ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 六章 十節
『消えた値は見る者を選ばず、零の傍らでなお灯る。』
戦場の確認は、朝に回ってくる。輸送路の安否板を閉じ、東側の戦闘跡へ出た。
煙の匂い。焦げた地面。澄人が後ろについてきた。
「先輩、東側は——」
「一人で行く」
澄人は何も言わなかった。
安否板には、まだ未確認の札が残っていた。
未確認。
それは、悪い言葉ではないはずだった。連絡が途切れているだけ。負傷して運ばれただけ。記録係がまだ戻っていないだけ。
そういう可能性を、僕は順番に並べた。札を一枚ずつ、確認済みの側へ移す。それだけを考える。
並べている間だけ、まだ誰も死んでいないことにできた。
✶
能力が変わったのはいつからか、正確には分からない。
王城を離れた雨の道で、負傷した少年の上に薄い字を見た気がした。砲声の戻り道では、疲れた仲間の呼吸に合わせて別の字が混じった。
その時は、見間違いにした。
最初は頭の上の数字だった。次に二つになった。今は——数字の横に、言葉のようなものが滲む。
精神。
生命。
そう読める気がしただけで、誰かに確認したわけではない。けれど人間に近づくと、その二つが並んで見える。
その奥に、まだ形にならない何かがあるようにも見えた。数字でも文字でもない、もっと薄いものが。気のせいにしておいた方が、今は楽だった。
今日ほど、はっきり読めたことはなかった。
今日まで、その片方が完全にゼロになることも、一度もなかった。
✶
瓦礫のそばに、最初の表示があった。
生命=0。
喉の奥が、勝手に小さく鳴った。意味より先に、体がそれを拒んでいた。
遺体は識別できる状態ではなかった。瓦礫の脇に、その表示だけが浮いている。僕は名簿の空欄を指で押さえた。
一度、周囲を見直した。
別の数字を探した。間違いを探した。能力の方が壊れている可能性を探した。
何も変わらなかった。足を動かした。次。
生命=0。次。生命=0。
桐谷さんの表示は、崩れた土嚢の向こうにあった。
銃は近くになかった。けれど、焦げた布の端に細い髪が絡んでいて、石畳の上に小さな薬莢が一つだけ転がっていた。桐谷さんは、最初の日も髪を直すより先に周りを見ていた。銃口がどちらを向いているか、僕より早く分かった人だった。
生命=0。
佐々木くんの表示は、割れた結界板の近くだった。
彼は訓練場で、誰より先に剣帯を整えた。声を大きくしないまま、道具の置き場所を直す人だった。今は、その結界板の縁だけが妙にきれいに残っている。
生命=0。
横河くんの表示のそばには、ひびの入った小さなケースがあった。
金貨は一枚だけ残っていた。土に半分埋まり、光を返さない。あの日、彼の頭上も0だった。0のまま、騎士長の15へ向かっていった。
✶
三郷の表示を見たのは、要塞の西壁の近くだった。
なぜ三郷だと分かったか。
長く見ていたから。同じ教室で、同じ机で、同じ時間を過ごしたから。並び方は、人によって少しずつ違う。見慣れた形があった。
昼休みに机を動かす時の袖。飛井くんの襟を掴んだ手。僕を参謀と呼んで笑った声。
そういうものが、表示より先に戻ってきた。
生命=0。
精神の方は、読めなかった。
読めなかったのか、読む前に僕が目を逸らしたのかは分からない。
膝が折れた。折れたことに気づいたのは、地面に手をついてからしばらく後だった。
手のひらに、焦げた土がついた。それだけが分かった。
✶
どれくらいそうしていたか、分からない。
立ち上がった。
周囲に、まだ同じ表示が並んでいた。一つ、一つ、近づいた。全部、見た。
数えた。
十七。
十七は、人数としては短い。
でも、短い数字の中に、桐谷さんの照準の合わせ方があった。佐々木くんの道具の置き方があった。横河くんの金貨を隠す手があった。飯田くんの怒鳴り声と、小泉くんが紙に線を引く速さがあった。
十七人分を、僕は一度に思い出せなかった。
思い出せなかったことが、いちばん嫌だった。
消えた値は、はっきりしていた。
生命=0。
(――転移した日も、みんな『0』だった)
あの日、教室で見た数字と、今目の前にある数字が、同じものなのかどうか、僕にはまだ判断できなかった。
もし、同じだったら。
そこまで考えて、すぐに打ち消した。今はまだ、その先を考えたくなかった。
残った値も、いくつかあった。負傷兵の薄い数字。瓦礫の下でまだ揺れる生命。後ろで息を止めている澄人の精神。
見えなかった値は、もっと多かった。
三郷の精神。桐谷さんが最後に何を見たか。佐々木くんが結界板の向こうで何を守ろうとしたか。
数字は増えたのに、分からないことも増えていた。
数え終えた時、別のものまで見えてしまった。
僕はずっと、呼ばれてから動いていた。
三郷に押されて、森田さんに置かれて、命令の範囲で正しい場所を探した。後ろにいるのは役割だと思っていた。そう思えば、前に出ない理由になるから。
違う。
僕は、選ぶところから逃げていた。
三郷が前に出るたびに、その背中を理由にしていた。
みんなが死んだ。
僕は、何もしていなかった。
できなかった、ではない。していなかった。
その背中は、もうなかった。
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