ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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六章六話 増える名前

《王録》 六章 六節

『増える名前は、呼ぶ声の数だけ道を太らせる。』

 

 仮置き箱は、もう机の端に収まらなくなっていた。

 

 棚が一つ、詰所の壁際に増えている。

 

 みちしるべ、と札の貼られた棚だ。

 

 白板、赤布、杭、縄、予備の道具。以前は木箱ひとつで足りていたものが、今は棚の三段を使っている。

 

「また増えたね」

 

 ニコが、棚の下の段を指さした。

 

「増えました」

 

「箱の時の方が、なんか強かった気がする」

 

「気のせいです」

 

 気のせいではないかもしれない、とは言わなかった。

 

 

 大型試験依頼の噂は、思ったより早く回った。

 

 装甲戦闘車の後退線を守った話。負傷者を全員戻した話。荷を諦めて人数を優先した判断。

 

 どれも派手ではない。派手ではないのに、繰り返し語られるうちに、少しずつ形を持った。

 

「話を聞いた」

 

 新しい顔が、受付の横に立つことが増えた。

 

「みちしるべに入りたいんですが」

 

 入れてくれ、ではなく、入りたい。

 

 その言い方の違いに、僕は少し慣れなかった。

 

「まず、条件があります」

 

 保証人。止める人。飯を食えと言えるやつ。

 

 昨日までは、自分のために作った条件だった。今は、それを他人にも聞かせている。

 

「厳しくないですか」

 

 そう言われることもあった。

 

「厳しいというより、遅いです。急ぐ人には向きません」

 

 遅いクラン。看板にはできない言葉だ。それでも、来る人は来た。

 

 

「正式にお願いします」

 

 澄人が、荷札板を机に置いた。

 

「上等兵の話は」

 

「まだです。今は、ただの澄人です」

 

 井上が横で頷いた。

 

「私も」

 

「二人ともですか」

 

「二人ともです」

 

 受付職員が、新しい名簿の欄を指した。

 

 構成員、澄人。構成員、井上希望。

 

 二つの名前が、仮名簿の下に並んだ。

 

 仮名簿は、もう三枚目だった。

 

「増えると、見る場所も増えます」

 

 僕が言うと、井上は少し笑った。

 

「知ってます。前に聞きました」

 

「前より、本気で言ってます」

 

「本気の方が、ちょっと怖いですね」

 

 怖いのは、こっちも同じだった。

 

 人が増えるほど、戻れなかった時の欄も増える。

 

 

 ラドさんが、新しい棚の前で腕を組んでいた。

 

「数えられるか」

 

「まだ、ぎりぎりです」

 

「ぎりぎり、か」

 

「はい。名前だけなら覚えられます。顔と、疲れ方までは、まだ全員分ではありません」

 

「じゃあ、覚える順番を決めろ」

 

 順番。

 

 考えたことがなかった。

 

「疲れやすい人からですか」

 

「言い出しにくい人からだ。疲れやすい人は、だいたい自分で言う」

 

 その言い方に、少し肩の力が抜けた。

 

 紙に書く。

 

 構成員、増加中。優先確認、言い出しにくい者。

 

 書いてから、少し変な項目だと思った。でも、消さなかった。

 

 

 夕方、リゼルが西方の紙を一枚見せた。

 

「北で、動きが出ている」

 

「動き」

 

「詳細はまだ出せない。ただ、装甲戦闘車の増派要請と、街道整備の優先順位が変わった」

 

 優先順位。

 

 その言葉だけで、何かが少しずつ前へ傾いている気がした。

 

「みちしるべにも来ますか」

 

「来るかもしれない。来たら、断れない範囲がある」

 

 断れない範囲。

 

 これまでは、断る選択肢がいつも手元にあった。

 

 増えた名前の分だけ、その選択肢が薄くなっている気がした。

 

 棚の三段目に、まだ空いている場所があった。

 

 僕は、そこに新しい紙を一枚置いた。

 

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