ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《創世訓》 一章 四節
『闇雲に力を振るえば、最初に裂けるのは己の輪郭である。』
戻ってきた森田さんが最初にやったのは、質問の続きではなく、能力の確認だった。
「一人ずつでいい。心の中で、自分の力に呼びかけてみたまえ。落ちてきた者には、名前ごと力が与えられているはずだ」
半信半疑で目を閉じた連中から、順番に声が上がった。僕のステータスオープンと同じらしい。呼びかけると、頭の中に勝手に名前がはまる。
「うおっ、俺『雷』だ! 手から出るやつだよな!?」
「出すな! 室内!」
「……こっちは名前だけ浮かんで、何も起きないんだけど。不良品?」
「説明書がないの、逆に怖いよね」
深刻になりきれない声があちこちで弾けた。さっき講堂で剣や光を出していた人たちは、答え合わせみたいに頷いている。笑いごとじゃないはずなのに、自分の力の名前を知った顔は、みんな少しだけ明るい。竹内さんが黒板の石筆を取って、名前と能力を書き並べていく。議長の仕事はまだ続いているらしい。
「私は……『オートエイム』、だって。狙いが当たる、ってこと? 銃なんて触ったこともないのに」
桐谷さんは自分の手のひらを見て、少し困った顔をした。それから指を引き金の形に曲げて、もっと困った顔になった。
「……曲げ方、なんか知ってる気がする」
どの能力もそうらしい。説明書は渡されないのに、名前を自覚した瞬間から、使い方だけが体に馴染んでくる。雷の男子も「もう出し方は分かる」と言い張って、周りに全力で止められていた。
僕の番は、確認するまでもなかった。
ステータスオープン。もう開いている。頭上に浮かぶ、意味の分からない数字の列。あれで全部だ。
「羽黒くんは?」
「……数字が、見える」
「何の?」
「分からない」
竹内さんの石筆が一瞬止まって、それから小さく「すうじ」と書かれた。雷と飛行の間に並ぶと、余計に地味だった。
言わない人も何人かいた。奥の席の男子は、呼びかけたのかどうかすら答えず、窓のない壁の方を見ている。竹内さんはその欄を空白のまま次へ進んだ。
ほとんどのクラスメイトはまだ、さっき知ったばかりの能力の話をしていた。声だけなら、放課後の教室に少し似ている。
先生は森田さんと話し合って戻ってきた。髪を留めているピンが一本だけ少し曲がっていた。
先生は、言葉を選ぶように一度だけ視線を落とした。たぶん、僕たちがいない場所で、何度も同じ質問をしたのだと思う。それでも、答えは変わらなかったのだろう。
「先生は生徒の皆様に伝えなければならないことがあります」
皆が先生の方を向く。
「私たちは生まれた以上生きなければなりません。そして、私はあなたたちを守らなければなりません」
先生……
「それは、この世界に来ても変わらぬ事実です。ですが、従来の考え方ではきっとそれは叶わないということを知ってしまいました。なので、私は第二王子の近衛会議側に雇用されることを決意しました。生きていくためにこの選択は避けられないと思ったんです」
生きていくために……
「私たちは彼らに私たちの価値を示す必要があります。でもそれは今現在の価値だけではないんです。全力を尽くせばきっと、彼等に保護してもらえる、きっと、帰る方法も見つかるはずなんです」
それを聞いて、息が一瞬止まった。そうだ、きっと帰れる。みんなで一緒にあの地球へ帰るんだ。
「先に言っておきます。私は無理強いはしません。先生が森田さんに掛け合って、私が対価を支払います。それでも、先生と共に立ちたいと言う人は、一緒に行きませんか?」
「先生、俺も行くぜ。先生だけに頼ってヌクヌク生きていられるわけ無いじゃんか」
三郷が真っ先に立ち上がった。
椅子の背を押した手が、少し強すぎた。本人は笑っていたけれど、制服の裾を直す余裕はないらしく、片側だけ外へ出たままだった。
