ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 三章 二十節
『北の砦の射撃線に、撃つ者の名が置かれる。』
2374- 北の砦演習場 山崎視点
北の砦の演習場は、王城の訓練場より広かった。
古い銘板には、ノエホ砦演習場と刻まれている。王国式の呼び名では北の砦。現地の兵は、短くノエホとだけ言った。
土を固めた射撃線。
石を積んだ仮想障害物。
遠くには、木板と鉄板を組み合わせた標的が並んでいる。
標的の脇には、青い魔導灯が低く灯っていた。弾が通っていい線と、術式障壁に触れる線を分けるための印だと、教官は言った。
射撃線の手前には、アクセラップを起こすための足場も作られている。靴底具を滑らせず、小型起動具の力を踏み込みへ返すためのものらしいが、山崎から見ると、地面に薄い罠が並んでいるようにも見えた。
山崎才我は、支給された銃を肩に担ぎ、思わず口の端を上げた。
「これ、完全に実戦チュートリアルだろ」
「そういうこと言うな」
佐々木宗助が隣で言った。
声は落ち着いているが、手元の剣帯を直す動きは少し早い。
「いや、でも分かるだろ。砦、実地、複合演習、標的複数。ここで新要素解放って感じがする」
「感じがしても、口に出すな」
「はいはい」
山崎は軽く返事をした。軽く返事をしながら、弾倉を確認する。五発。
予備弾倉が二つ。合計十五発。
数字にすると少ない。ゲームなら、開始直後に拾う弾薬箱の方が多い。そう思ったところまでは、いつもの自分だった。
でも、実物の弾は重かった。
一発ずつが指に残る。
「勇者様方、配置へ」
現地教官が声を張った。勇者様。
まだ、その呼び方には慣れない。三郷弦が前に出て、明るく手を上げた。
外套の前が少し開いていて、ベルトの位置も雑だった。けれど、手を上げる角度だけは迷いがない。声を出す前に、周りがもう彼の方を見ていた。
教室でも、三郷は出欠確認の時に先生より先に欠席者へ気づくことがあった。大げさに気にするのではなく、あいつ今日いないな、と言って、それで周りが少し静かになる。
「了解! じゃ、左から才我、幸、佐々木。俺は中央で見ます」
「三郷、指揮官っぽい」
桐谷幸が言った。
普段より声が低い。
少なくとも、羽黒に話しかける時の丸い声ではない。
頬にかかった髪を払う動きもなかった。銃床を肩に当てる位置だけ、何度も小さく直している。
家庭科室で包丁を持った時も、桐谷は一度決めた角度を少し直した。ほんの数ミリ。本人以外には分からないくらいの修正を、納得するまでやる。
山崎はそれに気づいて、少し笑った。
「桐谷、今日はかわいこぶらないの?」
「撃つ時にそれやったら外すでしょ」
即答だった。
「羽黒にだけ見せる用か」
桐谷は山崎を見た。
笑っていない。
「撃つよ」
「ごめん」
山崎はすぐ謝った。謝る判断は早い方がいい。桐谷はそれ以上言わず、銃を構えた。
肩、肘、頬。教官に直された通りの形。
それなのに、彼女の目だけは少し違う場所を見ている。
桐谷は、銃が好きなわけではない。
照門の小さな輪に入っている間だけ、周りの声を減らせるのだと思う。教室で騒ぎが起きた時、黒板の端だけを見て先生の声を拾っていた時と似ていた。
今はそれが、銃の輪になっている。標的ではなく、標的の先。
たぶん、撃った後に倒れる位置。その後ろに、誰が立つことになるか。
「第一波、開始」
教官の旗が下がる。木板の標的が三枚、横へ走った。
紐で引かれている。ただの木板だ。
でも、走る。その後ろで、薄い障壁がわずかに遅れて揺れた。
それだけで、胸の奥が少し跳ねた。
「右、二枚!」
三郷の声。山崎は銃を上げる。照準。
呼吸。引き金。
発砲音が、砦の壁に跳ね返った。一枚目の木板が割れる。
「っしゃ」
二発目。鉄板に当たって、火花が散った。身体が反動を受ける。
肩は痛い。でも、戻せる。
自分でも少し気味が悪いくらい、次の照準に戻れた。
桐谷はもっと早かった。一発目。
二発目。三発目。
