ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《教導書》 二章 一節
『時の鐘は止まる者にも鳴り、進む者にも同じ影を渡す。』
僕は、騎士長アンテラルに呼び出されていた。第二王城の内廊下を、兵舎の方へ進む。美しい装飾と、それを一部覆うように張られた打ちっ放しの鉄筋コンクリートの補強が同居していて、見慣れた場所のはずなのに不思議な景色だった。
騎士長の背中を見つける。呼び出された地点に向かって歩いているようだった。
「おはようございます。アンテラル騎士長」
騎士長は素早く振り向きこちらを警戒する……が。
「あぁ、お前か、今回呼び出した件なんだが歩きながらでいいか?」
「はい、大丈夫です。やはり、忙しいんですか?」
「まぁな」
「んで、なんで今回呼び出したかって話なんだが、お前、適正がほかの連中と違うと思ってな。ほかにも違うやつらはいるが、そいつらとも違う。だからなんというかな、お前には士官としての能があると思うんだ……んでだ、その訓練を受けてもらうって話だ。」
「訓練……ですか?」
訓練か。どんなものだろう。いわゆる座学かな? それとも……。
前線組と同じことができないなら、別の役目を覚えるしかない。その役目が何なのか、僕にはまだ見えていなかった。
「あぁ、まぁ最初は規律や基礎動作のために正規兵と同じ内容だがな、その後に士官教育だ」
「つまり……」
「基礎からたたき直しだ、がんばれ。ちゃんとそういう風に経験した方が箔がつくってもんだ」
妥当ではあると思う。けれど、靴の中で足の指が少し丸まった。
「ほかのみんなはどうなんですか?」
「それぞれ合った訓練を入れてる。安心しろ、お前だけきつい訓練をしてるわけではないぞ」
そりゃそうか。食堂で見た手の包帯や、袖口についた泥がいくつか浮かんだ。僕だけが特別に苦しいわけじゃない。そう分かると、少し逃げ道が狭くなった。
食堂で見た頭上の数字は、ほとんどがまだ『0』だった。
最初の朝なら、それだけで大騒ぎしていたと思う。
でも今は、数字より先に包帯の巻き方や、パンを持つ指の遅さが目に入る。ゼロは見えている。見えているのに、それだけで息が止まる回数は減っていた。
廊下の先に見える兵舎が、さっきより遠く見えた。
「わかりました、で、次に僕はどこへ」
「あっちだ、こっちの奥の……兵舎の隣だ、わかるだろ?」
「わかりました、では行ってきます」
訓練場……兵舎……たしかこっちの方か。
そこはだいぶ汗臭く、鉄臭い場所だった。いくつか簡単なテントと石造りの建物、擦り切れた縄、泥のついた桶。飾りになるものはほとんどない。
走っている訓練兵の列には、男も女も混じっていた。誰かが特別に遅いわけでも、誰かが特別に軽い荷を持たされているわけでもない。背嚢の揺れ方と呼吸の乱れだけが、今の差を作っている。
一人、こちらを待ち構えるように立っている人物がいた。すこしぼろぼろの軍服を身に纏っているのに、姿勢は真っすぐで、時間を気にするように懐中時計を出していた。
「お前が新入りか、羽黒といったな、私はトズメクここの教導長であり今から貴官を教育する者だ。この場所を良く覚えておけ、我々は何よりも時間を重要視する」
あんまり迷って遅れた覚えはないけど、懐中時計の蓋が閉じる音で、言い訳を飲み込んだ。
「わかりました!」
「まずは挨拶からだな。挨拶は友好的で円滑なコミュニケーションには欠かせない。しかし、時間がない我々には長い返事は使えない。よって返事は、はい、いいえ、もしくは詳しく話したい、だ」
「はい!」
意識してみると普段僕たちは日本語で発音していない、ちゃんと意識すると不思議な感じだ。
「よし、上出来だ」
「まずは基礎体力だな、とりあえずバテるまで走ってみろ」
「はい!?」
ひとまず返事はしたが、ずいぶんきつい訓練をやらされるのではないか。
「あそこで走っている連中がいるだろそいつらに合流しろ、ざっと四十人だ、音を上げるのが何人出るか見ものだな」
「はい……」
「威勢が弱いなもっと張り切っていけ!」
僕は一体何周したのだろうか。この世界に来る前だったら考えられないレベルで移動できている。何人か、一緒に走っていた訓練兵が途中で離脱したが、まだまだ多くが走っている。
