ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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一章十三話 「”冒険”はするな」と冒険者は言う。

《創世訓》 一章 十三節

『知恵は剣に似る。鞘を知らぬ者の手を先に切る。』

 

『耐え抜いた者だけが、その者にとっての答えを知っているのだ。』

 

 シュメーダさんは装甲列車の脇に積まれた補給箱に浅く腰掛け、長い脚を組んでいる。片方の靴底には乾いた泥が厚くつき、外套の裾には細い切り傷がいくつも残っていた。

 

 戦闘が終わって、僕らは装甲列車の隣の草原に散らばるように座り込んだ。昼休憩程度の軽い野営だ。列車の装甲板はまだ熱を持っていて、触れなくても近づくとじりじりと頬が焼ける。煤と血の匂いが混じった風が吹き抜け、草はところどころ踏み荒らされて寝癖のように倒れていた。

 

 焚き火は小さく、鍋の湯気が細く揺れる。救護班らしい大人たちが、負傷者の包帯を手早く巻き直しているのが見えた。遠くでは偵察の兵がレンズ付きの観測器を覗き、こちらに背を向けたまま周囲を警戒している。銃眼の近くには、まだ弾薬箱が開いたまま残っていた。

 

 誰かが配ってくれた堅パンをかじりながら、僕らはシュメーダさんの話を聞く。乾いたパンの欠片が喉に刺さって、水が欲しくなる。風は冷たいのに、さっきまでの熱と恐怖がまだ身体の奥に残っていて、落ち着かない。

 

「さて、ガキども。……今のお前らは、状況的に“軍属もどき”だ。列車を守るために剣を握って、命令を聞いて、飯を配られてる。だがな。これが一生続くと思うなよ」

 

 彼女は地面の草を指でつまみ、指先でちぎって捨てた。

 

「もしお前らが、この先『冒険者』として食っていく気があるなら——まず現実を叩き込む。その方が、どっちに転んでも死ににくい」

 

「お前らが夢見てるような『冒険者』と、アタシらがやってる『冒険者』は、ちぃとばかし違う。その辺の認識をまず合わせとかねぇとな」

 

 前置きと共に、彼女の講義は始まった。

 

「冒険者ってのは基本的には便利屋みたいなもんだ。薬草採取から遺跡の調査、貴族のペット探しまで、頼まれりゃ大抵のことはやる。行方不明の荷を探す、川向こうの村に薬を運ぶ、崩れた坑道の測量をする——派手じゃねぇが、誰かの生活を支える仕事が山ほどある」

 

「だが、どんな仕事でも受けるわけじゃねぇ。一貫して、対人の仕事は受けねぇことになってる」

 

 シュメーダさんは指を一本立てる。

 

「誰かを脅すとか、ましてや殺すとか、そういう汚れ仕事は御法度……だ。戦争への協力要請も、どっちか一方に肩入れするような形では受けられねぇ。”自由冒険者協会”の理念に反するからな。アタシらは誰かの駒になるために冒険者をやってるわけじゃねぇんだ」

 

 彼女は言い切ってから、しばらく口を閉ざした。焚き火の火の粉が一つ跳ね、空に消える。

 

「……建前だけ聞くと綺麗に見えるかもしれねぇが、現場はもっと泥臭い。依頼書には『護衛』って書いてあっても、道中で人が襲ってくることはある。そこをどうするかで、冒険者の“芯”が出る。逃げるのか、守るのか、やり返すのか。——その境目を、勝手に踏み越えるなって話だ」

 

 その言葉のあと、シュメーダさんは首元のタグを一度だけ指で弾いた。薄い金属音がした。

 

「まぁ、確かに人殺しだとかの依頼も受けるやつもいるがな、少なくともアタシはそんなやつらと一緒にされたくないね」

 

 その瞬間、誰かが小さく息を呑んだ。戦闘直後の僕らにとって、“人を殺す”という言葉はまだ生々しい。

 

 後ろの方から、おずおずと声が上がった。

 

「でも……盗賊とか、どうしても人が相手の時は……?」

 

 シュメーダさんは、面倒くさそうに目を細めた。

 

「守るために叩き返すのと、狩るために追い回すのは別物だ。前者は“護衛の手段”で、後者は“目的”になる。最近はそこが混ざってきてる。だから嫌なんだよ」

 

