ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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七章二話 通さない場所

《王録》 七章 二節

『門を守る者が、門の前に立つとは限らない。』

 

 ゴルペホ橋梁線へ向かう車列は、第二王子殿下の車列とは別だった。

 

 同じ朝に動くのに、同じ道を使わない。地図室では分かっていたはずのことが、荷台に乗ると少し違って見えた。

 

 守る相手が見えない。

 

 だから、自分たちが何を守りに行くのかも、少しぼやける。

 

 

 装甲トラックの荷台には、木箱と布袋、それに人間まで押し込まれていた。

 

 木箱には弾薬の焼き印がある。布袋には乾いた食料と包帯。床には油が染みていて、車体が揺れるたびに鉄と革の匂いが立ち、少し遅れて湿った布の匂いが混じった。

 

 僕の膝の間には、徹甲小銃が立てかけてある。銃床に刻まれたGR-370-1080-Aの文字は、訓練場で見た時より少し事務的に見えた。

 

 銃身は、相変わらず小銃という言葉に遠慮がない太さをしていた。これは人を軽く撃つための銃ではなく、硬い外殻や薄い装甲の、通る場所を探して撃ち込む道具だ。三発入りの弾倉が二つ、腰のポーチに入っている。たった六発、と思うと少ない。六発もある、と思おうとすると、今度は肩の奥が先に痛くなる。

 

 まだ撃ってもいないのに。

 

 隣の兵が、僕の方へ少し顎を向けた。

 

 僕より少し年上に見える。顎のあたりに剃り残しがあり、笑う前に唇を舐める癖があった。革の肩帯は新しいのに、手袋だけが古い。

 

「弾、足りませんか」

 

「足りる場面にいてほしいです」

 

 兵は少し笑った。

 

 笑い方は上手くなかった。荷台の中で笑うには、揺れが邪魔だったのかもしれない。

 

「予備は後続です。必要になったら、たぶんもう少し来ます」

 

「たぶん」

 

「前線の言葉です」

 

「では、覚えます。試験に出そうなので」

 

 兵は今度、少し普通に笑った。

 

「落第すると弾が来ません」

 

「それは困ります」

 

 なるほど。

 

 使い勝手が悪い。

 

 

 車列は北西へ出て、それから川筋へ沿う道に入った。

 

 道と呼べる場所は、ずっと道ではなかった。石畳の残る街道があり、そこから外れると、土が柔らかくなった。前の車両が残した轍へ車輪が落ちると、荷台の全員が同じ方向へ傾く。

 

 誰かの肘が、僕の肩に当たった。

 

「すみません」

 

「大丈夫です」

 

 大丈夫ではないが、謝られても困る。

 

 外では、伝令騎が車列の横を抜けていった。馬の腹に土が跳ね、鞍の後ろに縛られた筒が何度も揺れる。

 

 あの筒の中に、どれだけ古くなった情報が入っているのか。

 

 地図室で文官が言った六十キロという数字が、車輪の音に混ざって戻ってくる。直線なら六十キロ。実際の道は曲がる。橋を避け、湿地を避け、壊れた町を避ける。

 

 守るべき移動路から離れているのではない。

 

 離れた場所を塞がなければ、守るべき道が後ろから噛まれる。

 

 地図室で確認したことだ。

 

 それでも、車列が進むたび、何かから遠ざかっている気がした。

 

 

 昼前に、一度止まった。

 

 止まると、エンジンの音が消えた分だけ、周囲の音が増える。荷箱を下ろす音。馬を落ち着かせる声も混じる。どこかで、水筒の栓を落とした音がした。

 

 前方で、ペクワ工兵隊の腕章をつけた兵たちが道を測っていた。

 

 棒を立て、糸を張り、路面を踏む。誰かが板切れに寸法を書き、別の誰かがそれを見て首を振る。戦場というより、工事の下見に近い。足元には、夜間用の魔導灯が布で包まれて並んでいた。

 

 工兵の一人は、歯で鉛筆をくわえたまま糸を引いていた。もう一人は女性兵で、膝をつくたび、腰のシャベルが石に当たって鈍い音を立てる。どちらも、こちらを見なかった。

 

 ただ、腰には銃があり、背中にはシャベルがあった。

 

「ここから先は、車列を分けます」

 

 下士官が荷台の後ろへ来て、端の濡れた略図を広げた。

 

 女性下士官は片耳の上に古い傷があった。声は大きくないのに、荷台の奥まで届く。濡れた略図を押さえる指は、爪の縁まで土が入っていた。

 

 地図室で見たものより小さく、端がすでに濡れている。外へ持ち出された線は、急に頼りなくなる。

 

「第一集積は二十キロ後方。砲兵はこの尾根の裏、橋から八キロ。観測班は川沿いの二カ所。術式標識班は橋の手前。歩兵の後退路にはアクセラップを起こしやすい足場を残し、障害の切れ目にはマギブレイク用の短杭を入れます。羽黒准尉は、後方接続点へ」

 

 僕の名前が、さらっと混ざった。

 

 准尉。

 

 まだ自分のことだと判断するまで、少し遅れる。

 

