ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 二十節
『厚い任務票は危うさを隠さず、ただ読む手を遅くする。』
任務票は、厚い紙だった。佐々木宗助は、まずそこを見た。王国の紋章。
赤い封蝋。整った文字。
羽黒が持っていた薄い依頼票とは、紙の重さから違う。
「うわ、正式っぽい」
山崎才我が横から覗き込む。
「正式なんだろ」
三郷弦が笑う。
「勇者班、外縁掃討補助任務。響きは強いな」
桐谷幸は黙って任務票の下の方を見ていた。
「幸?」
「補給欄、短くない?」
佐々木も見る。携行弾薬。現地補充、必要に応じて。
治療班、後方待機。必要に応じて。
「後方ってどこだ」
佐々木が聞く。
王国士官は微笑んだ。
「安全圏です」
「距離は」
「状況によります」
三郷が明るく手を叩く。
「まあまあ。分からないとこは現地で確認しよ。な?」
その笑い方は、いつも通りだった。
でも、佐々木は知っている。
三郷がそう笑う時は、分からないものを一度飲み込んでいる。
「承なら、ここに赤線引くね」
桐谷が言った。声が少し丸くなった。
羽黒の名前を出す時だけ、そうなる。山崎が笑う。
「補給欄に? やりそう」
「あと、戻る道」
桐谷は任務票の余白を指でなぞった。
「ここ、空いてる」
佐々木はその余白を見た。
何も書かれていない。
空白は、ただの余白にも見える。
でも、何を書くべきか知っている人間が見ると、穴に見える。
「質問をまとめよう」
佐々木は言った。
三郷がこちらを見る。
「今?」
「今」
任務前に聞く。現地で慌てるよりはいい。そういう形だった。
羽黒なら、たぶんそうする。胸の奥に、少し硬いものが残った。
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《辺境者の歌》 四章 二十一節
『厚き票は、名を守るために名を薄くする。』
2374- 王都外縁詰所 佐々木視点
出発十五分前、荷車はまだ来ていなかった。
勇者班の六人だけが詰所裏の石敷きに並び、任務票に書かれた荷を待っている。三郷は三度目に門を見た。
「現地で確認するんじゃなかったの」
桐谷が聞く。
「荷車が来るかどうかは現地じゃ確認できないだろ」
「今、細かいね」
「うるさい」
三郷は笑わなかった。昨日、任務票の穴を飲み込んだことを気にしているらしい。
✶
荷車は、出発八分前に来た。
御者が手綱を引くより先に、山崎が後部の綱を外した。弾薬箱二つ、保存食一箱、簡易結界具。救護包は見えない。
「下だ」
桐谷が荷台へ腕を入れた。弾薬箱の角に袖が引っかかる。
「幸、右腕使うな」
「左だけじゃ届かない」
三郷が横から弾薬箱を持ち上げた。佐々木も反対側を支える。箱は任務票の紙より、ずっと素直に重かった。
一箱目の下に救護包が二つあった。
「五人で二つ?」
山崎が数え直した。
「治療班は後方待機です」
御者が言った。
「その後方が分からないから聞いてる」
三郷の声に角が立った。御者は自分が書いた票ではないのに、肩をすくめた。
✶
佐々木は詰所へ戻り、任務票と救護包を受付台へ置いた。
「五人で二つです。予備を一つ」
「規定数です」
「では、桐谷の分を別に」
職員は桐谷の腕を見た。桐谷は袖を下ろして隠した。
「私だけ多いのは嫌」
「嫌でも持て」
「宗助が持つなら」
話がずれた。佐々木が返事に詰まっている間に、三郷が受付台へ手を置いた。
「予備一つ。俺が持ちます。それでいいですか」
職員は出発札の時刻を見て、奥の棚から救護包を取った。
「貸与扱いです。未使用なら返却を」
「使わなかったら返します」
三郷は受け取った包みを自分の荷袋へ押し込んだ。保存食を一つ出さなければ入らず、そのパンを山崎へ投げた。
✶
出発は三分遅れた。
荷車が動き出すと、荷台の下で救護包が擦れた。佐々木は一度車輪の横へ屈み、固定紐を締め直した。
「承なら先に気づいたかな」
山崎が、もらったパンをかじりながら言った。
「今それ言う?」
三郷が振り返る。
「いや、宗助が気づいたって話」
佐々木は返さなかった。固定紐を引く指へ、荷車の振動が伝わってくる。
任務票の備考欄には、救護包優先と追記された。その横へ、出発三分遅延。佐々木宗助確認、と自分で書いた。