 僕が勝手に想像していた冒険者は、王の依頼で悪者を倒したり、お姫様を救ったりする、もっとヒロイックな存在だったはずだ。目の前にあるのは、煤のついた補給箱と、冷めかけた鍋と、首元の金属タグだった。

 

「じゃあ、一番の仕事はやっぱり魔物退治なんですか?」

 

 クラスメイトの一人が尋ねると、シュメーダさんは鼻で笑った。

 

「甘ぇな。魔物を狩るだけじゃ、腹は膨れねぇよ。もちろん、討伐依頼もあるし、素材を売れば金にはなる。だが、それを専門にやっていけるのは、ほんの一握りの実力者といい場所に拠点を構えられる運のいい奴だけだ。一番安定して、なおかつ儲かる仕事は”護衛”だ」

 

 彼女は顎をしゃくって、装甲列車の向こう——どこまでも続く草原と、遠くに霞む街道の方向を示した。

 

「この国がどれだけ広く、危険か。お前らは列車の一件で嫌というほど味わったはずだ。街から一歩外に出れば、魔物がうろついてる。騎士団が全ての街道を守れるわけじゃねぇ。だからこそ、アタシらの出番なのさ。商人や旅人を、あるいは重要な物資を、街から街へと安全に送り届ける。その道中で魔物を狩ることはあっても、それはあくまで護衛という目的を達成するための手段でしかねぇ」

 

 魔物を狩る話のはずなのに、出てくる言葉は街道、商人、旅人、物資ばかりだった。

 

「まぁ近年は魔物どころか盗賊を退ける……ついには積極的に盗賊狩りをするように圧力をかけられちまってんだ……いやなもんだね、まったく。そういうのは騎士団や軍隊の仕事じゃねぇのかって思うぜ」

 

 シュメーダさんは舌打ちして、焚き火の灰を靴先で軽く崩した。

 

「本来のルールは、ちゃんとあった。対人の汚れ仕事はやらねぇ、どっちかの旗の下にぶら下がらねぇ。……だが今は、その“本来”が形骸化してきてる。抜け道を作って『護衛のついでだ』とか『自衛だ』とか、都合のいい言葉を積んで、結局は人を狩る」

 

「協会も、全部を取り締まれるほど清くも強くもねぇ。人数が増えりゃ増えるほど、目が届かなくなる。だからアタシは、そういう流れが大嫌いだ」

 

 圧力……政府からだろうか? それとも、この列車を動かしている大きな仕組み——軍や商会や貴族——そこからか。

 

 列車の事件で見た兵士たちの手が、不意に脳裏をよぎった。撃つ前に弾倉を叩いた手。倒れたものを見に行きかけて、止められた手。今の僕らも、その延長線上に立っている。

 

「そして、その仕事を円滑にこなすため、冒険者には主に戦闘能力に応じて階級が存在しているのさ」

 

「護衛ってのは、強いだけじゃ務まらねぇ。予定を守る、補給を読む、撤退の判断を間違えねぇ。依頼主と揉めず、仲間と揉めず、死なせねぇ。……そういう“仕事力”も込みで、協会は評価する。だから実績が大事になる」

 

 シュメーダさんは、懐から羊皮紙を取り出して広げた。そこには、いくつかの単語が並んでいた。

 

「下から順に、ヨド、セシ、トーリ、ストロン、プルート、ウラーナ。これが基本的な階級だ。個人に対して付与されるものもあれば、パーティー全体として付与されるものもある。——護衛は結局チーム戦だからな。どれだけ腕が立っても、隊列を崩すやつが一人いるだけで全員が死ぬ」

 

「アタシは個人とチーム、どちらもウラーナだ」

 

 さらりと言ったが、堅パンをかじっていた生徒の手が止まった。さっきまで「先生」と呼んでいた相手の首元で、金属タグだけが揺れている。

 

「ちなみに名前の由来は地方で違う。古い数え歌の名残だって説もあれば、昔の天文台が使ってた呼び名が混じってるって説もある。……どっちでもいい。覚えるのが仕事だ」

 

 うーん。覚えにくいな。何かに似ているような気もするが、あまりピンとこない。ストロンまでは何かの数え方だろうか。プルートとウラーナは、僕たちの世界の惑星の名前によく似ている。

 

 僕がそんなことを考えていると、シュメーダさんが続けた。彼女は草を一本引き抜き、根についた土を親指で落としている。

 