クラスの班決めで、余った人を見つけるのも三郷が早かった。深く考えた顔をせずに、じゃあこっち来いよ、と言う。その軽さで助かった人が、たぶん何人もいる。
それに釣られて、彼のサバゲ仲間たちが立ち上がり、椅子の脚がいくつも石面をこすった。反対派だった人たちも、隣の子に袖を引かれて、少し遅れて立っていく。
最初に誰かが動くと、次の人は少し動きやすくなる。三郷くんは、立ち上がったあとも後ろを見ていた。
「僕も、賛成するよぉ」
少し間延びした声の男子も乗ってくれた、これで一気に立ち上がっていく。やっぱり、あいつは能天気……でもあるけど、能天気なだけではないんだな。
けれど、それでも動かない人が何人か現れた。
……そりゃあ、急に働けと言われても困るよな。
そんな人たちを三郷くんは一人ずつ説得して、仲間に引き込んでいる。多少無理矢理なところはあるけど、話しかける時だけ声の高さを少し変えていた。
怖さが消えたわけじゃない。けれど、このまま座って見ているだけでは、本当に置いていかれる気がした。そう思いながら、僕も立ち上がった。
✶
僕たちはまず、基礎的な戦闘訓練を受けることになった。自分達の身はある程度自分達で守れってことらしい。
移動の前に、首から下げる薄い板を一枚ずつ渡された。翻訳札、と言うらしい。中庭であの騎士様が掲げていた白い球と同じ術が、携帯用に入っているそうだ。考えてみれば当たり前だけど、これがないと僕たちは、この世界の言葉がまだ一つも分からない。
「守れって、何からですか」
誰かが聞いた。案内役の兵士は、歩く速さを変えずに答えた。
「魔物だ。城壁の外には、月に何度か群れが出る。大きいのは"スタンピード"と呼ぶ。詳しくは明日からの講義で習え」
魔物。スタンピード。単語だけが先に配られて、中身はまだ誰も知らない。それでも、銃を渡される理由としては十分すぎた。
訓練場は中庭の奥にあった。城壁に沿って長く取られた石敷きの広場で、片側に射撃用の土壁、反対側に木剣用の砂地がある。端には水桶と救護用の簡易天幕。天幕の外に、担架が二つ立てかけられていた。
加賀先生は救護天幕の横にいた。訓練には加わらず、名簿を持って、誰がどの列にいるかを目で数えている。中庭の点呼と同じ目だった。
訓練の為にある程度の武器や設備は提供してくれるようだ。射撃場の端には、透明な板みたいなものも立っていた。髪を短く刈った女性兵が触れると、表面が白く揺れる。結界板、と横の人が言った。
結界板の前には、白い線が引かれている。そこから先は銃口を下げるな、と兵士が何度も言った。線の向こうに立つだけで、教室の床とは違う場所に来た感じがした。
別の兵士が、足元へ小さな板と革具を並べている。アクセラップ用の靴底起動具と、マギブレイク用の短杭型機械らしい。どちらも、魔力を流すと中の小型機構が術を起こす。隣では小柄な女性兵が、僕の腰くらいまである弾箱を膝で押さえながら蓋を開けていた。名前だけ聞くとゲームの魔法みたいだが、兵士たちの扱いは靴紐や安全装置に近かった。
兵士らしき人たちから、一丁ずつ徹甲小銃が渡された。銃床の横に小さく `GR-370-1080-A` と刻まれている。型番らしい。名前だけなら事務用品みたいなのに、実物は全然かわいくなかった。ライフルと呼ぶには銃身が太く、木のストックと動物の革のようなハンドガードだけが妙に手に近い。三発入りの弾倉も、見慣れた銃の部品というより金属の塊に見える。ずしりと重い。肩に乗せる武器というより、硬いものへ穴を開ける工具みたいだった。一通りの使い方を教えて貰う。あとは自主的に訓練をしてから実地的な訓練を行うらしい。魔物とでも戦うのかな? そうだとしたら……怖くはあるけど、異世界モノっぽくてワクワクするなぁ。
銃を渡した兵士の手袋は、親指のところだけ色が薄くなっていた。何度も同じ金具を押した跡だと思う。僕が受け取り損ねると、彼女は銃口の向きだけを先に直した。
