白薔薇家の秘蔵っ子   作:八田里

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3話 聖視点 天使との出会い

 妙に印象に残る子と知り合った。

 身長は150センチあるかどうか。幼い顔立ちも相まって中等部の生徒が迷い込んだのかと思った。すぐに制服をみて高等部の子だと気づいたけれど。

 

 「ごきげんよう。」

 

 天使は成長しないというのは本当なのだと思った。

 真っ赤な髪は西日をうけて煌めいて肌は透き通るほど白い。桜のような唇がまた清らかな乙女を象徴しているようで、ふっくらした頬は愛らしい。でも、少女の澄んだ緑の瞳はカメラのような無機質に冷たくて、空想の世界を思い描くことはないのだろうなと思った。

 

 「お邪魔してすみません。失礼いたします。」

 赤毛の少女は慌ただしく帰って行った。

 1度目の邂逅は引き留める隙もなく終わった。

 

 また或る日の放課後、私は薔薇の館に行かず校内をブラブラしていた。さすがに一年生の教室までいくつもりはないものの、あの少女にまた会いたいと思って珍しくマリア像に祈りを捧げてみたりもした。

 無邪気で可愛らしい外見に反して纏う空気は大人びている。そんなチグハグさに興味をひかれた。

 

 「ニャンちゃんこっちおいで。」

 

 するとマリアさまもお慈悲をくれたのか、例の新入生は人気のないところで猫と戯れていた。人形のような女の子と猫が戯れる光景にささくれだった心が癒される。周囲を疎い砂漠のように乾いた自分とは違い、潤いにみちた新緑の森のような彼女。触れたら私の心にも若葉が生えるだろうか。

 

 「名前は何て言うの?」

 「ゴロンタよ。」

 少女は猫のように跳び上がって振り向いた。そして私に気づくと何事もなかったようにゆっくり礼をした。一連の流れが可笑しくて、でも笑ってしまうのも悪いからこらえた。

 

 「ごきげんよう。お聖堂で会って以来ね。」

 「ごきげんよう。白薔薇のつぼみ。」

 「猫が好きなの?」

 「はい、犬よりも猫派です。」

 「家で飼ってるの?」

 「いえ、ペットはいません。」

 

 隣に腰をかけるとポケットから猫用のおもちゃをだして、ゴロンタと遊ぶ。おもちゃにじゃれつくゴロンタを食い入るように見ていたが、ふと我に帰ったのかソッと腰をあげようとした。

 

 「待って。」

 

 立ち去ろうとする少女の腕を掴んだ。筋肉がついていない細い腕。気を付けなければ折れてしまいそうだと思った。隣に座らせた少女から石鹸のような香りがする。優しい家庭的な匂いだ。

 

 「あなたの名前を教えてよ。私だけ知られているのはズルいわ。」

 「名無しの権兵衛です。」

 「ハ、何それ。教えたくないの?」

 「はい。わざわざ覚えていただく必要のない名前ですから。」

 

 ゴロンタにみせていたのとは全く違う態度。私に深く関わりたくないと言外に示してくる。普段の私なら、面倒臭くなってむしろ遠ざけようとするだろう。

 

 姉妹の誘いをことごとく断って、他人に対してほとんど興味を抱かない私がどうしたことか、目の前の少女をもっと知りたくなった。興味のままに不躾に質問をした。名前だけでなく、クラスや、出身校、住んでいる場所。名前と所属だけはガードが堅いが、それ以外には答えてくれる。

 

 「じゃあ、あなたのクラスは?」

 「そうしたら名前がすぐにわかってしまうじゃないですか。内緒でございます。」

 「中等部にはいなかったわよね。」

 「はい。今年度から通うことになりました。」

 「ふうん。」

 名前以外だったら答えてくれるのだろうか。

 

 「中学はどこだったの?」

 「他県の公立です。父親が海外に行くので、親戚の家が近い都内に引っ越しました。」

 「そうなの。どこに住んでいるの?ご親戚の家?」

 「リリアンから徒歩30分のところです。親戚の家ではなく父が借りたマンションに住んでいます。」

 今、少女が言ったことを些細なことも取りこぼさないように頭に刻みつける。

 

 「もう、よろしいでしょうか。」

 「どうしても、名前を教えてくれないのね。わかったわ。私はこれからあなたのことをモーディーと呼ぶ。モンゴメリの愛称よ、権兵衛よりは似合うんじゃない?」

 手のひらからすり抜けた温かさ。

 惜しいと思いつつも、今度は引き留めなかった。

 悪あがきとしてあだ名はつけたけど。

 

 ねえ、気づいていて?

 特別な愛称というのは一つのつながりなのよ。

 

 「それでは失礼いたします。」

 モーディーは、素早く、しかし丁寧に頭を下げて校舎のほうへ脱兎のごとく逃げた。

 

 もう少しだけ話していたかったという気持ちと、行ってくれてよかったという気持ちとが入り交じって複雑な思いだった。無性に切なくなったけど、後日、時間のあるときに話せばいいだろうとその場は我慢した。

 モーディーのいない空き地は広かった。

 

 

 

 

 「赤髪の一年生?」

 次の日尋ねると蓉子が驚いたように顔をあげた。

 

 「な、何よ。」

 「いえ、あなたの口から一年生の話題が飛び出すのが初めてだから、珍しいなって思って。」

 新入生歓迎会の準備で久しぶりに薔薇の館にきてみればこれだ。真面目でお節介な蓉子は、何なのかよくわからない書類を横に片づけてから「それで?」とつづけた。

 