「ちなみに、ウラーナの上には『アスタトス』って最上級の階級があるが、まあ、お前らにはまだ関係ねぇな。大陸に片手で数えるほどしかいねぇ、生ける伝説みたいな連中だ」

 

 草原の輪が、ほんの少しざわついた。伝説。片手で数えるほど。そういう言葉は、否応なしに若者の胸をくすぐる。

 

「まぁそんなところだ。お前らの実力だと、ひいき目に見てもセシからトーリ級ってところじゃねぇか? この先どう転ぶかは、お前ら次第だ」

 

 シュメーダさんは堅パンをひと欠片つまみ、指先で砕いて火に落とした。ぱち、と小さく音がして消える。

 

「アタシはあんたらの面倒をみるこたぁおそらくないだろうが、ひとつだけ……いや、二つだな。数え間違えた」

 

 シュメーダさんは、火に落ちた堅パンの欠片を見て、短く舌打ちした。

 

「冒険者で食ってくなら、“我慢”の種類を間違えるな。痛みはまあ、職業病だ。だが違和感まで飲み込むな。腹が変に冷えるとか、靴紐がほどけるとか、相棒が急に黙るとか。そういうくだらねぇ方を先に拾え。大きな理由は、たいてい後で来る」

 

 最後の一文だけ、少し早かった。火の中の堅パンは黒くなって、もう食べ物ではなくなっている。

 

「あと、飯は食え。空腹で勇気を出すな。だいたい判断が雑になる」

 

「よろしくな」

 

 ぶっきらぼうに言って、彼女は羊皮紙をくるくると巻き直した。

 

 ——と思ったら、前列の女子が手を挙げた。泥で汚れた手袋のまま、背筋だけは妙にまっすぐだ。学級委員みたいな子だ。

 

 教室でも、分からないところをそのままにしない人だった。先生が次へ進みかけると、シャープペンの先を一度浮かせてから、すみません、と手を上げる。

 

「階級って……どうやったら上がるんですか? 試験とか、あるんですか」

 

 シュメーダさんは口角だけで笑う。

 

「いい質問だ。結論から言うと、試験もあるが、ほとんどは実技と実績だ。護衛を何本こなした、どんな依頼を成功させた、どれだけ損害を抑えた——そういう積み重ねを、協会が報告書と証言で裏取りして、数字にして、タグに刻む。

 

 ただし例外もある。極端に人数が多い土地じゃ、いちいち実績を追えねぇ。そういうとこは試験だけでふるいにかける場合もある。……まあ、だからって楽とは限らねぇがな」

 

 そう言って、彼女は首元の鎖を指でつまんだ。金属の札が、かすかに光る。

 

「これがそのタグだ。階級が上がるたびに作り直し。裏には協会の刻印、表にはランク。偽物を作ろうとしたやつがいたが……ま、すぐバレて牢屋行きだ。刻印は魔術師が焼き付けてる」

 

 なるほど。制度として、かなり固い。冒険者が“自由”でいられるために、逆に強い枠組みが必要なのかもしれない。

 

「あと、覚えとけ。ランクは誇りでもあるが、鎖にもなる。高くなればなるほど、金の匂いが寄ってくる。国も、商会も、貴族もな。そこで“例外”を積み重ねたら終わりだ。最初は小さな妥協でも、気づいた時には首輪になってる」

 

「……だからこそ最初に言った。駒になるな。駒になった瞬間、あんたらは冒険者じゃなくなる」

 

 焚き火の火が一度だけ低くなった。列車の金属が冷える微かな軋みだけがやけに大きく聞こえた。

 

 僕は無意識に、自分の掌を握っていた。護衛。物流。圧力。自由。言葉は立派で、理屈も分かる。

 

 けれど、列車で襲ってきた“あれ”を思い出すと、胸の奥が冷える。戦闘の最中、誰かが叫んだ声。金属が裂ける音。自分の手が震えていたこと。——そして、いま僕らが「軍属もどき」として列車の隣で飯を食っている現実。

 

 僕は掌を開いた。爪の間に、草の土が少し入っている。

 

 駒になるな、か。でも僕らは今、命令で剣を握って、配られた飯を食べている。それって、もう——。

 

 誰かが鍋の蓋を戻した。湯気が一度、低く広がった。

 

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