ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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二章三話 三つの手の火

《教導書》 二章 三節

『三つの手が火を囲む時、火は持ち主を忘れる。』

 

 第四倉庫での発見から3日が過ぎた。

 

 僕はカルマン曹長に頼み込み、例の『携帯浄水器』を借り受けることに成功した。もちろん、ただ借りるだけではない。「これを修理・複製できれば、軍の補給事情を劇的に改善できる」というプレゼンをして、だ。曹長は「面白え、やってみな」と背中を押してくれた。

 

 その足で僕が向かったのは、城の北区画にある「鍛冶・魔導工房」だ。入口の横には、ペクワ工兵隊向けと書かれた木札付きの資材箱が積まれていた。石と橋を扱う部隊だと、通りがかった兵が教えてくれた。

 

 分厚い石壁に囲まれたその場所からは、絶えず槌音と熱気が漏れ出している。

 

「うわ、熱っ……」

 

 扉を開けた瞬間、熱風が頬を打つ。立ち込める煤の匂いと鉄の焼ける匂い。その中で、僕は見慣れた背中を見つけた。

 

「おいおい飯田、そこの結合部分、もっとスムーズにいかないか? 分子結合のイメージが甘いぞ」

 

「うるさいな小泉、理論値通りにはいかないんだよ。現地の鉄は不純物が多いんだ」

 

「待って、今計算し直すから! ……うん、魔力伝導率を考慮すると、形状をあと3ミリ薄くしたほうが効率がいいはずだよ!」

 

 作業台を囲んで議論を戦わせているのは、クラスメイトの三人組だ。飯田智徳、小泉大助、そして田中礼華。

 

 こういう時の三人は、ほとんど放課後の準備室にいる時と変わらない。異世界の工房にいるのに、聞こえる言葉だけなら、文化祭前の居残り作業みたいだった。違うのは、机の上にあるのが段ボールではなく、分厚い鉄片と煤けた工具だということだけだ。

 

 彼らは元の世界でも筋金入りの軍事オタクであり、技術屋志望のトリオだった。

 

「よう、邪魔するよ」

 

「ん? おお、羽黒か! 生きてたかお前!」

 

 飯田がゴーグルを上げて振り返る。顔が煤で真っ黒だ。

 

「失礼な。そっちこそ、随分と本格的に馴染んでるじゃないか」

 

「まあな。俺たち、戦闘よりこっちの方が性に合ってるみたいでさ。トズメク教導長に直談判して、ここの手伝いをさせてもらってるんだ」

 

 小泉が得意げに図面のような羊皮紙を広げる。そこには、この世界のクロスボウを改良するための複雑な設計図が描かれていた。

 

 その下に、別の紙が半分だけ見えていた。箱みたいな車体、横に並ぶ小さな車輪、上に短い筒。

 

「それは?」

 

「見るな」

 

 飯田が反射的に紙を隠した。遅い。田中が笑って、隠した紙の端を指で押さえる。

 

「こっちはまだ夢の方。小泉が『この世界の装甲車、履帯にしたら泥で強くない?』って言い出して、飯田が徹夜した」

 

「徹夜してねぇ。三時間寝た」

 

「寝てないじゃん」

 

 車両。装甲。履帯。僕には分かる単語と分からない単語が半分ずつだった。

 

 小泉は慌てて紙を丸める。

 

「今は無理だよ。砲塔旋回も駆動も結界の貼り方も、この世界の工房の方が分かってる。僕たちはまだ、紙の上で勝手に強くしてるだけ」

 

「紙の上なら、いくらでも最強になれるからな」

 

 飯田がそう言って、机の端に置いた鉄片を指で弾いた。

 

 薄い音がした。

 

「実物は、この音で死ぬ」

 

 能力「製図」。構造を一瞬で理解し、正確な図面に書き起こす力。飯田の能力は「即応錬金術」。計算された設計図を元に、素材を変形・結合させる力。そして田中の「演算」。設計に必要な強度計算や弾道計算を瞬時に行う力。

 

 まさに、この世界におけるエンジニアリング最強の布陣だ。

 

「で、今日は何の用だ? まさか羽黒も職人デビューか?」

 

「いや、ちょっと面白いものを拾ってね。君たちの知恵を借りたいんだ」

 

 僕は背嚢から『携帯浄水器』を取り出し、作業台の上に置いた。

 

 瞬間、三人の目の色が変わった。

 

「これ……プラスチック!? それにこの金属加工……」

 

「おいおい、ローレットの精度が異常だぞ。旋盤加工か? いや、この世界に旋盤なんてないはず……」

 

「待って、この刻印……自衛隊で使われてる型番に近い気がするよ!」

 

 さすがだ。一瞬で「異質の技術」であることを見抜いた。

 

「第四倉庫で見つけたんだ。過去の転移者の遺産だよ。中は中空糸膜フィルター式の浄水器だ」

 

 僕は内部構造を見せながら、彼らに相談を持ちかけた。これをどうにかして修理、あるいは複製できないか、と。

 

「……なるほどな。構造は理解した」

 

 小泉が羊皮紙に素早い手つきで浄水器の分解図を描き上げていく。写真を見ている時みたいに正確だった。

 

「だが、複製は無理だぞ。一番肝心な『中空糸膜』の素材がない。この世界の技術じゃ、こんなミクロな穴の開いた繊維は作れないし、俺の錬金術でも、原子レベルの構造までは再現できない」

 

 飯田が悔しそうに唸る。田中も電卓を叩くような仕草(実際には空中で指を動かしている)をしながら首を横に振った。

 

「うん。フィルターの孔径が0.1ミクロン以下じゃないと細菌は除去できないんだよ。代替素材を探すにしても、強度との両立が計算上成り立たないね……」

 

