。肩当て。鉄帽。細い筒を抱えた腕。

 

 兵士……かな?

 

 結局、全員ゼロだ。推測すら出来ないじゃないか!

 

 そう心のなかで吐き捨てながら城壁の方をじっくりと見る。

 

「まずくね!? まずくね!? 逃げちまおうぜ!」

 

 そう飛井玲(とびいりょう)くんが叫んで逃げようとするものの、制服を掴まれる。三郷くんだ。

 

「待て、飛井。ここを飛び出したら何されるかわからん。大人しくしていよう」

 

 三郷がいると、誰かが立てる場所ができる。

 

 掴まれた飛井くんの襟は少し伸びた。三郷くんの手も震えていたけれど、離さなかった。

 

 体育の授業で誰かが列から外れそうになると、三郷くんは先生に言われる前に腕を出す。今の手も、それに少し似ていた。

 

「はい、声を出して! 名前を呼びます!」

 

 加賀先生だ。英語の授業をしていたはずの先生も、同じ石畳の上に落とされていた。スーツの膝が擦り切れているのに、僕たちより先に立ち上がって、出席を取る時と同じ順番で名前を呼んでいく。壁の上から見張られているのに点呼なんて、と一瞬思った。でも、名前に返事が返るたび、悲鳴がひとつずつ小さくなった。

 

 ……四十一人。全員いる。先生の唇が、最後にそう動いた。

 

 クラスメイトの声を聞きながら、胸壁のさらに上、狭間から見える兵士の姿を観察した。

 

 兵士が何かを構え、狭間から突き出す。細長くて、黒っぽくて、先端だけがこちらを向いたり、少し外れたりする。

 

 魔法の城に、銃口がある。

 

 弓ではない。

 

 槍でもない。

 

「銃!?」

 

 僕が叫ぶと、周囲のクラスメイトも口々に叫んだ。

 

「銃だ! 銃だ!」

 

「城と魔法の世界じゃねぇのかよ! なんで銃なんだよ!」

 

 僕も同じことを思った。読んできた異世界は、剣と魔法の世界だった。城壁の上の銃口は、その棚のどこにも載っていない。

 

「お、お前ら、落ち着け、」

 

 完全にパニック状態だ。だが逃げようにもここは城内だ。出入り口は見当たらない。

 

「ねぇ、羽黒くん。銃口、こっち向いてる?」

 

 そう桐谷さんが話しかけてくる。

 

「……まだ、少し逸れてる。たぶん、すぐ撃つつもりならもう撃ってる」

 

 言ってから、自分の声の細さに気づいた。

 

 桐谷さんは頷く。

 

「じゃあ、撃たせない方がいいね」

 

 僕が見ていたものを、桐谷さんは先に危険へ繋げた。

 

 出口はない。銃口は、まだ少し逸れている。三郷くんは飛井くんを掴んでいる。桐谷さんは僕の返事を待っている。

 

 だったら、今できることは一つしかなかった。

 

 パン、と破裂音がした。

 

 すぐそば、一メートルも離れていない場所の石畳が割れる。

 

 ヒビの真ん中には丸い穴が開いていて、細かい石の粉が、白く跳ねた。遅れて、焦げたような匂いがした。

 

 そこで、棚が閉じた。

 

 異世界っぽい、では済まない音だった。

 

「今の、脅しじゃなくて警告だよね」

 

「てっ……手をあげれば助かるかもしれない!」

 

 僕は咄嗟に手を挙げ、何人かが僕の真似をした。

 

 銃口は僕たちから逸れた方向を狙っている。まだ殺す気はないのかもしれない。

 

 その時、誰かが胸壁を飛び越えて降りてきた。

 

 軽い音を立てて着地し、赤いマントをなびかせる。兜には細かい装飾が施されていて、近衛兵か、騎士様に見えた。

 

 ただ、肩口の金具は擦れている。腰の剣帯にも古い傷があった。背中には、物々しい銃。

 

 絵本の騎士というより、何度も現場に出た人の装備だった。

 

