ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~   作:ハルキーノ

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一章九話 外には世界があった。

《創世訓》 一章 九節

『答えは石板に刻まれず、歩いた泥だけがその形を覚える。』

 

 初めて城の外に出た。

 

 門を抜けた途端、石の匂いが変わった。城の中の乾いた石ではなく、外気を吸った冷たい石と、馬車の油と、遠くの市場の匂いが混ざっている。

 

 ……そろそろ、転移してから一日か。転移のバフによって体力が増えているというのに、ずいぶん疲れたように感じる。最初の異世界への期待から、帰れないことや分からないことだらけへの不安、スタンピードで戦死することへの恐怖が両肩に重くのしかかり、前を向くのも難しかった。

 

「承、承!」

 

「あっえっ何っ!?」

 

 三郷が話しかけてきていた。

 

 歩きながら、手だけで人を避けている。誰かの肩に当たりそうになると、先に自分の体をずらす。そのくせ、口元だけはいつもの調子で上がっていた。

 

 廊下で人が詰まると、三郷はだいたいこうやって流れを作っていた。邪魔だとは言わない。先に自分が横へ出て、後ろを通す。今も、知らない街の中で同じことをしている。

 

「自分の世界に入りすぎだ、承」

 

「三郷はあんな話を聞いても……元気そうだね」

 

「ん? まぁ想定内……って訳では無いけど、そこまで予想は外れては無かったな。使い潰されるとは思ってたわ」

 

 どこまでも能天気に見える三郷が、今だけは腹立たしく見えた。

 

 ただ、笑った口元の端が少し固い。軽く言うために、先に軽い顔を作っているようにも見えた。

 

「……なんでそんな事を軽く言えるの?」

 

「重い事を重く言ったって変わんね~だろ? なら、軽薄でも能天気でもしっかりと受け止めるほうが大切なんじゃねぇかな」

 

 三郷は続けて言った。

 

「んでさ、聞いたか? 佐藤と白海がこの都市から出るつもりらしいぞ」

 

「えっ?」

 

 そうか、逃げるという選択肢があるのか。正直全く思いつかなかった。だけど支援を受けずにどうやって生き残るつもりなんだ?

 

「どうやって生きるつもりなのかな?」

 

「高校生やってたやつがそんな筋道立てて考えられる訳ないだろ」

 

 いや、まぁ正論だけど、ここまでバッサリ切られると困惑する。

 

「森田さんは駄目とは言ってなかったらしいな。最寄りの都市のユンペールまでは日夜問わず車を飛ばしても二日はかかるらしい。今日の最終便に乗ればなんとか……って感じじゃねーかな。鉄道も通ってるらしいがあほ程高いからそんな金はないだろうし……まぁ車になるだろうな」

 

 ユンペール。

 

 聞き慣れない地名なのに、森田さんが何度か口にしていたせいで、もう現実の地名みたいに頭へ引っかかる。

 

「現実的では……なさそうだね。行き着いた都市が安全っていう保証もないし」

 

「まぁ、とりあえず前を向いてみろ。思ったよりもこの都市は強固そうだぞ」

 

 初めて周囲をしっかりと見た。

 

 聳え立つ幾つもの塔、遠くに見える城壁、そしてその奥に幾つも見える……? なんだあれ? コンクリートを固めて作った豆腐みたいな建物が階段状に幾つも見える。えーっと確かあれはどこかで見たことがある気がする。そう! アレだ! トーチカだ! 前に銃に詳しい男子がおすすめしたゲームにあったやつだ。要塞の一種らしいからきっと防衛用の設備なんだろう。トーチカのない方には崖があり、その下には農地らしき場所が広がっていた。

 

 城から街へ降りる道は、まっすぐではなかった。途中で二度折れ、左右の壁に銃眼のような細い穴が並んでいる。敵がここまで来たら、まっすぐ走らせないための道なんだろう。

 

「ずっと思ってたけど全然ファンタジーじゃないね。なんというか……異世界に無理矢理世界大戦を持ち込んだ、みたいな……」

 

「技術力の進化の仕方が異様だよな。十中八九転移者が原因……いや、それだけじゃない。この世界の魔法技術や魔物なんかが、地球との相違点を作ってるのかもしれないな。仮に剣と魔法の異世界だとしても、いつの日か工業化の波はくる。今はその過渡期なんだろうな」

 

「みんなですこし、街並みでも見てみない? なにか得られる物があるかもしれない」

 

 街並みを見る為に城の周りを歩き始める……。

 

 僕たちの列は、まだ学校の移動教室みたいだった。前に三郷、少し後ろに桐谷さん、後ろの方で誰かが珍しい看板を読もうとして足を止める。そのたびに、知らない兵士がさりげなく横へ誘導した。

 

 商業区画らしき方を見る。いろんな人たちが荷物を運び出したり、取引をしたりしてる。

 

「ちゃんと、生きてるんだね。」

 

「そうだな」

 

 荷車の車輪が石の継ぎ目で跳ねた。積まれた袋の一つから、粉の匂いが少し漏れる。

 

 工場では機械やそれに伴う魔法が稼働している。住宅地の方にも人の声があり、子供たちが遊んでいる。城壁の方で警鐘が一度鳴っても、店先の男は袋の口を縛る手を止めなかった。

 

 こんな世界の中で生きていけるのだろうか?

 

「世界に大して僕たちって無力だね」

 

「あぁ」

 

 黄昏の景色を見て、感傷的な気持ちになってたのかもしれない。

 

「帰ろっか」

 

「あぁ」

 

 僕たちは城の中に戻る。そろそろ夕食の時間だ。

 

 大きな食堂のような場所で皆が席に着く。この世界の料理を食べるのはこれで何度目になるだろうか?

