ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 六章 五節
『残った声は、別の胸で形を変え、二度目の命を得る。』
触れた瞬間、相手の目が変わる。
目だけが、先に答えへ届いたようだった。
その顔が、好きだった。
好きだと思ってしまう自分が、少し気持ち悪い。
転校してきた最初の日、誰も話しかけてこなかった。
知っていることを誰かに届けたくて、でも届ける相手がいなかった。
この世界に来てから、それが少し変わった。
✶
ドラゴン爆撃のドクトリンは、先に伝えておくべきだった。
五百キロ爆弾の衝撃半径は地形によって違う。
建物の内部に入れば衝撃波が弱まる。
伏せる方向は爆心地の反対側が正しい。
知っていれば動けた人間がいたかもしれない。
だから触れて回った。一人、二人、三人。
触れるたびに、目が変わった。その顔が好きだった。
……いや、好き、というより、間に合った、という手応えだ。
胸の奥がすこしだけ温まって、次の瞬間には冷える。
手のひらだけ汗をかく。
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機関銃の射線が変わるタイミングも伝えた。射手の交代周期は大体四十秒から六十秒。その間に移動すれば通れる。
根岸さんに触れた。動いた。
黄泉さんに触れた時、もう動けない状態だった。
それでも目だけ上げた。
その目が、一度だけ揺れた。
それだけで十分だった、と思いたかった。
届けるのは情報じゃなくていい、と言い切れたら楽だった。
でも本当は、どれだけ渡しても足りない。
足りないのが分かるのが怖いから、顔に逃げる。
✶
九人目に触れた時、その人が「ありがとう」と言った。
聞いたことのない種類の声だった。
転校してきた日から、そういう声を待っていた気がする。
でも今言われると、次に行けなくなりそうで困った。
「どうも」と言って、次に向かった。
自分でも雑だと思う。
でも止まれなかった。
✶
結界の第二層まで残量が尽きた時、周囲に誰もいなかった。
みんなが動いていた。教えた通りに動いていた。次に触れる相手を探した。
いなかった。英雄が来た。触れる相手がいないと、僕は戦えない。
教鞭を握ったまま、それだけ分かった。伝えきれなかった知識が、まだある。でも届ける相手がいない。
転校してきたあの日から、ずっとそれだけが喉の奥に引っかかっていた。
知っていることを誰かに届けたかった。言葉にできる理由は、そこまでだった。
少しでも届いたなら、それでよかった。
そう思うことにした。
思うことにして、喉の奥の乾きを飲み込んだ。
届ける相手の目が変わる、あの顔が好きだった。
転校してきた日、あんなふうに目を止めてくれる人はいなかった。
この世界に来てから、ようやく何人かにその顔をしてもらえた。
九人、とは数えていた。
九人の目が変わった。
転校してきた日のことを思うと、九人というのは、すごく多い気がする。
知識は届いた。もっと届けたかった。でも届けた分は、ちゃんとある。
伝えきれなかった分が、まだある。でも届けた分も、ちゃんとある。それは消えない。
触れた瞬間に目が変わった、あの顔は消えない。
そう思うことにした。
転校してきた最初の日は、誰にも届けられなかった。
今日は、九人に届いた。それだけのことだった。
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