ファントムコード 月下の迷子(カグヤ)   作:ふゆのねつ

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第11話:崩落の迷宮(ダンジョン)

【旧ニューヨーク地下】 

 轟音とともに、目の前の空間が物理的に押し潰された。

 クリフが投影したホロ・マップの青い格子とは無関係に、旧時代の強化コンクリートの塊が、地響きを伴って競り上がってきたのだ。かつてニューヨーク地下に埋め込まれた『防空壕生成マシーン』が再稼働したのだろう。冷徹なまでの暴力的な速度で、通路を塞いでいく。

 

 ひんやりとした湿気と、削り出されたコンクリートの埃っぽい匂いが、暗い通路に充満する。壁の表面から伝わってくるのは、ホログラムの光ではなく、圧倒的な「物理的な圧迫感」だった。

 

「地形の再構築《リビルド》の速度が計算より速すぎる!ホロ・マップの数値が今の物理挙動と噛み合ってない。少し待て、再計算して今の地層パターンを反映させる!」

 

 バウンサーとは思えないほどか細い身体を縮め、地響きの中でクリフが怒号に近い悲鳴を上げる。

 ノックスは、轟音を立てて形を変え続ける通路の先を睨みつけ、静かに頷いた。

 

「了解《コピー》だ」

 

 クリフがホロキーボードに指先を走らせ、新たな侵入ルートを再計算し始めたその時、チームの『狂犬』が我慢の限界を迎えた。

 

「そんな、なまっちろいことやってんじゃねぇよ!! どきな、俺がブチ抜いてやる!」

 

 苛立ちを爆発させたアブドゥルが、巨体を揺らしてクリフを突き飛ばすように前に出た。背負っていたショットガン『ベネリ M4-S』を強引に引き抜く。

 

 彼の首裏にある量子回路から伸びた強化高分子コードが、銃のレシーバーへと直接プラグインされる。アブドゥルの人工筋肉の出力と同調し、共振増幅用の電磁コイルが剥き出しのまま巻き付く歪な銃身が、高周波のハミングを上げ始めた。

 

 その薬室へ、彼は鈍い銀光を放つ共振粉砕弾『ハミング・バード』を叩き込み、流れるような無骨な動作で、コンクリートの壁へとその銃口を直接突きつける。

 

「おいおいおい!よせ、アブドゥル! その振動はセキュリティの――」 

 

 クリフの切迫した制止は、世界を震わせる音のない衝撃にかき消された。

 

 ギィィィィィィィン!!

 

 散弾銃の銃身が青白く発光し、銃口を押し当てられた壁が、まるで悲鳴を上げるように高周波で激しく震える。次の瞬間、数トンの重量を持つ強化コンクリートが分子結合を完全に失い、一気にさらさらとした「砂の滝」へと姿を変えて崩れ落ちた。

 

 だが、その強引な突破の代償は重かった。

 

 指向性の微震動を撃ち込まれた地下地盤が、巨大な音叉《おんさ》となって数キロ先までアブドゥルたちの位置情報を正確に「送信」してしまったのだ。少し離れた位置からその光景を静観していたアッシュの足元にも、靴底を通じて余震がいつまでも骨を揺らし続けている。

 

 壁の向こうの暗闇から、神経を逆撫でする赤い警報音が鳴り響いた。同時に、周囲の構造材が蠢く嫌な音が反響し、地下迷宮のリアルタイムな脈動を急激に変形させていく。

 

「なんてことしてくれるんだ!……地形再構築《リビルド》開始! クソッ、このエリアのセキュリティを完全に刺激したぞ!」

 

 地底の奥深くで眠っていた旧時代の防空壕生成マシンがその振動を検知し、狂ったように駆動を開始したのだ。ズズズ、と床が歪み、頭上の赤錆びた太い配管が引き千切れて高圧の蒸気が噴き出す。凄まじい熱気が狭い地下通路へ一気に立ち込め始めた。周囲の壁面コンクリートが、意思を持つ巨大なブロックのように異様にスライドを開始し、迷宮の『正解のルート』を物理的に書き換え、彼らの退路を瞬く間に塞いでいく。

 

 同時に、頭上の天井ハッチが爆風とともに跳ね飛んだ。

 

 三体の人型サイボーグ――防空壕の自律型攻撃ユニット『センチネル』が、振動源を即座に抹殺すべく、重力を感じさせない制動で音もなく着地した。

 

 顔面にあたるパーツには目も鼻もなく、滑らかな鏡面装甲がただ周囲の景色を歪んで映し出している。人工筋肉の繊維が限界まで巻き上げられ、その中央のスリット状の光学センサーだけが、冷酷な赤に明滅しながらアブドゥルの生体ログをロックした。

 

「ハッ、上等だ! 纏めて鉄くずに変えてやる!」

 

 アブドゥルが再びベネリのトリガーを引いた。

 銃身の電磁コイルが発熱し、轟音とともに電磁粉砕弾が放たれるが、三体のセンチネルは、マシーンの予測演算プロトコルに裏打ちされた超挙動で、その弾道を滑るように軽々と回避した。人間の限界をあざ笑うかのような、完全なる最適解の軌跡。

 

 ノックスが即座に反応し、アブドゥルを救おうと踏み込む。だが、その一歩はあまりに遠かった。

 

「速……っ!?」

 

 傲慢な『狂犬』の視界を、センチネルの腕部から伸長した高周波ブレードの赤い閃光が完全に埋め尽くした――その、刹那。

 

 

 

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