 ……その人の頭上の数字が、違った。

 

 『15』

 

 他のみんなは全員ゼロだ。この人だけ、ゼロじゃない。

 

 なんの数字かは、まだ分からない。

 

 大きいのか、小さいのかも分からない。ただ、銃を構える兵たちより先に、この人の存在だけが目に引っかかった。

 

 逆らったら、駄目だ。

 

 根拠はない。それでも両手が、もう少し高く上がっていた。

 

 それが強さなのか、危険なのか、階級なのかは分からない。ただ、手を下げる気にはなれなかった。

 

「三郷くん、飛井くんを離さないで」

 

 声は小さかった。

 

 それでも三郷くんの手が、飛井くんの襟をもう一度掴み直した。

 

 意味の分からない数字でも、動かない理由にはなった。

 

「Lqqejerebo.」

 

「え、なんて?」

 

 ……

 

 思わず聞き返す。英語ではなさそうだ。全く聞いたことのない発音だった。

 

 弦くんが話しかけようとしたが、騎士はちらりと見て、ため息をついた。背中の銃は下ろさない。

 

 そして、どこからか取り出した白い球体を掲げる。金属の枠に収まり、表面には細い線がいくつも走っていた。

 

 球体が白く光る。

 

 それと同時に、騎士の体と僕たちの体が白く光ったかのように見えた。制服の袖口や、石畳に落ちた砂まで、一瞬だけ薄く照らされる。

 

 魔法だ。

 

「アーアー、テストテスト、聞こえるか。転移者達よ」

 

 しかも、翻訳系の魔法だ。

 

「あっえっ聞こえます。すみません。ここは……」

 

 そう弦くんが話し始めるが、それを騎士はぶった切る。

 

「ここは王国直轄の第二王城だ。貴様らなんのつもりでここにいる!」

 

 王城。異世界の王国がどうだか知らないけど、王城への不法侵入は大体……。

 

「王城への侵入は本来なら即時死刑だ。良かったな。この世界に来たばかりで土に還れるぞ」

 

 その言葉に、胸の内側が一度だけ強く叩かれた。両手の先が冷える。

 

 皆が手を挙げる。誰も口を開かない時間がつらい。足が震える。

 

 石畳の穴が、まだ横にある。

 

 さっきの丸い穴を見ないようにしても、白い粉だけが目に残った。

 

 騎士長がこちらを見渡し、わずかに指先を動かす。懐のランタンのようなものが輝いた。

 

「……はぁ」

 

 彼はため息を吐いた。

 

「まぁ、冗談だ……貴様らは毎度違うから骨が折れるよ……まったく」

 

 途端に、張りつめていた恐怖が少し緩んだ。

 

 さっき光ったランタンのせいなのか、ただ彼の声音が変わったからなのかは分からない。けれど、今すぐ撃ち殺されるわけではないらしいと理解した瞬間、詰まっていた息をようやく吐けた。

 

 ……実は、そこまで悪い人ではないのかもしれない。

 

「あ、あはは……なんだ、冗談か」

 

  誰かが乾いた笑い声を上げる。僕もつられて笑った。

 

「だ、だったら教えてくれよ、ここがどこなのか……」

 

 三郷がそう言う。

 

「あとで教えてやる……から今は黙れ」

 

 彼は面倒そうにぶった切った。

 

 ……遠くで猫の鳴き声が聞こえたような気がする。

 

 城壁の上の銃口は、まだ完全には下がっていない。

 

 冗談だと言われても、穴は消えなかった。

 

「”ユメネコ”、そう名づけられた魔物がいる。いい夢を見せてくれるはずだ。……少しばかり寝ておけ」

 

 微睡みの中に、見知らぬ仲間たちとの日々が映った。きっとその時、僕は幸せだったんだろうな。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ハーメルンの方が先行投稿していますので気になる方はこちらのURLから読みに行ってくれると嬉しいです

https://kakuyomu.jp/works/822139841314440520
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