ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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四章十九話 保証人の条件

《辺境者の歌》 四章 十九節

『保証人の名は、倒れた背の下で濡れる。』

 

 クラン仮設立申請書は、欄が多かった。

 

 クラン名、代表者名、構成員名、印を押す人の名前。

 

 活動目的、主な受注種別、連絡先、保管場所、初期資金。

 

 欄は事務的に続き、最後に「失敗時の連絡責任」と書かれていた。

 

 最後の欄で、筆が止まった。失敗時。作る前から、そこに失敗の場所がある。

 

 当たり前だ。依頼は失敗することがある。

 

 人は怪我をするし、道は落ちるし、雨は都合を聞かない。

 

 でも、紙の上で最初に失敗の欄を見ると、喉の奥が少し乾いた。

 

「そこから目を逸らすやつは、だいたい看板を早く出したがる」

 

 リゼルが言った。

 

「僕、今かなり見ています」

 

「見すぎて進んでいない」

 

「それは、そうです」

 

 机の向こうで、受付職員が小さく笑った。

 

 すぐに書類へ目を戻したけれど、肩が少し揺れている。

 

 少し空気が軽くなった。

 

「保証人は、誰でもいいわけではないんですよね」

 

「当然だ。登録冒険者で、一定以上の依頼実績があり、設立後の初期責任を理解している者」

 

「初期責任」

 

「お前が消えた時に、書類だけでも回収しに行く人間だ」

 

 言い方が冷たい。

 

 でも、分かりやすかった。

 

 消えた時。

 

 失敗時の欄と同じで、そこには最初から悪い場合のことが書かれている。

 

「保証人に迷うなら、作るのをやめてもいい」

 

 リゼルは淡々と言った。

 

「看板を出さなくても、個人で受けられる依頼はある」

 

 それは逃げ道だった。

 

 親切なのか、試されているのか。

 

 たぶん両方だ。

 

 僕は申請書の端に書いた「道しるべ」を見た。

 

 まだ候補。

 

 まだ名前ではない。

 

 それなのに、消せなかった。

 

「保証人候補を探します」

 

 言ってから、胃の下あたりが重くなった。

 

 リゼルは頷いた。

 

「最初に断られてこい」

 

「はい?」

 

「断られないと、保証人の重さが分からん」

 

 受付職員が今度は隠さず笑った。僕は申請書を抱えて、席を立った。断られに行く。

 

 なんだろう。依頼より、そちらの方が少し怖い。

 

 断られに行く、という予定を自分で立てたのは初めてかもしれない。

 

 できれば今後もあまり増えてほしくない予定だった。

 

 ただ、予定表に書けば少し仕事っぽくなる。

 

 仕事っぽくなったからといって、怖くなくなるわけではない。

 

 

 声をかける前に、知りたいことを決めた。今日のラドさんの調子と、機嫌の傾き。この二つだけでいい。

 

 視線を向けると、数字がいくつか、いつもよりまとまって見えた。位置は近く、動きも小さい。悪くない数字だ、と思う。でも、意味は結局分からない。

 

 前は、見えても当てずっぽうで判断するしかなかった。今は、先に何を知りたいか決めてから見ると、少しだけ、欲しい情報に近いものが返ってくる気がする。気がするだけで、外れることもまだ多い。

 

 ラドさんは返却棚の横で、革紐を結び直していた。

 

 貸与剣の束。

 

 泥のついた盾。

 

 補修待ちの縄。

 

 その中に混ざると、僕の持っている申請書だけ妙に白く見える。

 

「保証人ですか」

 

 聞く前に、ラドさんが言った。紙の白さと折り目のなさを見て、もう答えを決めている顔だった。

 

「その白さで来る新人は、印か借金だ」

 

「借金ではありません」

 

「なら印だ。嫌だ」

 

 早すぎる。僕の口より、ラドさんの断る準備の方が早い。

 

 こういう人を保証人候補に選んだ自分は、もしかすると人選がうまいのか、下手なのか。たぶん両方だ。

 

 申請書を差し出しても、ラドさんは受け取らず、棚の上の印箱を顎で示した。

 

「印箱に手が伸びる前に断る。人の紙に印を押すってのはな、断るところから始めるんだよ」

 

 リゼルと同じようなことを言う。この二人は、別々に僕をからかっているわけではないらしい。

 

「理由を聞いてもいいですか」

 

