ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 六章 六節
『増える名前は、呼ぶ声の数だけ道を太らせる。』
仮置き箱は、もう机の端に収まらなくなっていた。
棚が一つ、詰所の壁際に増えている。
みちしるべ、と札の貼られた棚だ。
白板、赤布、杭、縄、予備の道具。以前は木箱ひとつで足りていたものが、今は棚の三段を使っている。
「また増えたね」
ニコが、棚の下の段を指さした。
「増えました」
「箱の時の方が、なんか強かった気がする」
「気のせいです」
気のせいではないかもしれない、とは言わなかった。
✶
大型試験依頼の噂は、思ったより早く回った。
装甲戦闘車の後退線を守った話。負傷者を全員戻した話。荷を諦めて人数を優先した判断。
どれも派手ではない。派手ではないのに、繰り返し語られるうちに、少しずつ形を持った。
「話を聞いた」
新しい顔が、受付の横に立つことが増えた。
「みちしるべに入りたいんですが」
入れてくれ、ではなく、入りたい。
その言い方の違いに、僕は少し慣れなかった。
「まず、条件があります」
保証人。止める人。飯を食えと言えるやつ。
昨日までは、自分のために作った条件だった。今は、それを他人にも聞かせている。
「厳しくないですか」
そう言われることもあった。
「厳しいというより、遅いです。急ぐ人には向きません」
遅いクラン。看板にはできない言葉だ。それでも、来る人は来た。
✶
「正式にお願いします」
澄人が、荷札板を机に置いた。
「上等兵の話は」
「まだです。今は、ただの澄人です」
井上が横で頷いた。
「私も」
「二人ともですか」
「二人ともです」
受付職員が、新しい名簿の欄を指した。
構成員、澄人。構成員、井上希望。
二つの名前が、仮名簿の下に並んだ。
仮名簿は、もう三枚目だった。
「増えると、見る場所も増えます」
僕が言うと、井上は少し笑った。
「知ってます。前に聞きました」
「前より、本気で言ってます」
「本気の方が、ちょっと怖いですね」
怖いのは、こっちも同じだった。
人が増えるほど、戻れなかった時の欄も増える。
✶
ラドさんが、新しい棚の前で腕を組んでいた。
「数えられるか」
「まだ、ぎりぎりです」
「ぎりぎり、か」
「はい。名前だけなら覚えられます。顔と、疲れ方までは、まだ全員分ではありません」
「じゃあ、覚える順番を決めろ」
順番。
考えたことがなかった。
「疲れやすい人からですか」
「言い出しにくい人からだ。疲れやすい人は、だいたい自分で言う」
その言い方に、少し肩の力が抜けた。
紙に書く。
構成員、増加中。優先確認、言い出しにくい者。
書いてから、少し変な項目だと思った。でも、消さなかった。
✶
夕方、リゼルが西方の紙を一枚見せた。
「北で、動きが出ている」
「動き」
「詳細はまだ出せない。ただ、装甲戦闘車の増派要請と、街道整備の優先順位が変わった」
優先順位。
その言葉だけで、何かが少しずつ前へ傾いている気がした。
「みちしるべにも来ますか」
「来るかもしれない。来たら、断れない範囲がある」
断れない範囲。
これまでは、断る選択肢がいつも手元にあった。
増えた名前の分だけ、その選択肢が薄くなっている気がした。
棚の三段目に、まだ空いている場所があった。
僕は、そこに新しい紙を一枚置いた。
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