まずは”セレクター”がセーフモードになっているかを確認して…… そんな風に確認してるとみんなにも渡され始める。
「随分とごつい銃だな……この世界のは皆こうなのか……?」
三郷くんが銃器の感想を言ってる。そういえば本物を撃ったことあったらしい。
「これが、本物の銃……この弾、やっぱデケェな」
銃に詳しそうな二人が、弾倉を覗き込んでいる。
「対魔物用の10×80mmだってよ、魔物は車並みに硬いのかもしれない」
「思ったよりも険しい世界なのかもしれんな」
どうやら魔物はかなり強いらしい。銃に詳しそうな二人がクラスメイトに対して、軽く教えられたやり方を補強する形で銃の使い方を指導する。
用意された的にそれぞれが思い思いの格好で射撃していく。奥の標的には、薄い結界が張られていた。弾が当たるたび、木板より先に空気が白く歪む。
土壁の下には、跳ねた石片と薬莢が少しずつ増えていった。男性兵が長い棒で薬莢を寄せ、さっきの女性兵が木箱へ入れていく。僕たちが撃つたびに、誰かが後ろで数えている。
いっしょに僕も射撃してみる。反動が軽い。能力だけでなく、身体的な強化も受けているのかもしれない。
これ、すごい。
ゲームや漫画で見たやつより、ずっと手の中にある。撃った瞬間に肩へ重さが返ってきて、標的の前で白い結界が歪む。僕が撃った弾で世界が少し変わった、みたいな変な高揚があった。
その横で、兵士が空になった薬莢を小さな木箱へ入れていた。
「訓練弾、三発。結界板、反応二」
彼はそう言って、板の端に小さな印をつけた。
三発。僕にとっては初めての銃声でも、向こうにとっては消費欄の数字だった。
そんなこんなで自分たちで射撃の練習をしてみると、建物の奥から少し服装の違う人影が出てくる。そして皆の前に立つ。
彼が出てきただけで、近くの兵士が一歩下がった。誰かが指示したわけではない。水桶の横にいた救護兵も、担架の向きを少し変えた。
「……今回君たちの訓練を監督する近衛騎士長のスーリュース・アンテラルだ。はぁ。よろしく」
この城に来た時に会った騎士様じゃないか。ここの人だから、いつか会うとは思っていたけれど、まさかこんな形で再会するとは思っていなかった。
今気づいたが、”騎士”にしては何だか気怠げで、面倒そうにしているのが見ていて分かる。大丈夫なのだろうか……?
赤い外套の留め具はきちんと磨かれているのに、襟元だけ少し崩れていた。眠そうな顔をしているくせに、腰のナイフへ伸びる手だけは妙に速い。
「……んじゃ、訓練だ」
そうやはり気だるげに言う。
「この中で銃の扱いに長けた能力のやつはいるか?」
銃の扱いに長ける能力を持ってる人はそんなに多くはなかった。だけど、その中でもトップクラスに銃に特化しているのはやはり、桐谷さんの「オートエイム」だろう。さっきも”銃なんて触るどころか興味を持ったこともない”と言っているのに反して百発百中だった。試してやろうと誰かが投げた小石にすら命中したほどだ。
桐谷さんは、昔から物を狙って見る人だった。料理の時も、包丁の先ではなく、切った後に皿へ置かれる形を先に見ているようなところがあった。今はそれが、銃口の先に出ている。
「は、はい。私です」
「銃を持ってこっちに来い」
そう無愛想に目の前に立たせる。
桐谷さんの足元には、白い射撃線がある。騎士長はその十メートルほど先、砂地と石敷きの境目に立った。土壁はさらに奥だ。もし外れたとしても、弾は土壁に入る。
外れたら、の話だけど。
「んじゃ、銃を構えろ」
「的を撃つんですか? でも……私の能力だと百発百中ですよ?」
「そんな面白みのない事はしない。ちょっと待ってろ」
そう言いながら騎士長は十メートルほど歩いて、腰に装着したナイフホルスターからナイフを抜いた。
「俺を撃て」
「……は?」
まさか、この人も僕たちと同じ能力者なのか?
