ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 四節
『錆びた約束は迷宮の奥で、灯より長く形を保つ。』
2374- 迷宮坑道 エリカ視点
エリカは、入口で新人を見る癖がある。
武器の持ち方ではない。
足元を見る。
坑道に入る前、人はだいたい顔を作る。勇ましい顔。平気な顔。怖がっていない顔。
でも足は嘘をつくのが下手だ。
三郷弦は、怖がっていた。
隠しているつもりだろうが、湿った砂を踏む足がほんの少し浅い。山崎才我は緊張を冗談に逃がし、佐々木宗助は手順に逃がしている。桐谷幸は逃がさない。逃がさないまま、銃の位置だけを確かめている。
どれも悪くない。
怖がらない新人より、ずっとましだった。
「今回は踏破じゃない。浅層確認と記録、可能なら遺物反応の位置特定」
エリカは、先に言うべきことだけ言った。
「あなたたちは強いけど、迷宮では強いだけの新人が一番邪魔」
佐々木が「分かってます」と答えた。
分かっていない声ではなかった。
けれど、分かっただけで助かる場所ではない。
坑道の空気は、外より少し冷たい。錆、湿った土、古い油。奥の方から、鉄板を爪でなぞるような音がした。
エリカはライフルの革紐を短く持ち直した。
「記録開始」
ミラが録音具を開ける。
蓋の音が明るすぎて、坑道の暗さに浮いた。
✶
第七鉱区。
本日の採掘量。
安全第一。
壁に残った文字を見て、山崎が口を閉じた。さっきまでの軽口が、そこで一度止まる。
エリカは何も言わなかった。
迷宮では、黙ることを教える方が早い時がある。
「前方、鋼虫」
先に告げる。
暗がりで金属の脚が動いた。
鋼虫が飛び出し、四人がそれぞれの持ち場で応じる。氷、弾、剣、援護射撃。
エリカが見ていたのは、勝ち負けそのものではなかった。
桐谷は、当てるべき場所より、外しても被害の少ない場所を選んで撃つ。臆病ではない。計算だ。三郷は声を出しすぎる。指示は正しいが、狩る側より狩られる側の呼吸に近い。佐々木は踏み込みが素直すぎる。躱す動きより、受け止める動きを覚えている。山崎だけが、常に自分の射線と仲間の射線を同時に数えていた。
四人は、一匹を潰しているのではなかった。
細い坑道の幅を、死骸と氷と弾で狭めている。
腕はいい。
それは認める。
だが、倒した直後、四人の足が半拍だけ止まった。
「足を止めない。死骸の音で寄る」
奥から乾いた脚音が増える。
その音を聞いて、三郷の顔が変わった。勝った顔から、遅れた顔へ。
そこを覚えればいい。
迷宮は、勝った直後に新人を殺す。
強さを測るための観察のつもりで四人を見ていたはずなのに、いつの間にか誰が先に死ぬ側へ回るかを無意識に順位づけしている自分に気づいて、その冷静さのどこまでが仕事で、どこからがただの癖なのか、エリカ自身にも分からなくなっていた。
「英雄気分は出口でやって」
三郷が氷を消して走る。
山崎も続く。
桐谷は後ろを一度だけ見た。佐々木は、見ずに走った。
その違いも、エリカは記録した。
✶
広間に出る前、エリカは壁の匂いが変わったことに気づいた。
湿った土の中に、焼けた布の匂いが混じる。
崩落事故の核に近い。
中央には、赤く光る金属箱があった。
「遺物反応、確認」
ミラの声が少し硬くなる。
佐々木が近づこうとしたので、エリカは肩を止めた。周囲確認が先だ、というだけの一言で、佐々木は素直に止まった。
素直なのは助かる。
面倒なのは、素直な新人ほど、自分が助かった理由をあとで考え込みすぎることだ。
金属箱の側面には、震えた文字が残っていた。
最後まで希望を捨てなかった、と。
そういう言葉は、回収作業を難しくする。
エリカは布を広げた。
「回収する」
「持って帰るんですか」
三郷が聞く。
「放置すれば迷宮が乱れる。封印する。記録する。必要なら遺族に通知する」
それが正しい順番だった。
正しい順番は、優しくはない。
桐谷が、箱の文字を見ている。
「読めるところ、写してもいいですか」
エリカは一瞬だけミラを見た。
ミラが頷く。
「一分」
桐谷はすぐに膝をついた。
山崎が明かりを寄せる。三郷は入口側を見る。佐々木は床の割れを見ている。
さっきより、動きがよかった。
エリカは布で金属箱を包んだ。重さは大したことがない。だが、腕に収まるまでの間だけ、坑道の空気が妙に濃くなる。
死者の言葉は、軽くても重い。
「撤収」
奥で金属音がした。
四人は今度、勝った時より速く動いた。
それでいい。
英雄かどうかは、出口で好きに呼ばせればいい。
迷宮の中では、足が動く者だけが帰れる。