ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

107 / 209
六章七話 戦時色の依頼

《王録》 六章 七節

『戦時色の依頼は、平時の言葉を借りたまま届く。』

 

 依頼票の紙質が、少しずつ変わっていた。

 

 薄く、軽く、急いで刷られた紙。

 

 文面は、いつもと同じ体裁を保っている。荷札確認。撤退線整備。軽補修。

 

 でも、行き先の欄に見慣れない地名が増えた。

 

「これ、前線予備倉じゃないですか」

 

 僕が聞くと、リゼルは紙をめくったまま答えた。

 

「前線予備倉、ではない。前線予備倉『への経路』だ。名目は保守」

 

「名目は」

 

「名目は、な」

 

 名目という言葉を、最近よく聞く。名目の下に何があるかを、確かめずに済んだ日はもう少なかった。

 

✶

 

「羽黒さん」

 

 メリルが、記録板を抱えて立っていた。

 

「今月の依頼、七割が北方関連です」

 

「先月は」

 

「四割でした」

 

 数字は、紙の上では静かだった。

 

 でも、七割という言葉は、口に出すと少し重かった。

 

「みちしるべとして、断れる範囲はどこまでですか」

 

「まだ決めていません」

 

 決めていない、ではなく、決めきれない、が近い。

 

 人が増えるほど、断る痛みも増えた。

 

✶

 

 夜、ラドさんが依頼票の束を机に叩きつけた。

 

「全部は受けるな」

 

「分かってます」

 

「分かってるやつが、七割まで来るか」

 

 言い返せなかった。

 

 人を増やしたのは僕だ。増やした分、依頼が来る。来た分、断れば誰かの仕事が減る。

 

「戦争は、便利なものを先に飲み込む」

 

 ラドさんは、それだけ言って紙を戻した。

 

「便利は、お前らのことだ」

 

✶

 

 澄人が、荷札の束を数え直しながら言った。

 

「先輩、これ、軍の補給と重なる部分が増えてますよね」

 

「増えてる」

 

「みちしるべは、いつから軍の一部になったんですか」

 

「なってません」

 

「なってない、で通じますか」

 

 通じるかどうかは、僕にも分からなかった。

 

 名目は保守。名目は協会依頼。名目は、いつも軽い方の言葉が選ばれる。

 

 選ばれた言葉の下で、荷は前線へ近づいていく。

 

✶

 

 井上が、目を閉じたまま言った。

 

「先輩、最近、遠くの人数が増えて見えます」

 

「クラスメイトの」

 

「はい。散らばってる人数が、前より多いです」

 

 散らばっている。

 

 それが良い意味かどうか、井上は言わなかった。

 

 僕も、聞かなかった。

 

 聞けば、答えを持ち帰らなければいけない気がした。

 

✶

 

 仮名簿の三枚目が、そろそろ埋まりかけていた。

 

 名前が増えるたび、戻る場所の重さも増える。

 

 棚の紙束を、僕はもう一度数え直した。

 

 旧木炭道。北二番水場。状態線の戦い。大型試験依頼。

 

 北方関連、増加中。

 

 数え終えて、手が止まった。

 

 紙の枚数と、名前の数が、いつの間にか合わなくなっていた。

 

 合わせようとして、僕は手帳を開いたまま、しばらく動けなかった。

 

 その日の夕方、詰所の入口に、見覚えのない女性が立っていた。

 

――――――――

 

面白かったら、下記のリンクから評価やレビューをいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/822139841314440520/reviews

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。