 

 長い卓の端には水差しが並び、壁際では使用人らしき人たちが皿を受け取っている。僕たちはまだ、どの皿をどこへ戻せばいいのかも分からない。

 

 きっとこれからも食べていくことになるから、急ぐ必要はないだろうけど、いろんな食べ物を食べてみたいし、作れるようになりたいと思う。

 

「これは……魚を香辛料などで味付けされた液体で蒸した物かな? 森田さん、これ何て名前なんですか?」

 

「Rlrekejgr treevだ。」

 

 上手く聞き取れなかった。

 

「え、なんて?」

 

「リレケィガ・トゥレ―ヴ、まぁ直訳すると、加熱した水、水蒸気だね」

 

「調理方法から来てる名前なんですね」

 

「おそらくね、それじゃあたべよう。君たちにはなじみ深い例の挨拶をしようか。」

 

「「「「「「頂きます」」」」」」

 

 リレケィガ・トゥレ―ヴは普通においしかった。爽やかで香りが良い香草とコクのある味付け、そして後味に残る出汁のような風味。これをいつかは作れるようになりたい。

 

「羽黒くん、おいひいねこれ、こんど作ってよ」

 

「いいけど、まずは作り方を教えて貰わないといけないよ」

 

 小学生ぐらいの頃から、桐谷さんには何度か料理を出したことがある。

 

 最初はたまたまだった。

 

 それが何度か続いて、気づけば「また作って」と言われるようになった。

 

 今の「おいひい」も、たぶん半分はわざとだ。

 

 口の端にソースをつけたまま、こちらを見る角度まで少し作っている。

 

 スプーンを持つ指は、昔より少し細く見えた。いや、たぶん光のせいだ。食堂の灯り——魔導灯というらしい——は黄色くて、肌の色を少し変える。

 

 小学生の頃、初めて僕の作った卵焼きを食べた時も、桐谷さんは少し大げさに噛んで見せた。あれも、たぶん半分はわざとだった。半分は本当においしいと思ってくれていた、と思いたい。

 

 そうされると、卵を巻く時より少し手順が増える。

 

 他にはどんな料理があるのだろうか……この世界は広い、きっとここの人たちも全ての料理を知っているわけではないだろう。

 

 きっと料理だけじゃない。

 

 この世界のことは、知らないことの方が多い。

 

 森田さんたちは僕たちより多くを知っている。

 

 でも、全部ではない。

 

 そこで、さっきまでの味が少し遠くなった。

 

「どうしたのそんなに暗い顔して?」

 

「いや、ちょっとこの先不安だなぁって思ってね」

 

「羽黒くんならきっと大丈夫だって、私は信じてるよ」

 

「ありがたいんだけど、その、あんまり過信しないでね……能力も君たちに比べたらアレだし……」

 

「でも私、知ってるよ、みんなで一斉に撃たせたのって羽黒くんの提案なんでしょ?」

 

 三郷くんが教えたのだろうか?

 

「え、だれから聞いたの?」

 

「倒れてた時、見てただけだよ、三郷くんと何か話したあとに彼みんなに指示してたでしょ?」

 

「えぇ……よく見てたね……」

 

「うん!」

 

 そこで桐谷さんは、いつもの少し丸い声に戻った。

 

 桐谷さんは、僕が考えている以上に見ている。

 

 皿の上で、香草の切れ端が一つだけ残っていた。

 

 スタンピードまであと七日、そんな時訓練をしていた僕たちに何やら知らせが届いた。

 

「訓練中のところ悪いが救援依頼だ」

 

 森田さんがなにやら書類をもって中庭にやってきた。

 

 薄い布手袋の上からでも、紙束の角が指に食い込んでいるのが分かった。急いできたのか、髪の横に一本だけ乱れた毛が残っている。

 

「次のスタンピード迎撃に欠かせないことだ、ざっとこんな感じだ……十五分後に正門前に来てくれ」

 

「はぁ……あいよ」

 

 訓練の様子を監督していた騎士長がふてぶてしく書類を受け取るとみんなに見せてきた。

 

「内容はお前らで理解しろ、いちいち説明するのも面倒くさい」

 

  拝啓

 

 貴殿との契約に基づき、スタンピード迎撃物資輸送列車の進路上に、現在の輸送戦闘集団では迎撃困難な魔物の存在を確認いたしました。

 

 つきましては、契約条項に従い、魔物の排除を要請いたします。

 

 魔物の位置情報並びに我々の位置情報は、下記の管理コードに紐づけられた魔導情報記録庫にて、一時間ごとに更新しております。ご確認の上、速やかなる対処をお願い申し上げます。

 

 管理コード: [AG-CZA1-31]。敬具。2372/1/22

 

 連合王国 自由冒険者協会 東部支部長。ウラーナ級冒険者 並びに 王国騎士勲章一等。Sjmeda(シュメーダ)

 

 ずいぶん仰々しい文章だな……物資が届かないのは非常にまずい。

 

「まぁ見ればわかるだろうが、お前らの初めての実戦になる、気を引き締めろ。……ったくあいつは何故魔物の詳細を送ってこないんだ、いつもこうだな……」

 

 騎士長がなにか愚痴を言っている。シュメーダさんと知り合いなのかもしれない。

 

 みんなが武器などを片付けてナイフを軍服のホルスターなどにしまっていく。支給された軍服は着心地がよく、体になじんでいた。

 

 書類の最後、管理コードの下に、もう一行だけ短い追記があった。騎士長はそれを見て、舌打ちを一つだけ残した。

 




こちらのURLで先行投稿してますので続きが気になりましたら是非読んでみてください!
https://kakuyomu.jp/works/822139841314440520
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