 やはり、無理か。

 

 現代技術の結晶である精密機器を、異世界で再現するのはハードルが高すぎる。

 

 僕が諦めかけた、その時だった。

 

「――何をゴチャゴチャと情けねぇツラ突き合わせてやがる」

 

 ドスの効いた声が、熱気の中から響いてきた。振り返ると、そこには鬼のような形相をした大男が立っていた。身長は二メートル近い。丸太のような腕には無数の火傷の痕があり、片手では焼けた鉄材ばさみを弄びながらこちらを睨んでいる。

 

 この工房の主、ガント工房長だ。

 

「お、親方! すいません、ちょっと相談を……」

 

「相談だぁ? 聞こえてたぜ、『同じものが作れねぇ』だの『素材がねぇ』だの。お前ら、それでも職人の端くれか?」

 

 ガント親方は鼻で笑うと、作業台の上の浄水器を乱暴に掴み上げた。

 

「こんなひ弱な素材、戦場で使えるか。一回踏めばパキッと折れちまうぞ」

 

「で、でも親方! その中の繊維に秘密があって……」

 

「繊維だ? そんなもん、目詰まりしたら終わりだろうが。戦場でいちいち掃除なんかしてられるか」

 

 親方は浄水器をドンと置くと、棚から奇妙な色をした石と、炭の塊のようなものを持ってきた。

 

「いいか、無いねだりをする前に、手元にあるもんで何とかするのが職人だ。……お前らの国には『濾過』って技術はあるんだろ? だったら、この『多孔質軽石』と『黒炎木の炭』を使え」

 

「多孔質……軽石?」

 

「ああ。魔力を通せばスポンジみてぇに水を吸って、不純物だけこし取る。おまけに毒素まで吸着する優れもんだ。こいつを粉砕して、炭と層にして詰め込めば、似たようなもんは作れるんじゃねぇのか?」

 

 三人が顔を見合わせた。

 

 飯田が再びゴーグルを下ろす。

 

「……小泉、図面書き直せるか? 筒のサイズを倍にして、圧力を分散させる構造にすれば……」

 

「いける。素材強度は現地の鉄鋼で十分だ。むしろ頑丈になる。軽石の備蓄も、倉庫にざっと三十個はあったはずだ」

 

「濾過能力の計算し直すよ! この軽石の吸着率、データある?」

 

 空気が変わった。

 

 さっきまで止まっていた手が、一斉に動き始めた。ガント親方の提案した現地素材と、彼らの現代知識とチート能力。それらが化学反応を起こし始めていた。

 

「羽黒! お前も手伝え! 軽石砕くぞ!」

 

「え、僕も!?」

 

「言い出しっぺだろ! さっさとやれ!」

 

 飯田に怒鳴られ、僕はハンマーを渡される。

 

 漫画ならここで、主人公の隠された才能が工具を通して目覚めるところだ。実際の僕は、最初の一振りで手首の角度を間違えた。軽石の欠片が靴先へ跳ねて、飯田に「そこじゃない」と言われた。

 

「待って、僕の担当、そこなの?」

 

「そこだよ。発案者特権だ」

 

「特権って、もう少し良い響きの仕事じゃないの?」

 

「じゃあ主任破砕係」

 

「悪化した!」

 

 田中が笑い、小泉まで肩を震わせた。工房の熱気の中で、その笑い声だけが少し教室に近かった。

 

 カン、カン、カン。

 

 心地よい金属音が工房に響き渡る。僕たちは汗だくになりながら、それでも笑っていた。

 

 異界の技術をそのまま再現することはできない。けれど、それをヒントに、この世界にあるもので新しい『答え』を作り出すことはできる。その手応えが、ハンマーを握る手の中に確かにあった。

 

 数時間後。

 

 そこには、武骨で大きく、けれど確かに水を浄化する『ハイブリッド浄水器・試作一号』が完成していた。

 

「……すげぇ。魔力がほとんど減ってねぇ」

 

 試運転を行った飯田が、自身の魔力計を見ながら驚愕の声を上げる。

 

「現地の『多孔質軽石』を活性化させるのに微量の魔力は必要だけど、従来の浄化魔導具に比べれば10分の1以下だ。これなら、魔力の少ない一般兵でも、あるいは長時間でも運用できる」

 

 元の異界品のような「完全なゼロ」ではない。けれど、この世界にある素材で、従来の常識を覆す『超・省エネ』な道具が生まれたのだ。完全な無補給運用は難しくても、兵站への負担は大きく減らせる。

 

 ガント親方が、満足げに腕を組んで頷いた。

 

「どうだ。お前らの知識と、俺たちの素材。悪くねぇ組み合わせだろう?」

 

「ええ、助かりました、親方!」

 

 僕たちは汗だくになりながら、顔を見合わせて笑った。異界の技術そのものではない。けれど、それをヒントに、この世界にあるもので新しい『答え』を作り出したのだ。

 

 試作一号の筒は重かった。けれど、その重さなら持って歩ける気がした。

 

 試作成功。

 

 そう書くと、画面の隅に成果通知でも出そうだった。けれど工房に鳴ったのは、落ちた水滴の音だけだった。

 

 飯田が筒を持ち上げて、すぐに顔をしかめる。

 

「重っ。これ、携帯浄水器じゃなくて携帯筋トレ器具だろ」

 

「でも水は通るよ」

 

 田中が小さな瓶に落ちた透明な水を掲げた。その一滴を見た瞬間、工房の煤も熱気も、少し報われた気がした。

 

 ただ、片付けの途中、試作一号を背嚢に入れようとしたら、蓋が閉まらなかった。

 

 銃も飯も背負う兵が、この上にこれを足すのか。

 

 曹長への報告の一行目が、まだ決まらない。

 

――――――――

 

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