「お前が何をやるかは分かる。軽依頼、保守、記録、戻り道。悪くない」

 

 そこで一度、ラドさんは革紐を引いた。

 

「だが、お前は自分の飯を減らす。数えるやつでも、目の前で誰かが困ると減らす。クランの代表が倒れたら、看板が寝る」

 

 看板が寝る。変な言い方なのに、妙に分かった。

 

「じゃあ、何が必要ですか」

 

「お前を止めるやつだ。飯を食え、寝ろ、今日は行くな、紙を出す前に現物を見ろ。そう言えるやつ」

 

 ラドさんはようやく申請書を受け取り、余白の文字を見た。

 

「道しるべ、ね」

 

 ラドさんの親指が、申請書の題名の上で一度止まった。爪の間に、乾いた土が残っている。

 

「読めるのはいい。強そうな名前で弱いことをすると、余計に笑われるがな」

 

 ラドさんは申請書を返した。

 

「印は、まだ押さない」

 

「まだ」

 

「お前を止めるやつを一人連れてこい。話はそれからだ」

 

 断られた。でも、完全に閉じられた感じではなかった。申請書の白さが、さっきより少し重くなる。

 

 お前を止めるやつ。その欄は申請書にはなくても、たぶん一番必要だった。

 

 

 食堂の端で、僕は申請書をもう一度見直した。

 

 クラン名、代表者名、構成員名、印を押す人の名前。

 

 見直しても、どれも空欄だった。

 

 昼食の皿には、豆の煮込みと硬いパンが乗っている。

 

 今日は先に食べる。

 

 そう決めて、パンを千切った。

 

「作るの?」

 

 向かいの椅子に、ニコが勝手に座った。

 

 膝の布は少し小さくなっている。

 

「まだ分かりません」

 

「また見るだけ?」

 

「今日は断られました」

 

「誰に」

 

「ラドさんに」

 

 ニコはパンを小さく千切って、膝の布の上に並べた。白い欠片が、雑な地図みたいになる。

 

「あの怖い人?」

 

「怖いですか」

 

「声が、板みたい」

 

 少し笑ってしまった。

 

「保証人になるには、僕を止める人が必要だそうです」

 

「止める人?」

 

「飯を食べろとか、寝ろとか、今日は行くなとか」

 

 ニコは豆を見た。

 

「今、食べてる?」

 

「食べています」

 

「じゃあ一つ合格」

 

 彼は偉そうに頷いた。

 

 子供に合格をもらうのは、少し変な気分だった。

 

「止める人って、強い人?」

 

「たぶん、強いだけでは駄目だと思います」

 

「じゃあ、うるさい人?」

 

 その言い方で、何人かの顔が浮かんだ。

 

 ガント、カルマン曹長、若い保守組の女、リゼル、ラド。

 

 顔を思い浮かべるだけで、紙の上が少し騒がしくなった。

 

 みんな、うるさい。

 

 でも、同じうるささではない。

 

「必要なのは、僕が聞ける人かもしれません」

 

「じゃあ、怖い人じゃん」

 

「そうなりますか」

 

 ニコの指が、申請書の端をちょんと叩いた。

 

「聞かないと怒られる人でしょ」

 

 ニコは豆を一粒つまんだ。

 

「道しるべ、悪くないと思う」

 

「見たんですか」

 

「見えた」

 

 彼は少し得意げだった。

 

「でも、看板にするなら、もっと短くてもいい。道標、とか」

 

「読めますか」

 

「読めない」

 

 紙面の細い文字列が、僕の目にも少し斜めに見えた。

 

「駄目じゃないですか」

 

「じゃあ、ひらがな」

 

 ひらがな。道しるべ。控えに書いた文字を思い出す。

 

 大きな名前ではない。けれど、子供が読める。軽くて、少し頼りない。

 

 でも、道の前に立っていれば役に立つことがある。

 

 悪くない、が二人目になった。

 

 ラドさんとニコでは、重さも向きも違う。

 

 それでも二人目だ。

 

 数えるものではない気がするのに、頭の中で勝手に二と置いてしまう。

 

 保証人を選ぶのに数字を使うのは、たぶん変なやり方だ。

 

 それでも、先に知りたいことを決めてから見るようになって、外れの数は前より減った気がする。まだゼロにはならない。

 

 数字好きにもほどがある。僕はパンを飲み込んだ。

 

 食べてから考える。それも、今日増えた手順の一つだった。

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