隣を走っていた女性兵が、泥を跳ね上げながら僕を抜いた。肩幅は僕と大きく変わらないのに、背嚢の揺れが少ない。前の男性兵が遅れると、彼女は何も言わずに半歩だけ外へ出て、列の幅を作った。
風が涼しい、すこしづつ体が重くなる……。
僕はきっと異世界人だからこんなに動けるんだと思う。そう思わないと、前の背中についていけなかった。
さすがにそろそろきついかもしれない、と思った瞬間には、視界がぐらついて、最後に青空が見えた。
「ふん、やるじゃないか、だがお前らの中じゃ平均並みだな」
唸り声しか出ないまま意識が戻り、無理やり体を起こされ、謎の装置から謎の光を浴びせられる。痛みが消えるというより、痛みを持ったまま立てる場所まで雑に戻された感じだった。
「起きろ新入り 次は剣術だ」
意識がはっきりしてくる。今のは魔法か、と思う余裕があるだけ、たぶんさっきよりはましなのだろう。
「はい」
「ほら、これを持て、簡単な模擬剣だ」
木と動物の革でできた粗末な作りの剣を渡される。三郷の剣とは重さが違うし、見た目もかなり頼りない。それなのに、腰のあたりで本物がかすかに揺れている気がして、変に背筋だけが伸びた。
「お前の相手は私がする、まずは簡単な試験だからこの場でできるな」
彼は五歩下がると、僕の足元から頭の先までを一度だけ見た。
「その剣以外の武器使わず私から一本取ってみろ、武器以外は何をしてもいい」
「はい!」
僕は三歩踏み込んで、模擬剣を振り上げ、そのまま叩きつけるつもりで振り下ろした。頭の中では、それなりに勢いのある攻撃になっている。
「やはり重いが浅いな」
トズメク教導長は剣の腹を僕の刃へ当て、振り下ろす力を横へ流した。腕だけが前へ持っていかれ、足が残る。
「うわっ」
情けない声が終わる前に、教導長の剣先が僕の脇の下へ差し込まれていた。斬らずに止めているだけなのに、引けば腕を落とされる位置だった。
「切り返しが遅い、思い切るならちゃんと押し切らんと死ぬぞ。」
「結界が残ってなければお前は刺殺されてるな」
「はい!」
まだまだここでくじけてられない。三郷の背中に置いていかれるのは、もっと嫌だった。
剣筋は鈍いし、踏み込みも軽い。けれど、さっきよりは構えが崩れにくくなっている気もした。少なくとも、何も分からず振り回していた時よりは、どこが駄目なのかだけは見える。
トズメク教導長の頭上にも、訓練兵たちの頭上にも、何人かの例外を除けば見慣れた『0』が浮かんでいた。
もう、それにいちいち息を止めることはなかった。
ゼロでも、剣は痛い。
ゼロでも、足は遅れる。
「もう一回だ、フェイントでも使ってこい」
僕は剣を斜め下から切り上げる。動きと同時に一歩下がり、さっき見られた足元を、今度は自分でも少し見る。
土は均一ではない。教導長の靴が何度か踏んだ場所だけ、表面が削れて乾いている。僕の右足の下は少し柔らかい。そこまでは分かった。
そして。
「ヤ!」
地面を踏み込み、大きく突き刺す。
乾いた場所へ踏み直す余裕はなかった。右足が半分沈み、突きの先がわずかに下がる。
『アクセラップ』
トズメクが靴底の小型起動具へ魔力を送り、短く術名を唱えた。金属の縁が赤く光り、踏み込んだ姿勢のまま、僕の突きの外へ一人分だけ滑る。
空振りした僕の横を通りながら、教導長は剣の腹で脇腹を打った。避ける動きと反撃が、一歩の中で終わっていた。
「痛!」
また一本とられた。
「魔法……ですか?」
思わず声に出てしまう。
「質問する前は?」
トズメクがすこし怒気を孕んで言う。しまった。
「詳しく話したい」
「そうだ、忘れるなよ、お前は最後にこれを言われる立場になるかもしれないんだからな」
「はい!」
訓練は続く。途中で簡単な魔法を教えてもらったようだったし、模擬剣を拾う手だけは、最初より早くなっていた。まだ何かができるようになったとは言えない。けれど、できていない場所を数える癖だけは、この日から少しずつ増えていった。
ただ、「最後にこれを言われる立場」という教導長の言葉だけ、うまく置き場所がなかった。
僕が、誰かに命じる側になる。その姿は、まだ全然想像できなかった。
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