ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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四章二十三話 数を拾う紙

《辺境者の歌》 四章 二十三節

『数を拾う紙は、拾えぬ者のために余白を残す。』

 

 荷置き場の端に、木箱が十二個並べられた。同じ形の箱。同じような紐。

 

 同じような札。違うのは、中身と行き先だけだ。

 

「実験、というほど大げさなものではない」

 

 リゼルはそう言った。

 

 でも、机の上には僕の未確定視認記録が置かれている。

 

 荷馬車の陰に見えた3。薬瓶の2。

 

 枝の2。足跡の5。

 

 自分で書いたものなのに、改めて並べられると落ち着かない。

 

「見えたものを、使えるかどうか調べるだけだ」

 

 使える前提では始めない。前にも似た言い方をされたのを思い出す。

 

 僕は頷き、紙を一枚取った。

 

「手順は」

 

「まず、お前が見る。次に書く。最後に別の人間が数える」

 

「別の人間」

 

「受付と、荷運びの子を呼んである」

 

 ニコが少し離れた場所で手を振った。

 

 膝の布はさらに小さくなっている。

 

「俺、数えるだけ?」

 

「数えるだけです」

 

「楽じゃん」

 

 ラドさんが壁際で笑った。

 

「数えるだけで済むなら、詰所の半分はもう少し平和だ」

 

「え、難しいの」

 

 ラドさんは近くの箱を足で寄せた。

 

 同じ大きさの木箱が三つ。濡れた札が二枚。片方は角がめくれて、数字の下半分が読みにくい。

 

「一から十二まで数えられるか」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「じゃあ、濡れた札と似た箱と急いでる大人を横に置いて数えろ」

 

 ニコは少し黙った。

 

「……ちょっと難しい」

 

「そういうことだ」

 

 会話を聞いて、少し肩の力が抜けた。難しいことをしている。でも、世界を変えるようなことではない。

 

 箱を数えるだけ。たぶん、それくらいの方がいい。

 

 箱を数えるだけで世界が変わったら、それはそれで困る。

 

 僕の手元にあるのは、世界ではなく木箱十二個だ。

 

 十二個でもすでに多い。

 

 

 最初は何も見えなかった。箱が十二個。札が十二枚。

 

 紐が十二本。それだけだ。人の頭上に数字が出る時とは違う。

 

 目の前に数字が浮くわけでも、箱の上にきれいに並ぶわけでもない。

 

 僕は箱の列を見た。一つ目。

 

 二つ目。三つ目。

 

 普通に数えようとすると、普通に数えられる。

 

 それでは意味がない。

 

 いや、意味はある。

 

 でも、能力の話ではない。

 

「焦るな」

 

 ラドさんが言った。

 

「焦ってません」

 

「焦ってるやつは、焦ってませんって言う」

 

 少し腹が立った。でも、たぶんその通りだった。

 

 息を吐く。人の数字を見る時の感じを思い出す。

 

 頭の上を見るのではなく、そこにあるものが勝手に視界へ入る感じ。

 

 箱を見る。札を見る。紐を見る。

 

 すると列の途中で、少し引っかかった。7。

 

 数字というより、七番目の箱だけが、目の中で少し濃くなった。

 

 僕はすぐに紙へ書いた。

 

 七番目、違和感。

 

「何か見えた?」

 

 ニコが聞く。

 

「見えた、というより、引っかかりました」

 

「どれ」

 

「まだ言いません。先に数えてください」

 

 ニコは少し不満そうだったが、箱を数え始めた。

 

「一、二、三……七」

 

 七番目の箱で、彼は首を傾げた。

 

「札、裏返ってる」

 

 受付職員が近づく。

 

 札は表面が見えないように裏返っていた。

 

 紐の結び目も他と少し違う。

 

「これは昨日の返却箱です。今日の出荷ではない」

 

 受付職員が言った。

 

 つまり、十二個の中に混ざってはいけない箱が一つある。

 

 僕は紙に書き足した。七番目、返却箱。出荷外。手が少し震えた。

 

 当たった。そう思いかけて、すぐに線を引く。

 

 当たった、ではない。引っかかった。

 

 数え直して、札を見て、受付職員が確認した。

 

 そこまでが一つだ。

 

「便利じゃん」

 

 ニコが言った。

 

「まだ一回です」

 

「一回でもすごいじゃん」

 

「一回だけだと、偶然かもしれません」

 

 そう言いながら、胸の奥は少し熱かった。

 

 嬉しくないわけではない。

 

 でも、嬉しさのまま書くと、たぶん失敗を書く場所が消える。

 

 僕は紙の上に、小さく書いた。成功一。条件不明。

 

 要再確認。成功一。

 

 その二文字を見て、少し口元が動いた。すぐに、条件不明の方を見る。

 

 浮かれるなら、せめて隣の注意書きも一緒に見てからにしたい。

 

 リゼルがそれを見て、頷いた。

 

「その書き方なら残せる」

 

 残せる。

 

 その短さが、今は一番楽だった。

 

 

 二回目は外れた。

 

 今度は五番目が濃く見えた。

 

 でも、数えても、札を見ても、中身を確認しても、五番目は普通の出荷箱だった。

 

「外れ」

 

