ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《辺境者の歌》 四章 三十一節
『戦果報告会では、名だけが規模を語り、沈黙が数を補う。』
2374- 第二王城会議室 山崎才我視点
会議室に入る前、山崎才我は襟を二度直した。
一度目は、本当に曲がっていたから。
二度目は、手持ち無沙汰だったからだ。
戦果報告会。
名前だけ聞けば、勝った人たちが胸を張る場所に思える。実際、入口にはきれいな水差しが置かれ、壁際の燭台には新しい蝋が立っていた。血や泥の匂いはしない。
だから、逆に落ち着かなかった。
「才我、顔」
三郷が横から言った。
「変?」
「少し、これから怒られる時の顔」
「俺、何かした?」
「してないから困ってるんだろ」
その言い方が妙に当たっていて、山崎は肩の力を抜いた。
部屋の中では、すでに王国士官たちが着席していた。記録官が立ったまま紙束をめくっている。紙は厚く、端に色の違う札が挟まれていた。
赤。
青。
黒。
色分けくらいなら山崎にも分かる。危険、通常、未処理。たぶんそんなところだ。
けれど、どの色が何を意味するかまでは、まだ分からない。
「勇者班、前へ」
呼ばれて、三郷が一歩前に出た。
桐谷はその半歩後ろ。佐々木はさらに少し下がる。桜華は列の端に立ち、田中は周囲の様子を見てから位置を決めた。
教室で発表の順番を待つ時も、だいたいこうだった。三郷が先に出て、桐谷が距離を測り、佐々木は少し離れて全体を見る。桜華は端にいても妙に目立ち、田中は冗談を言う場所を探してから立つ。
山崎は、どこに立てばいいのか一瞬迷って、三郷の斜め後ろに入った。
たぶん、そこが一番叱られにくい。
「本日の外縁哨戒および魔物斥候排除について、勇者班の貢献は大きい」
士官の声はよく通った。続いて、数が読み上げられる。撃退数。
確認死骸数。未回収個体。
消費弾薬。魔力消耗。
山崎は、最初の三つで少し気分が悪くなった。数字が並ぶと、ゲームの結果画面みたいに見える。けれど、ここでは死骸の回収にも人が出る。未回収なら、明日また誰かが探す。
画面の外側まで続くリザルトは、あまり気持ちよくない。
「損害軽微」
記録官が言った。山崎は、思わず桐谷の腕を見た。
桐谷は気づいていないふりをした。三郷は笑っている。
佐々木は、何かを覚えるみたいに記録官の声を聞いていた。
桜華だけが、真正面を見ていた。
損害軽微。
たしかに、誰も死んでいない。
でも、桐谷の腕には包帯がある。三郷は左肩をあまり動かさない。山崎の耳には、まだ小さな詰まりが残っている。田中は会議室に入ってから一度も冗談を言っていない。
軽微。
その言葉に逃げかけて、やめた。
言葉のせいにすると、言った人間の顔を見なくて済む。
「補給路については」
別の士官が紙束を受け取った。
ここから先は、勇者班の話ではないらしい。部屋の空気が少し変わった。拍手の準備をしていた手が、机の下へ戻る。
「前線予備倉へ向かう荷車一本に遅延あり。理由は路肩崩れ。人的損失なし。処置済み」
処置済み。
山崎はその言葉を聞いて、地図を見た。
赤い札が一枚、細い道の曲がり角に置かれている。
小さい。
けれど、赤い。
「あれ、誰が処置したんですか」
口に出してから、しまったと思った。
会議室の何人かがこちらを見る。
士官は少し間を置き、紙を確認した。
「冒険者見習い班、および現地工兵の誘導による」
「冒険者見習い班」
「名は記録されています。戦果報告の主題ではありません」
それ以上は続かなかった。
山崎は、今の答えのどこかに羽黒がいる気がした。
いるとは限らない。
でも、こういう赤い札の近くに、あいつはよくいる。
誰かが拍手した。
続いて、会議室全体に拍手が広がった。勇者班へのものだ。山崎も手を叩いた。自分たちへ向けられた拍手に、自分で混ざるのは変な感じがした。
三郷は自然に受けている。
桐谷は少し目を細めている。
佐々木は、拍手の途中でも地図を見ている。
山崎は、文化祭の後の教室を思い出した。誰が片づけるか決まっていない時、佐々木は先に黒板消しを持ち、桐谷は足りない袋を数え、三郷は残っている人間を笑いながら集めた。あの時の拍手はもっと雑で、もっと近かった。
山崎は、拍手の音の下で赤い札を探した。
まだあった。
動かされていない。
処置済みでも、地図からすぐには消えないらしい。
それが、妙に助かった。
会議が終わると、三郷が山崎の背中を軽く叩いた。
「さっきの質問、よかったぞ」
「怒られるかと思った」
「怒られたら一緒に怒られる」
「それ助かるようで助からないやつ」
三郷が笑った。
山崎も笑った。
会議室を出る時、廊下の空気は少し冷えていた。
血や泥の匂いは、やっぱりしない。
山崎は会議室の扉が閉まる前に、一度だけ振り返った。赤い札は、まだ同じ場所にあった。
✶
廊下で、三郷が便箋を片手に笑っていた。
「何ですか、それ」
「羽黒からの手紙。後で読ませてやる」
「後で? 今読みたいです」
「駄目。俺が先に読む権利がある」
権利の話ではない気がしたが、山崎は追及しなかった。
「何が書いてあるんですか」
「後輩に会ったらしい」
「後輩?」
「井上希望、だってさ」
三郷は名前を口にしながら、妙に楽しそうだった。
「反応、早くないですか」
「早いだろ。あいつが自分から人の名前を書くの、珍しい」
珍しさを喜ぶ三郷を見て、山崎も少し笑った。
「今度からかいに行きます?」
「行く。手紙で先に一発かましてから行く」
三郷は便箋を折り、内ポケットへしまった。
赤い札のことも、荷車の遅延のことも、今は少し後ろへ下がった。羽黒が誰かと笑っている場面を、山崎は勝手に想像した。悪くない想像だった。