ステータス『0』の観測兵 ~転移したクラスを離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~ 作:ハルキーノ
《王録》 五章 十四節
『眠らない灯の下では、影もまた働く者として数えられる。』
2375- 第一王城参謀本部 参謀本部視点
王城の参謀本部は、夜でも明るい。
魔導灯の白い光が、長机の上の戦域図を照らしている。
南には帝国との境界線。
北には要塞群と、街道と、ゴブリン族の活動域を示す緑の印。
その緑の印が、先月より多かった。
「第二王子派が、帝国の支援を受けた」
ベルガー大佐が、報告書を広げた。
紙の下側には、泥の跡が残っている。前線から届いたまま、乾く前に回されてきた。
「王都西方での増強は確認済み。加えて、北領のゴブリン族が組織的に動き始めています。帝国との直接関係は確認されていませんが、小隊規模での火点移動、斥候の使い分け、撤退旗らしきものの確認。従来の群れとは別物です」
会議室の空気が少し重くなる。
ランドマールは、緑の印から目を離さなかった。
病に倒れた国王に代わり、第三王子がここでも最後の決定を下す。
「転移者班は」
「北砦で実敵対応訓練に入りました。砲撃との連携は良好。ただし、弾薬消費が大きい」
「大きい、とは」
軍務尚書が聞く。
ベルガー大佐は一枚の表を出した。
「昨日の一戦で、焼結炸薬弾十二、機銃弾二百八十。訓練としては許容範囲ですが、これを連日行えば、北領の弾薬倉庫は三週間で底を見ます」
数字だけが先に動く。
人の声は、その後からついてくる。
「補給線は」
「旧街道は不安定。帝国側の哨戒による遅延も出ています。協会経由の小口補給、冒険者クランの中継、現地保守組の協力がなければ、細い道は維持できません」
参謀本部長が、別の紙を取り上げた。
「みちしるべという名が上がっています」
その名前に、部屋の端で数人が顔を上げた。
「クラン、というほどの規模ではないはずだ」
軍務尚書が言う。
「仮設立です。代表候補、羽黒承。主業務は軽補修、案内札、荷札確認、撤退補助、報告書作成。戦力として見るなら小さい」
「ならば、なぜここに上がる」
参謀本部長は、戦域図の北側へ細い黒紐を置いた。
「戦力ではなく、途切れにくさです」
黒紐は、太い軍道ではない。
水場、見張り線、小屋、補修地点、荷置き場を細くつないでいる。
「砲弾は主街道を通る。だが、食料、薬瓶、替え部品、標識板、現地報告は細い道を通る。そこが切れると、砲兵は撃てても、戻る兵が減る」
ランドマールは、しばらく黒紐を見ていた。
「民間クランを軍の補給線へ組み込むつもりか」
「直接ではありません。協会経由で、継続保守依頼として扱う。軍が命じるのではなく、現地が必要とする形を取る」
「詭弁だな」
軍務尚書が低く言った。
「はい」
ベルガー大佐は否定しなかった。
「ですが、現地の道が止まれば、詭弁以前に兵が止まります」
返事が切れた。
ランドマールは椅子の背にもたれなかった。
背筋を伸ばしたまま、北の緑の印と黒紐を交互に見る。
「羽黒承は、転移者班から外れている」
「はい」
「外した者を、別の形で使うことになる」
「結果としては」
「結果として、か」
ランドマールの声には、怒りではないものが混じっていた。
後悔にも似ているが、もっと薄い。決定を下す者が、印章を押す前に指先だけを止めたような声だった。
「みちしるべを監視対象に入れろ」
軍務尚書が顔を上げる。
「監視、ですか」
「保護ではない。徴用でもない。監視だ。協会を通し、過剰な軍事依頼を流すな。だが、現地が必要とする中継は妨げるな」
ベルガー大佐が書き込む。
「承知しました」
「それと」
ランドマールは、黒紐の端を指で押さえた。
「勇者班へは、みちしるべの名を出すな。活躍の噂だけでよい」
その場の何人かが、意味を測りかねた顔をした。
ランドマールは説明しなかった。
ただ、短く言った。
「近すぎる名は、戦場で判断を鈍らせる」
議事録には、その一文だけが残った。
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