「騎士長! まさか、全部避ける気ですか?」
そう僕が言うと、なぜかひどく苛立ったように口を開いた。
「クソが。お前は黙って見てろ」
「す、すみません」
舌の先まで出かかった文句を飲み込んだ。騎士長の指は、まだナイフの柄に触れている。
「いや、いや、『見てろ』じゃないですよ。なんで手の込んだ自殺をしようとしてるんですか!」
一番の被害者である桐谷さんが困惑したように叫んでいる。そりゃそうだ。
「けど、こういう時のテンプレ的な流れだと、だいたい撃たれても避けるか弾いて無傷って奴じゃないかな。アニメでよくあるじゃん」
僕は半ば自分に言い聞かせるようにそう伝えた。
「知らないよ~! 何その流れ、私あんまりアニメ見ないし! それと人に向かって銃を撃つのは話は別でしょ~!?」
確かに、正論だ。そこでやっと気づく。騎士長に黙っていろと言われたのに、また喋ってしまった。
「……」
明らかに機嫌が悪い。桐谷さんの銃を撃つ決意が固まる前に殺されそうかという雰囲気だ。
思わず無理にでもさっさと撃たせようとした瞬間、遮られた。
「アンテラル騎士長」
そう喋りながら、一人の男子が歩いてきていた。
正直、僕は彼とあまり喋ったことはない。というよりも、彼自身があんまり学校に来ていなかったんだ。
家が金を持っているからか、学校に来ても見下げるような言動ばかり取っていたから近寄りがたかった。親の金で投資をしているらしいという話は聞いていたけど……。それって別に高校で楽しく話せるような会話じゃないしね。
ただ、金の話をしている時だけは、誰かを見下しているというより、何かを掴んでいないと倒れそうにも見えた。
「”撃て”ばいいんだよな?」
「……ほう」
そう言いながら歩く彼の右手の親指が何かを弾いた。金色の……コイン?
「”
横河大輝。その名前が顔と一致するまで、一拍かかった。
横河くんの頭上は、やっぱり0だった。
でも、その0が騎士長の15へ向かって一直線に動いている。横河くんの後ろには、まだ何人も立ったままだ。数字の列が、弧の後ろに重なって見えた。
「後ろ、下がって!」
僕の声は、爆発音の前に出た。
何人かが反射でしゃがむ。三郷くんが近くの一人の肩を押した。桐谷さんは銃口を下げたまま、横へ一歩ずれた。
コインがカッ、と眩い光を放った後、それが弧を描くように騎士長の元に放たれた。
そして着弾寸前でそれは弾けた。目が眩むほどの閃光の中、爆発音と衝撃があたりを襲った。
「ケホッ……ケホッ」
思わず咳き込むほどの粉塵が辺りに舞う。漫画みたいに空気圧で吹っ飛ばされることはなかったが、爆発の衝撃で僕は転倒してしまった。クラスの面々も似たような感じだ。三郷が悪態をついているのが聞こえる。
ただ、立ったまままともに受けた人は少なかった。頭の上の数字は、まだ0のまま。役に立ったのかどうかは分からない。けれど、見えている数字の並びが、誰がどこに立っているかを一瞬だけ教えてくれた。
そんな中、朗らかな笑い声が聞こえる。
「面白い。今度こそは”時間が掛かった”」
騎士長がタガーを光らせ素早く振ると突然風が吹き、粉塵が吹き飛ばされる。目にゴミが入った三郷がまた悪態をついている。
土壁の前に、横河くんが使った金貨の焦げた跡が残っていた。白い射撃線のこちら側には、しゃがみ込んだクラスメイトが何人もいる。
訓練場のはずなのに、もう誰も標的を見ていなかった。
晴れ渡った視界の中に、騎士長は……いなかった。
視界の右端で、赤い外套が一度だけ線になった。土を蹴る音は、その後から来た。
騎士長は横河くんの射線の外から懐へ入り、金貨を持つ手首を払った。次の瞬間、ナイフの柄が肩口へ入り、横河くんの体が砂地を滑った。
「銃を使えと言ったのに余計な手間をかけた罰だ。連帯責任だな」
そして彼はクルクルとナイフを回し、楽しそうに言った。