鋼鉄の堅牢な隔壁をクリフのクラッキングによってこじ開け、猟犬たちはニューリィライブ・カンパニーの深部へと這い上がった。
人の気配のないオフィスエリアへと足を踏み入れた瞬間、侵入者を迎撃すべく、数体の自律型セキュリティドロイドが防衛ラインを形成した。
「ヒヒッ、お出ましだ。死にてえ奴から前に出ろ!」
アブドゥルが荒々しく吼え、前方の防衛ドロイドの装甲へ向けて大口径のショットガンを吠えさせた。電磁粉砕弾の衝撃波が、機械の骨格を容赦なく粉砕していく。
アッシュもまた、アブドゥルと並んで前衛《フォワード》に付いた。先のセンチネル戦で格下と見なしていたBランクに後れを取った『狂犬』は、アッシュに対する激しい焦燥を隠そうともせずに怒鳴り散らす。
「おい、Bランク! 先刻のポカはノーカウントだ! 俺の獲物を横から掠め取んじゃねえぞ!」
アッシュは、その醜い罵倒を完全に意識の外へと追いやった。ただ、この空間全体に満ちている奇妙な違和感だけに、戦闘神経のすべてを集中させる。
迫りくるのは、ただプログラムに従って動くガードロボットの群れ。火花を散らし、オイルを撒き散らして床に倒伏していく鉄の塊ばかりだ。だが、どれほど銃火を交えても、肝心の「人間」の気配がどこにもない。警備員の怒号も、侵略に怯えて逃げ惑う職員の悲鳴すらも、この巨大なビルのどこからも聞こえてこない。
戦闘中、アッシュたちが通りかかるたびに、無人の受付カウンターから『ようこそ、ニューリィライブへ。あなたの永遠を、私たちが守ります』というホログラムの案内嬢が、データのエラーによる欠けた音声と共に、繰り返し虚しく微笑みかけてくる。流れ弾によって半分吹き飛んだ彼女の極彩色の笑顔が、この無菌空間の狂気をより一層際立たせていた。
磨き抜かれた白磁の床には、塵《ちり》一つ、あるいは人間が生活した痕跡すら落ちていない。天井の空調からは、生物の呼吸音をかき消すような、重く一定の排気駆動音が響き渡り、まるで巨大な怪物の胎内に飲み込まれたかのような、死に絶えた静寂を紡ぎ出していた。
廊下の両脇に並んでいるのは、社員のデスクではない。淡い青光を放つ、無数の『魂の保管カプセル』の列。
壁面を這う太い光ファイバーの束が、時折、生物の血管のようにドクンと脈打つ。その防弾装甲壁の裏側には、通常の銅線ではなく、おぞましい人工神経の網が縦横無尽に張り巡らされていた。このビルそのものが、巨大な一つの『生命体』としてシステムを稼働させている。
アッシュはシグの銃口を下げ、足を止めずに低く呟いた。
「クリフ。このビル、人間の気配がないな」
「……そうだね。アクセスログは全てAIによる自動処理だ。まるで、この会社には最初から人間なんていなかったみたいじゃないか……」
ハッカーのクリフが最終隔壁の電子ロックを強制解除する。重々しい油圧の音を立て、巨大な扉が左右へとスライドしていった。
目の前に広がったのは、巨大な暗闇。
その光の届かない空間のなか、淡い青光を宿した無数の透明カプセルが、果てのない林のようにそびえ立っていた。その一つひとつの中で、衣服すら剥ぎ取られた名もなき人々の『肉体』が、静かにデータとして処理される瞬間を待っていた。
それは、失踪という言葉の裏で、メガコーポの歯車に噛み潰された者たちの、無言の墓標だった。
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「今のうちに……奥へ。ボクたちの『女神』が待っている」
クリフの促しに応じ、一行はさらに深部、ニューリィライブが隠匿するアーカイブの心臓部へと辿り着いた。そこはビルのメインフレームから完全に物理隔離された、巨大な「知能」を閉じ込める強固な檻だった。
「……ここから先は、ボクとBランクさんの仕事だ」
クリフが端末のホログラムを操作しながら、冷たく言い放った。
「ノックス、アブドゥル。悪いけど外で派手に暴れて注意を引いてきてよ。アーカイブの独立セキュリティをこじ開けるには、外側で騒ぎを起こしてもらうのが一番効率的なんだ」
「ケッ、ハッカーの坊主にまで顎で使われるとはな」
アブドゥルが忌々しげに銃を肩に担ぎ、隣のアッシュを横目で睨みつける。
「チッ。……行くぞ、ノックス」
「了解《コピー》だ。……ノーネーム、死ぬなよ」
ノックスは声低く響かせて短く告げると、アブドゥルと共に企業の増援を迎え撃つべく、再び暗闇の通路へと消えていった。
完全に静まり返った通路に残されたのは、アッシュとクリフの二人だけだ。
「……さて。期待なんてしてないけど、手伝ってもらうよ」
クリフが携行型のポータブル・デッキを起動し、アーカイブを保護する重厚な隔壁へのクラッキングを試みる。
「アーカイブの温度センサーを騙せるのは、せいぜい百二十秒だ。ボクが遠隔でコードを書き換えている間に、キミは内部に滑り込んで制御基板を直接ブッ壊して。基板は全部で4つだ。……一秒でも遅れたら、室内に焼夷ガスが充満してキミは本物の灰になる。……できる? 『Bランクさん』」
「……さあな。やってみるよ」
「よし、じゃあ、戦術アイウェアをつけてくれ」
アッシュはジャケットのポケットから、傷だらけの戦術アイウェアを取り出して目元に滑り込ませた。
いかなる破片の直撃にも耐える軍規格の防弾レンズが、電子の光を拾って硬質にきらめく。
「よし、そのまま待て。そのアイウェアのシステムをハックして、マップと基板の位置を直接グラスに投影する」
「了解《コピー》だ」
グラスにクリフが送り込んできたAR(拡張現実)の赤い光点が、ノイズ混じりに同期を始めた。
防弾レンズ越しに見える暗闇の中に浮かび上がる、4つの赤いターゲット。手足の『Rバインド』の疑似負荷を維持したまま、アッシュは呼吸を一つ、深く整えた。
「……始めるぞ」
クリフの指先がデッキのキーを叩いた瞬間、厚さ数十センチの電磁隔壁が、油圧の音すらなく滑らかにスライドして開いた。