ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 二十四節
『錆びた腕輪は、持ち帰った指へ小さな時を移す。』
迷宮から持ち帰った遺物は、錆びた腕輪だった。
価値があるのかは分からない。
ただ、触れると指先が少し冷える。
佐々木宗助は、記録机の前でその腕輪を見ていた。
「発見者欄、勇者班でよろしいですね」
協会記録員が言った。
「発見したのは先導のエリカさんです」
佐々木は答えた。
記録員のペンが止まる。
「最終確保者は勇者班です」
「最初に見つけたのは彼女です」
三郷が横から明るく笑った。
「そこ、両方書けません?」
「欄がありません」
欄。
また欄だ。
佐々木は、羽黒が聞いたら嫌な顔をしそうだと思った。
欄がないなら、欄外に書く。そう言いそうだ。桐谷幸は壁際で右腕を押さえている。
迷宮で撃った数は少ない。でも、最後の一発が悪かった。見えない影を撃った。
当たった。当たったせいで、また腕が熱を持った。
「盗難未遂の件は」
佐々木が聞く。
記録員の表情が、少し硬くなった。
「確認中です」
「略奪者が協会の札を持っていました」
「確認中です」
同じ言葉。
三郷の笑顔が薄くなる。
「それ、確認終わるまで誰が保管するんですか」
「協会です」
「協会の札を持ってた相手に襲われた遺物を、協会が?」
部屋の空気が止まった。桐谷が小さく三郷を見た。言いすぎ、という目。
でも、佐々木は止めなかった。記録員は腕輪を箱に入れた。
「規則です」
規則。便利で、硬い言葉。佐々木は報告書の端を見た。
発見者欄。保管者欄。
損傷欄。盗難未遂欄はない。
ないものは、なかったことになるのだろうか。
「欄外に書いてください」
佐々木は言った。
記録員が顔を上げる。
「何をですか」
「略奪者が協会札を所持。遺物移送中に接触。保管先に異議あり」
三郷がこちらを見た。
佐々木は続ける。
「発言者、佐々木宗助」
記録員のペンが動かない。
桐谷が壁から離れた。
「私も」
声は静かだった。
「桐谷幸も同じ」
三郷が笑った。
今度の笑いは、少し荒い。
「三郷弦も」
記録員は長く息を吐き、欄外に小さく書き始めた。
欄外。
そこにしか残らないこともある。
佐々木は、錆びた腕輪の箱を見た。
迷宮の奥で聞こえた、誰かの古い声はもう聞こえない。
ただ、ペン先が乾いた紙をこする音だけがした。
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《辺境者の歌》 四章 二十五節
『後報は、帰った者の数より、書けなかった名で重くなる。』
2374- 冒険者協会報告室 佐々木視点
迷宮後報は、薄い紙だった。薄いのに、書く欄は多い。到達階層。
遭遇魔物。損耗。
回収品。同行者。
佐々木は、欄の名前を順番に読んだ。どこにも、古い声、と書く場所はない。
「回収品は」
受付職員が聞いた。
「錆びた腕輪。木箱付き」
「危険反応は」
「なし。たぶん」
「たぶん、は書けません」
佐々木は少し黙った。
書けない言葉の方が、現場では多い。
でも報告室では、書ける言葉だけが残る。
「現時点で確認なし」
「はい。それなら」
受付職員が筆を動かした。
✶
三郷は、報告室の壁際で腕を組んでいた。
笑っている。
けれど、いつものように話を軽くしない。
桐谷は椅子に座り、腕輪の箱を見ている。箱の蓋には泥がついたままだ。拭けば落ちる程度の泥なのに、誰も拭こうとしない。
「同行者名」
受付職員が言った。佐々木は名を挙げた。三郷弦。
桐谷幸。山崎才我。佐々木宗助。
それから、迷宮で会った者たちの名を、分かる範囲で言った。
「不明者は」
「います」
「数は」
「二」
受付職員は、二、と書いた。
たった一文字だった。
佐々木は、その一文字を見ていた。
✶
「欄外で構いません」
桐谷が言った。
受付職員のペン先が止まる。
「何をですか」
「腕輪が置かれていた部屋のこと。声が聞こえたこと。私たちのうち、聞こえ方が違ったこと」
「確証は」
「ありません」
桐谷の指は、受付台に触れていない。けれど、言葉だけはそこから退かなかった。
「では本文には」
「欄外で構いません」
同じ言葉を、桐谷はもう一度言った。
佐々木は、少し意外だった。
桐谷は普段、同じ言葉を繰り返さない。狙いを変える。角度を変える。
それでも、今は同じ場所を撃った。
受付職員はしばらく迷い、報告書の下に小さな線を引いた。
「欄外参考記録」
そう書かれた。
本文ではない。
でも、消えたわけでもない。
✶
報告室を出る時、三郷が箱を持った。
「軽いな」
「中身は」
「軽い」
三郷はそう言ってから、少し持ち方を変えた。
軽いものはつい雑に扱ってしまう。でも、この軽さは雑に扱っていいものじゃない。
佐々木は、報告書の控えを折らずに鞄へ入れた。
迷宮の奥で聞こえた声は、本文には載らない。
欄外には残った。
それを十分だとは、まだ言えなかった。