ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 五章 十五節
『線の残る紙は、消えた声を墓標のように抱く。』
2375- 王城参謀本部 書記官視点
会議が終わった後、戦域図の上にはまだ黒紐が残っていた。
書記官は、議事録を清書する手を止める。
残すべき言葉と、残さない方がいい言葉がある。
参謀本部長は、その迷いに気づいた。
「黒紐は記録に残すな」
「では、どのように」
「北領小規模補給線、協会経由で確認中。そう書け」
書記官は頷いた。小規模。協会経由。
確認中。どれも嘘ではない。だが、それだけ読んでも何も分からない。
「羽黒承の名前は」
「残すな」
返答は早かった。
「ただし、別紙には置け。人物照会欄でいい。正式任用ではない。軍籍変更でもない。協会側の仮設立クラン代表候補として、薄く残せ」
薄く。
書記官はその言葉を、紙には書かなかった。
「転移者班との関係は」
続きはすぐには来なかった。
「直接なし」
「過去の同級生関係は」
記録係は感情を足さず、同じ筆圧で次の欄へ進んだ。
「作戦上、関係なし」
そこまで言って、参謀本部長は少し眉を寄せた。
「いや、違うな」
書記官は筆を止める。
「関係なし、ではない。作戦記録上、記載不要」
「はい」
言い換えただけに見える。でも、書類の世界では大きく違う。関係がないのではない。
関係があることを、今は書かない。扉の外で、夜勤兵の足音が遠ざかっていく。
「転移者班は、北で勝つでしょうか」
書記官は、聞くべきではないことを聞いた。
参謀本部長は怒らなかった。
「勝つ」
短い答えだった。
「問題は、勝った後だ」
「後、ですか」
「勝った者は、次も勝つと思われる。負けるまでな」
書記官は筆を持つ指に力を入れた。
その言葉も、議事録には残らない。
残るのは、配備決定、補給確認、協会連携。
誰かが迷ったことも、誰かの名前を意図的に薄くしたことも、紙の上では見えなくなる。
参謀本部長は黒紐を回収し、地図の端へ置いた。
黒紐の先は、ノエホ地方のゴルペホ橋梁線へ伸びている。
書記官は、その名前を見なかったことにした。
「戦争は、仕組みの戦いだ」
会議中に誰かが言った言葉を、もう一度口にする。
「だから、仕組みから落ちたものが一番危ない」
書記官は、その言葉も書かなかった。ただ、別紙の人物照会欄に、小さく記した。羽黒承。
協会仮設立クラン代表候補。北領小規模補給線に関与。残ったのは、その一点だけだった。
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