ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《創世訓》 一章 十七節
『人が神を名づける時、神もまた人の弱さを名づける。』
図書館での調査の翌朝。僕たち転移者一同は、城の広大な訓練場に集められていた。昨日銃を撃った土壁とは反対側で、地面には白い粉でいくつもの円と線が描かれている。端には水桶と、濡らした布を入れた箱が置かれていた。
騎士団の鎧とは違う、動きやすい訓練服を貸し与えられる。袖の長さが合わない者がいて、誰かが小さく笑った。その笑いが、土の上で少し浮いた。
僕と三郷くんは、昨日読んだ古い本の題名をまだ引きずっていた。
「これより、諸君らには本格的な魔法の訓練を開始してもらう」
教官として僕たちの前に立ったのは、騎士団の中でも魔法師団の隊長を務めるという壮年の男性だった。襟元まで留めた制服に皺がなく、その頭上にはいつもの「0」が、にわかには信じがたいほど静かに表示されている。
「いいか。魔法とは、己が内に秘めた魔力を媒介とし、世界の法則に干渉する技術だ。才能とは、体内に保有する総魔力量と、一度に扱える魔力の出力……その両方によって決まる。ただ闇雲にイメージするだけでは、何も起こらん。」
「まずは、体内に存在する魔力の流れを『知覚』し、それを掌に集める訓練から始める」
教官はそう言うと、地面に白い粉で簡単な図を描いた。胸、肩、肘、手のひら。粉は乾いていて、風が吹くたびに少し崩れる。
特定の呼吸を繰り返しながら、体の中を巡る微かな温かさのようなものを感じ取り、それを腕を通して手のひらへと導くのだという。これは、自身の魔力を感覚で制御する、最も基礎的な訓練だった。
「――掌に集めた魔力が一定量を超えた時、それは『魔力光』として可視化される。今日の目標は、その光を安定して灯すことだ!」
教官の号令で、クラスメイトたちは静かに目を閉じ、教わったばかりの呼吸法を実践し始めた。やがて、あちこちで「あっ」という小さな声と共に、ぽつ、ぽつと淡い光が灯り始めた。
「すごい……! みんな、才能あるんだな」
僕も皆に倣って、呼吸を合わせる。しかし、僕にはその「温かさ」とやらが全く感じられない。隣では、三郷くんが既に安定した強い光を掌に宿していた。
「……承は考えすぎなんだよ。もっと感覚に任せろ。お前は昔から、理屈を先に考え込む癖がある」
僕の様子に気づいた三郷くんが、掌の光を少し弱めながら言う。分かってはいるんだ。でも、どうしても「魔力とは何か」「どうすれば流れるのか」という順番を考えてしまう。手のひらは乾いたままで、土の白線だけが妙にくっきり見えた。
一時間が経過する頃には、クラスのほとんどが魔力光を灯せるようになっていた。訓練場の白い円の中に、赤や青や薄い黄色の光がぽつぽつ浮かぶ。
輪の端では、桐谷さんの掌にも小さな光が灯っていた。得意げにする様子もなく、ただ一度だけ、僕の方へ視線を寄越した。
その輪の中心には、いつも三郷くんがいた。僕は、そんな彼らの輪から少し離れた場所で、ただ一人、何も起きない自分の手のひらを見つめていた。
「羽黒! 貴様だけだぞ、何もできていないのは! それでもやる気があるのか!」
教官の叱責が飛ぶ。クラスメイトたちの顔がこちらを向き、耳の裏が熱くなった。空の手のひらを握る。何も光らない。
落ち着け……この世界の『魔法』が駄目なら、僕の『能力』に集中するんだ。
僕は一般的な魔法理論で魔力を探すのをやめ、意識を僕自身の能力へと切り替えた。
数字を見る……もっと、詳しく……。
僕は目の前にいる教官に、そして魔力光を灯しているクラスメイトたちに意識を集中させる。
すると、ふと奇妙な点に気がついた。魔力を使っている間だけ、彼らの頭上の数字が、ごく僅かに、だが確かに揺らいで見えるのだ。
魔力を使うと、数字が不安定になる……?