 後方接続点には、伝令二名、観測手一名、救護要員二名がつくと下士官が続けた。五人。まだ少ない数字なのに、指先が少し冷えた。

 

「前線からは」

 

「場所で変わります。一番近くて一・七キロ。遠くて三キロ弱」

 

 下士官は、略図の上で爪を動かした。

 

「見えるが届きにくい。届きにくいが、潰されると困る場所です」

 

 聞いていて、胃のあたりが少し重くなる説明だった。

 

 正確でもある。

 

「敵はそこを見つけますか」

 

「見つけようとします」

 

 下士官は断言しなかった。

 

 でも、言わないだけで、答えはほとんど同じだった。

 

 

 ゴルペホ橋梁線は、名前ほど一本の線ではなかった。

 

 川沿いの古い街道があり、石橋があり、湿地を避ける細い道があり、昔は家だったらしい壁の残りが点々と立っている。幅十五キロ前後の足止め地域、という言い方は室内の言葉だ。

 

 現地では、足を取る深さと、木の倒れ方と、どの壁なら弾を止めるかの話になる。

 

 工兵たちは、橋を壊していなかった。

 

 代わりに、橋の手前の道を少し狭くし、横へ逃げたくなる場所へ土嚢を置き、その先の湿地に目立たない杭を沈めていた。杭の列には、薄い術式の印が混ざっている。夜になれば、味方にだけ淡く見えるらしい。通れる。通れるが、隊列はそこで遅くなる。

 

 そういう作り方をしている。

 

 ただ、橋を落とすよりずっと手間がかかっている。

 

 僕は、その手間を見ていた。

 

 人を止めるために、人が丁寧に手を動かしている。杭の角度を直し、布をかぶせ、車輪が通る幅だけ残す。誰かが後で通るためではなく、誰かがそこで詰まるために。

 

 それを嫌だと思う。

 

 同時に、よく考えられているとも思ってしまう自分が、一番嫌だった。

 

 

 後方接続点は、低い丘の裏に作られていた。

 

 丘と言っても、名前が載るほどのものではない。前線側から見れば、ほんの少し地面が持ち上がっているだけだ。

 

 でも、そこに入ると川筋の一部が見え、橋の手前の道も見え、砲兵陣地へ向かう伝令路も見えた。

 

 見えるものが多い場所は、狙われる場所でもある。

 

 僕の目の前に、板で組んだ低い作業台が置かれた。上には略図、木札、鉛筆、赤と黒の布片。横には救護用の担架が二つ畳まれている。隅には、魔導通信具の小さな箱が置かれていた。

 

 誰かが僕へ双眼鏡を渡した。

 

 渡してきた男性兵は、親指の腹でレンズの縁を一度だけ拭った。癖なのだろう。拭いても、そこには薄い擦り傷が残っている。

 

「ノクスラ班からの借り物です。落とすと怒られます」

 

「撃たれるより?」

 

「怒られる方が後まで残ります」

 

 そう言った兵の目の下には、深い隈があった。

 

 冗談を言う顔ではなかった。だから、たぶん本気で少しはそう思っている。

 

 双眼鏡は重かった。

 

 覗くと、遠くの道が近くなる。近くなるだけで、安全になるわけではない。

 

 橋の手前で、工兵が手を振った。

 

 合図ではない。たぶん、仲間を呼んだだけだ。

 

 それでも僕は、一瞬そちらへ意識を持っていかれた。

 

 視界の端で、値の並びが少し遅れて追いつく。

 

 味方の状態。疲労、負傷、緊張。名前と結びつくものもあれば、まだ結びつかないものもある。

 

 見るものが増えた。

 

 見えすぎると、手が増えたように錯覚する。

 

 実際には、確認する場所が増えただけだった。

 

 一瞬、数字の脇に見慣れない形が滲んだ。文字のようで、文字になりきらない。すぐに消えた。

 

 見間違いだと思うことにした。今はまだ、そう思っていられた。

 

 

 夕方前、最初の砲声が遠くで鳴った。

 

 まだこちらへの砲撃ではない。試射か、どこかの牽制か、あるいは別の戦場の音かもしれない。

 

 でも、周囲の兵が一斉に口を閉じた。

 

 誰かが作業台に置いていた手を引っ込める。

 

 僕は双眼鏡を下ろした。

 

 川の向こう側に、煙が細く上がっている。距離はある。けれど、煙はちゃんと空へ伸びていた。

 

「敵先遣、接触前です」

 

 伝令が走り込んできた。

 

 跳ねた土で靴の色が分からない。息を整える前に、筒を差し出す。

 

 下士官が封を切り、命令書を広げた。

 

 僕はその横で、略図の赤い木札を一つだけ動かした。

 

 まだ戦っていない。

 

 まだ誰も、ここでは死んでいない。

 

 それなのに、僕の手はもう、誰かが通らない場所を作り始めていた。

 

 守るために。

 

 戻すために。

 

 その言葉を頭の中で並べるほど、指先についた土が目立った。

 

 通さない場所に、僕たちは着いた。

 

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