 「別に。そういう一年生と知り合ったっていうだけの話。真っ赤な髪で目立つと思ったから、蓉子も知っているかと思って。」

 「見かけた気はするけど、名前までは覚えていないわね。」

 心当たりはないらしい。入学式の名簿を管理していたのが彼女だから、知っていると思ったが外れだった。

 

 「何組の生徒なの?」

 「それも内緒っていわれた。」

 「祥子は松組で令が桃組だからクラスにいないか聞いてみましょう。」

 「そうだ。その手があったじゃない。」

 「今日はとくに用事がはいっていないそうだから、もう少ししたら薔薇の館にくると思うわよ。」

 

 私は椅子に腰掛けた。

 蓉子はまた書類に目を通し始めた。「手伝って」とは言わない。言って私が面倒くさがって逃げたら困るのだろう。私たちの学年は蓉子がいるから廻っている。黄薔薇のつぼみの江利子はやるときはやるけれど精力的に動くほうではないし、私は平気でサボるし。お姉さま達が卒業したら山百合会は崩壊するかもしれない。そもそも、選挙で通るかもわからない。先のことを考えると頭が痛くなるばかりなのでやめにした。

 

 5分ほどしてギシギシと階段をのぼる音が二人分聞こえた。

 「あれー、珍しい人がいる。」

 お姉さまはの白薔薇様は蓉子の妹を伴って登場した。珍しいのはそっちも同じだと思う。お姉さまは祥子の肩をもって、自慢するように笑った。

 

 「偶然廊下で会ったから、一緒に来ちゃった。祥子ちゃんは日本人形みたいに綺麗だから。ついつい構いたくなっちゃうの。」

 確かに祥子は誰の目からみても間違いなく美少女だ。しかも、家が有名な小笠原グループで本人もお嬢様らしいことは大抵できてしまう才女。蓉子はある意味扱いの難しい彼女をよく妹にしたものだ。

 

 「バタ臭い顔で申し訳ございません。お姉さま。」

 「あら、拗ねているの?馬鹿ね。聖の顔は聖の顔で好きよ。なんせ顔で妹に選んだから。」

 「恐れ入ります。」

 

 私はお姉さまの「顔で選んだ」という言葉が好きだった。

 内面なんて不確かなものよりも、外見を褒められた方がよほど説得力があると思う。入学したてで、姉妹の申し出に辟易していた頃、お姉さまの「この顔が好きだ」という言葉はスッと胸にはいった。だから、山百合会の仕事はあまり意欲がわかないけれど、お姉さまが困っていたら顔をだそうと思っている。

 

 祥子が蓉子の隣に座ったので、私もお姉さまの隣の席に腰掛ける。

 「祥子、赤毛の一年生って知っている?」

 早速、気になることを尋ねてみる。赤毛で珍しい容姿をしているからすぐにわかると思った。しかし、祥子は訝し気に眉をひそめた。

 

 「赤毛の生徒は松組にはいませんわ。おそらく他クラスの方かと。」 

 「そっか。」

 すぐにわかるかと思えば、今度こそ当てが外れた。

 そろって考えていると紅薔薇様、黄薔薇様、残りのメンバーも集まって会話に参加した。

 

 「赤毛で緑色の目ね。」

 「あ、赤毛の子なら見かけたことはあるわ。残念ながらどこのクラスかはわからないけれど。」

 口々に話していると一人の様子がおかしいことに気づいた。目がキョロキョロしていて挙動不審だ。その子は江利子の妹だった。

 

 「令、あなたのクラスには赤毛の女の子はいないの?」

 江利子が尋ねるとあからさまに黄薔薇の蕾の妹、支倉令の目が泳いだ。

 部屋中の視線が一点に集中する。

 

 「、、、います。大島桜さんという方です。」

 小柄で豊かに波打つ真っ赤な赤毛の持ち主。

 瞳は緑で、肌はぬけるように白い。

 昨日あった少女の特徴とぴったり当てはまる。

 

 「上級生相手、しかも白薔薇のつぼみに名乗らないなんて豪胆な子ね。」

 「アウトローはアウトロー同士引きあうのかしら。」

 「類は友を呼ぶってことね。」

 

 薔薇様方は可笑しそうに笑っている。普段、振り回す側の私が入学したばかりの一年生にしてやられているのが面白いのだろう。

 

 「今度、薔薇の館に連れてきなさいよ。白薔薇のつぼみの興味をひいた子、会ってみたいわ。令ちゃん、近々その桜さんを薔薇の館に連れてきて。」

 「はい。」

 「駄目です。」

 

 お姉さまに抗議する。これは個人的なことだ。山百合会が出張る必要はない。しかし、お姉さまはそういう考えではないようだ。

 

 「あのね、聖。確かに私が白薔薇である以上、あなたには将来的に山百合会に迎える一年生を引っ張ってこないといけないし、現状それを意識してしまうかもしれない。でも、それとは別に姉として大切な妹が親しくしている子に会ってみたいのよ。」

 「私たちも聖ちゃんが選んだ子、興味があるわ。」

 「まあ、今すぐという話しではないから。」

 他の薔薇様方も賛成のようだ。

 

 結局、モーディーこと桜を薔薇の館に連れてくることが決まった。

 でも、そのタイミングは私に任せてくれるとお姉さまは言ってくれた。

 大事になってしまったことに思わないことはないが、お姉さまが私を気にかけてくれることが少しだけ嬉しかった。

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