掌ではなく、頭上を見る。
結局、僕は訓練の最後まで、魔力光を灯すことはできなかった。けれど、教官の頭上の「0」は、他の誰よりも静かだった。
その日の訓練が終わり、クラスメイトたちは初めての魔法に興奮冷めやらぬ様子で騒いでいた。僕は一人、輪から少し離れた場所で、さっきまで何も起きなかった手のひらを見下ろしていた。
「羽黒くん」
不意に、柔らかい声がかけられた。振り返ると、そこには森田さんが立っていた。
「……見ての通り、僕は落ちこぼれですよ」
そう言うと、彼女は首を横に振った。
「いいえ。あなたは、他の人とは違うやり方で、世界を理解しようとしていました。それは、誰にでもできることではありません」
「僕にしか、できないこと……」
森田さんの声を聞きながら、僕は自分の手のひらを開いた。光はない。代わりに、爪の間に白い土が残っていた。
だが、現実は厳しかった。翌日からの訓練も、僕だけが進歩なく取り残されていく。そんな僕を見かねてか、三日目の訓練の終わり際、教官が僕を呼び止めた。
「羽黒。貴様には、魔導部隊の訓練は向いていないようだ。貴様の魔力量自体は決して低くない。だが、魔力を体外に出力する力が極端に弱い」
教官は僕の手首を取って、二本の指を脈の上に置いた。
「明日からは、別の訓練に参加してもらう。工兵団が管轄する、魔法具の習熟訓練だ」
「魔法具……」
「その通りだ。『六色魔法』は知っているか。およそ五十年前に対外公開された技術だが、その原型はさらに古く、かつては王家がその使い方だけを秘匿することで権威の象徴としていた歴史もある」
「従来の魔法に比べ出力効率は悪いものの、術式を小型の魔法機械へ収め、使用者が魔力と起動時機を与えるだけで扱える。その簡易さから、軍部が早期に目を付けた技術だ。貴様がこれから扱う魔法具は、その思想をより専門的に発展させたものだ」
「己の魔力を外部の装置に供給し、制御する技術。魔法の才能がない者でも、訓練次第で魔法師に匹敵する力を得られる。貴様にその気概があるのなら、の話だがな」
翌日、僕が案内されたのは、昨日までの開けた訓練場とは違う、火薬と油の匂いが立ち込める整備工場のような場所だった。
「新入りか。俺がここの責任者の伍長だ。まあ、座れ」
現れたのは、袖口に油の染みをつけた男だった。頭上の数字は『0』。
「魔法の才能がからっきしだったそうだな。安心しろ、ここに来る奴はみんなそんなのばかりだ」
伍長はそう言って、目の前の台に古びた拳銃のようなものを置いた。
「これは訓練用の『魔力銃』だ。魔法具にも色々あってな。装備者の魔力を増幅する補助具もあれば、こいつみたいに、小型の術式機構が組み込まれていて、魔力を流すだけで魔法が起動する代物もある。引き金に指をかけて、魔力をほんの少し流し込んでみろ。コツは、蛇口をひねるように、じわっとな」
僕は言われた通り、魔力銃を握る。金属は冷たく、掌の汗で少し滑った。そして、これまで一度も成功したことのない、魔力を流すという行為に意識を集中させた。すると、どうだ。
銃身の先から、ぽん、とシャボン玉ほどの大きさの光の玉が生まれ、ふわりと宙に浮かんだ。
「……できた」
「ああ。この手の魔法具ってのは、そういうもんだ。本人の魔力出力なんざ、ほとんど関係ない。重要なのは、どれだけ精密に、一定量の魔力を供給できるか。その制御技術だけだ」
僕は、自分の手から生まれた初めての「魔法」を、呆然と見つめていた。
——でも、これ、なんで銃の形をしてるんだろう。
ぽかんと浮かんだ光の玉が、火薬の匂いの中で、少しだけ場違いに見えた。
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