標的の動きと、銃口の動きがずれているのに、弾だけが吸い込まれる。
木板の中心に、小さな穴が三つ並んだ。外れない。山崎は、思わず笑いそうになった。
かっこいい。ずるい。
怖い。どれも少しずつ合っていた。
「第二波、左!」
三郷が叫ぶ。
今度は鉄板標的が二枚。
佐々木が前に出る。
剣を抜いた瞬間、薄い光が刃の表面を走った。
佐々木の顔はあまり変わらない。ただ、剣帯を握る手の甲に筋が出ていた。落ち着いて見える人間も、力は入るらしい。
佐々木は教室でも、騒がしい時ほど机の上を先に片づける人間だった。声を荒げるより、邪魔なものを一つずつ端へ寄せる。その癖が、剣帯を整える手にも残っている。
鉄板が近づく。
ただの標的なのに、近づいてくると身体が固くなる。
佐々木は固まらなかった。一歩。半身。
斬撃。鉄板の縁が割れ、標的の軸が落ちる。
「おお」
砦の兵たちから声が上がった。その声が、山崎の背中を押す。次の標的。
銃を上げる。弾倉の残り。考える前に撃っていた。
当たる。また当たる。当たるから、次を撃つ。
標的が倒れるたびに、歓声が増える。勇者様。すごい。
速い。ありえない。言葉が後ろから飛んでくる。
悪い気はしなかった。悪い気はしない。それが少しまずい気もした。
でも、標的はまだ動いている。考えるのは後でいい。今は当てる。
山崎は最後の一発を撃った。木板の中心が抜ける。旗が上がった。
「終了!」
発砲音が止まる。
止まると、射場の広さが戻ってきた。
息を吐いたのが自分なのか、隣なのか、少し遅れて分かった。
桐谷は銃を下げて、右腕を左手で押さえていた。
「幸?」
三郷が寄る。
「平気」
「平気な押さえ方じゃないだろ」
「平気って言った」
桐谷の声は、少し硬い。山崎は、さっきの冗談を思い出した。羽黒にだけ見せる用。
今の桐谷には、その顔はない。痛みを逃がすための息だけが、短く漏れた。桐谷は銃を下ろさない。
痛む方の肩だけ、ほんの少し遅れて上下していた。
現地教官が近づいてきた。
「見事です。命中率、反応速度、どれも想定以上です」
砦の兵たちが拍手する。山崎は笑って、軽く手を上げた。いつもの癖だった。
拍手は気持ちいい。それは本当だ。ただ、足元の木箱が目に入った。
空になった弾薬箱。演習前は、蓋が閉まっていた。今は開いている。
中には紙包みの破片だけが残っている。砦の記録係が、板に何かを書いていた。命中数。
標的破壊数。所要時間。そこまでは見えた。
弾薬消費。腕の痛み。次の補充予定。
その欄があるのかは、山崎の位置からは分からなかった。
「あー、今の勝利画面、数字出ないタイプか」
山崎は小さく言った。
「何の話だ」
佐々木が聞く。
「気分の話。命中数だけ出ると気持ちいいけど、消費弾数も横に出ると急に現実になるやつ」
言いながら、山崎は空箱の縁を靴先で軽く押した。中身のない音がした。
「なあ、佐々木」
「何」
「俺ら、何発使った?」
佐々木は少し目を細めた。
「今から数える」
「だよな」
三郷がこちらを振り返った。
「才我、どうした」
「いや。羽黒なら、最初にそこ見るかなって」
言ってから、少し場が静かになった。羽黒。まだ来ていない名前。
桐谷が右腕を押さえたまま、ふっと笑った。笑い方だけ、少し丸い。
「承くん、たぶん途中で薬莢拾ってるよ」
「やりそう」
三郷が笑った。明るい笑いだった。
でも、少し短かった。教官が次の説明を始める。
「この結果は王城へ報告します。勇者様方の実戦投入可能性は、さらに高く評価されるでしょう」
実戦投入。その言葉で、山崎の背筋が少し伸びた。演習は終わった。
標的は倒れた。拍手もあった。
でも、空の弾薬箱はそのまま地面にある。桐谷の右腕も、すぐには下がらない。
山崎は銃を下ろし、足元の薬莢を一つ拾った。
熱は、もうほとんど残っていなかった。
それでも、指先には少し温かかった。
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