 ニコが言った。

 

「外れです」

 

 僕は紙に書く。五番目、違和感。異常なし。

 

 書く時、一回目より少し筆が重かった。ラドさんが横から覗く。

 

「消すなよ」

 

「消しません」

 

「外れの方が役に立つこともある」

 

「そうですか」

 

「当たりしか残ってない記録は、酔った自慢話と同じだ」

 

 ニコが笑った。

 

「ラドさん、酔うの?」

 

「お前には関係ない」

 

「酔ったらもっと怖い?」

 

 ラドさんは瓶の口を指で押さえ、ニコの方を見なかった。

 

「寝る」

 

「つまんない」

 

 受付職員が口元を押さえた。僕も少し笑った。外れた。

 

 でも、場が壊れたわけではない。紙に残せば、外れも一つの形になる。

 

 三回目は、何も引っかからなかった。僕はそのまま書いた。視認なし。異常なし。

 

「何もないのも書くの?」

 

「書きます。めんどくさいところが大事なんだろ、とラドさんなら言いそうです」

 

「じゃあ俺、向いてない」

 

 ニコがそう言うと、ラドさんは見もせずに「知ってる」と返した。

 

 僕は箱を見た。十二個。今はただの箱に見える。

 

 見えない時もある。外れる時もある。引っかかる時もある。

 

 それは、強い力というより、濡れた紐に近い気がした。

 

 地味だ。

 

 とても地味だ。

 

 でも、濡れた紐をちゃんと結べる人は、たぶん強い。

 

 少なくとも、荷を落とす人よりは強い。

 

 見た目は一本でも、引く場所を間違えるとほどける。

 

 急いで結べば、あとで荷が落ちる。数字も、たぶん同じだ。指で確かめながら扱うしかない。

 

 一人では、たぶん危ない。僕は紙の上に、今日の手順を書いた。見る。

 

 書く。数える。別の人に数えてもらう。

 

 当たりも外れも残す。その五行を見て、ふと思った。これは、クランの手順にもなる。

 

 僕が見たものを、誰かが数え直す。誰かが見たものを、僕が紙に残す。

 

 そうすれば、僕が見間違えた時、誰かの指が止めてくれる。

 

 強くなる、という感じとは少し違う。

 

 でも、その紙が少し遠くへ伸びた気がした。

 

 荷置き場の箱は、六つあった。目で見れば、六。依頼票にも、六。

 

 だから終わり。そう言えたら楽だった。でも、頭の端に浮いた数字は、5だった。

 

 しかも、今日は5だけではなかった。5の脇に、箱、印、欠、という三つの薄い字が同時に並んだ。

 

 見比べる暇もない。数字と字が、まるで一枚の紙にまとめて書かれたみたいに視界の隅で並び、次の瞬間には輪郭がにじんで消えた。

 

 全部読めたわけじゃない。でも、単発でちらつくのとは違う感じがした。並んで、揃って、消えた。

 

「……五」

 

 口に出してから、しまったと思った。

 

 受付職員が顔を上げる。積まれた木箱の側面には、同じ印が五つだけ並んでいた。箱は六。でも荷の単位は五らしい。

 

 説明になっていないまま言うと、革鎧の男が腕を組んだ。

 

「箱が六で荷が五? お前、数も数えられねえのか」

 

「見た目は六です。面倒くせえのは分かってます」

 

 その通りだと思う。

 

 できれば僕も、もう少し面倒くさくない能力がよかった。

 

 箱の上に「これは空です」と親切に書いてくれるとか。

 

 いや、それはそれで怖い。僕は箱を一つずつ見る。木箱。

 

 縄。封印。焼き印。

 

 一つ目。二つ目。三つ目。

 

 四つ目。五つ目。

 

 六つ目。六つ目だけ、焼き印の位置が違った。

 

「これ、箱だけ違います」

 

 保守組のイラがしゃがんだ。

 

「確かに。こっち、返却箱ですね」

 

「返却箱?」

 

「中身を抜いた空箱。補修して戻すやつです」

 

 革鎧の男が眉を寄せる。

 

「じゃあ荷は五か」

 

「はい」

 

 僕は頷いた。当たった。そう思いかけて、止める。

 

 当たったのではない。確認した。受付職員が依頼票に追記する。

 

 箱数六。実荷五。

 

 返却箱一。羽黒確認、保守組検算。

 

「検算、という扱いでいいですか」

 

「はい」

 

「能力鑑定ではなく」

 

「能力鑑定にすると、僕が間違えた時に困ります」

 

 受付職員のペンが止まった。

 

「間違える前提ですか」

 

「間違えない前提の方が怖いです」

 

 革鎧の男が小さく笑った。

 

「変な看板屋だな」

 

「看板屋ではありません。検算屋の方が近いかもしれませんが、それも違います」

 

 紙をめくる音が一枚、笑い声の代わりに入った。検算屋。看板屋よりは、まだ怒られにくそうな名前だ。とはいえ、どちらにしても正式なクラン名にはしたくない。

 

 僕は空箱の焼き印を手帳に写した。見えた数字は、五。目で見た箱は、六。

 

 正しかったのは、どちらかではない。両方見ないと、荷は戻らない。

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