ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 十五節
『影の追跡者は静けさの中で、約束の錆びる音を聞く。』
2374- 王都外縁 エリカ視点
追跡そのものは、報告書に書けば数行で済んだ。
保管庫の鍵は破られていない。記録札も合っている。仮保管棚だけが空だった。そういう盗み方をする相手は、手順を知っている。四人の子供たちが寄せ集めた細い手がかりは、迷わず廃鉱山街跡へ向かう一本の線になった。
エリカが見ていたのは、手がかりの精度だけではなかった。
男が抜き切る前に桐谷が銃身を弾き、三郷が退路を氷で塞ぎ、佐々木が手首を極める。三日前なら、この四人はもっと荒く仕留めていた。誰も余計に撃たず、誰も男を斬らなかった。
それだけの差を、エリカは記録した。
男は膝をついた。包みは落ちず、エリカの手に渡った。
「父さん」
男が言った。
その一言だけが、廃鉱山街跡の壁に少し残った。
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支部へ戻る途中、エリカは小さな布包みを別に取り出した。
追跡の前、保管庫の脇棚から見つけていたものだ。親指ほどの硝子瓶。液体はほとんど残っていないのに、内側だけが薄く光る。
「それ、何ですか」
桐谷が聞いた。
「浅層から出た副回収品。古い回復薬か、聖別水の失敗品か、その辺りだ。鑑定待ち」
「飲めるんですか」
「飲むな。遺跡から出た物を、きれいだからって口に入れるやつは早死にする」
山崎が口を閉じた。
「今、ちょっと飲めそうって顔したな」
三郷が言う。
「してない」
「してた」
短いやり取りで、張りつめていた空気が少し戻った。
それでも、金属箱の重さは変わらない。
協会支部では、遺物は前と同じ棚に戻されなかった。
封印場所の公開範囲。慰霊碑への複製銘板。遺族会への通知。
手続きが増えた。増えた手続きは、たぶん面倒だ。
けれど、面倒なものが増えなければ、あの男の父はまた番号になる。
桐谷は、昨日写した名前の断片を出した。
三郷が明かりを寄せる。
佐々木が、読める字だけを別紙に移す。
山崎は銃の手入れをしながら、時々文字を覗いた。
追跡は終わった。
でも、取り戻したものをどう扱うかは、まだ決まっていなかった。
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《辺境者の歌》 四章 十六節
『明るい撤収の声は、残した荷の数を隠すために響く。』
三郷弦は、帰還の号令を明るく出した。
「はい、撤収! 忘れ物確認して帰るぞー」
山崎才我が銃を肩にかけ、軽く手を上げる。
「薬莢は拾った」
「偉い」
「羽黒なら褒めてくれる?」
三郷は笑った形の口をすぐ戻し、並んだ背中を数え直した。
「あいつはまず数える」
三郷は笑った。笑った後で、少し口の端が重くなった。羽黒なら、数える。
薬莢。弾倉。残弾。
負傷者。帰る人数。たぶん、面倒くさい顔で手帳を開く。
そして、誰かにうまく伝わらない言い方をする。
右がゼロとは言ってません、とか。
今はたぶん戻った方がいいです、とか。
そんな声が、今はない。
「三郷」
佐々木が呼んだ。
「幸の腕、もう一度見せた方がいい」
桐谷幸が眉を寄せる。
「平気」
「それ、今日三回目」
「数えなくていい」
「数える奴がいないから、俺が数えてる」
その言葉で、三郷の笑みが一瞬止まった。
佐々木も、自分で言ってから気づいたようだった。
山崎が空気を変えるように、わざと大きく伸びをする。
「ま、でも今日も勝ったしな」
「勝った」
桜華が短く言った。彼女の声は、いつもより低く、笑いの色が薄かった。
三郷は隊列を見た。前、桜華。中央、桐谷と佐々木。
後ろ、山崎。自分は少し横。強い。
たぶん、とても強い。ただ、帰るための形ではない。戦うための形だ。
「並び、変えるか」
自分で言って、少し驚いた。
山崎が振り返る。
「え、今?」
「幸を真ん中。佐々木、右。才我、後ろ。桜華は前だけど、速度落として」
「急に細かい」
「俺もそう思う」
三郷は笑った。
笑ってから、ナックルダスターを握り直す。
鉄の感触は、いつも通り冷たい。
「でも、今日はそれで帰る」
桐谷が小さく息を吐いた。
「承くんみたい」
「やめろよ。俺、あんな細かくない」
「細かくなろうとしてる」
「うるさい」
軽口を返した直後、桐谷の歩幅がまた狭くなった。
帰り道、桐谷の歩幅が少しずつ落ちた。佐々木がそれに合わせる。山崎は後ろで薬莢袋を揺らしながら歩く。
桜華は前で、いつもより少し遅く進む。誰も遅れを口にしなかった。
門まで隊列は崩れなかった。三郷は人数を数え、五人目に自分を入れ忘れて、もう一度最初から数えた。
王城の門が見えた。門の上には旗がある。勇者班の帰還を見て、兵が手を振った。
三郷は明るく手を振り返した。ちゃんと笑えた。門をくぐる直前、桐谷が小さく言った。
「ねえ、承くん、今どこにいるんだろ」
三郷はすぐに答えられず、門番へ帰還札を渡した。五人分。今度は自分も入っている。
「戻る場所くらい、見つけてるだろ」
結局、そう言った。
桐谷は少し笑った。
「だといいね」
三郷も笑った。
門の内側で、桐谷は右腕を庇いながら歩いた。三郷はまた並びを変えるか迷い、今度は言わなかった。