ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 一節
『拍手の届く部屋では、見たくない影ほどよく映る。』
2374- 第一王城大広間 ランドマール視点
拍手は小さかった。
ランドマールは、椅子の上で背筋を伸ばしたまま、その音を聞いていた。
大広間には人が多い。貴族。士官。
文官。王城の人間。その全員が同じような速さで手を叩いている。大きすぎず、乱れすぎず、誰かより先にやめない。拍手にも作法があるのだと、ランドマールはそこで知った。
「勇者様方の北砦演習は、極めて良好な結果を示しました」
軍務士官が読み上げる。
前に立っている転移者たちは、みな少しずつ違う顔をしていた。
三郷弦は笑っている。
笑っているのに、足の向きだけが扉へ近い。
桐谷幸は右腕を隠している。
隠しているのに、隠していることを誰にも気づかせたくなさそうだった。
佐々木宗助は、拍手よりも報告書の方を見ている。
ランドマールは、それらを見ていた。
見ているだけで、何かを止められる気がしてしまう。
たぶん、それは錯覚だ。
✶
数値と評価の言葉が並び、そのたびに拍手が起きた。
ランドマールは手を叩かない。
叩くべきか迷ったが、母上ならこういう場では叩かない、と考えた。第三王子が拍手をすれば、それは賞賛ではなく合図になる。誰かが意味をつける。
意味は、勝手につく。
それは最近、少し分かってきた。
机の上には報告書がある。ランドマールの席からは、文字までは読めない。ただ、赤い印がいくつか見えた。
赤い印。
戦果の印なのか、注意の印なのか。
遠いと、どちらも同じ色になる。
やがて士官が、次段階の外縁任務を検討する、という言葉を出した。
次段階。
外縁任務。
言葉が大きい。
大きい言葉は、人を動かす。ランドマールが動かしているわけではないのに、誰かがこちらを見る。こちらが頷くのを待っている。
だから、頷かなかった。
頷かないことにも意味がつくのだろう。でも、今はまだ、どちらの意味をつけられるか選べない。
✶
佐々木が口を開いた。
「弾薬消費と負傷確認を、別紙で提出したいです」
大広間の空気が、ほんの少し変わった。
拍手のあとに出すには、硬い言葉だった。
ランドマールは、その硬さに少し安心した。
きれいな報告だけで終わらない人間が、あの中にいる。
軍務士官は笑顔を崩さない。
「もちろんです。詳細記録は後ほど」
後ほど。ランドマールは、その言葉を覚えた。後ほど、という言葉は角が立たない。
今ここでは扱わない、という意味にもなる。佐々木はそれ以上言わなかった。三郷が彼を見る。
桐谷幸は右腕を少し下げた。拍手がまた起きた。今度の拍手は、さっきより短かった。
✶
報告が終わると、人が少しずつ動き始めた。
ランドマールの近くへ来る者もいる。
「殿下」と呼ぶ声。
「勇者様方」と呼ぶ声。
同じ部屋にいるのに、呼ばれ方だけで場所が分かれていく。
ランドマールは、椅子から立たなかった。
立てば、誰かのところへ歩かなければならない。
歩けば、誰かの側に立ったことになる。
座っていても同じかもしれない。
けれど、今は座っている方がまだましだった。
大広間の床は磨かれていて、靴の裏の泥など一つもなかった。
ランドマールは、その床に映った拍手の形を見た。
手を叩く人の影だけが、何度も揺れていた。