ファントムコード 月下の迷子(カグヤ)   作:ふゆのねつ

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第14話:カウントダウン

 クリフの指先が、ホログラムグリッドの上で爆発的に跳ねた。

 

「カウント開始。百二十秒。……行け!」

 

 クリフの切迫した通信を耳の奥で受けながら、アッシュは返事の代わりに、弾かれたように開いた隔壁の向こう側へと滑り込んだ。

 

 アッシュの進入と同時に、背後で重厚な電磁隔壁が閉鎖される。室内を鳴り響く、警告音。

 開かれた隔壁の向こう側は、白に染まった巨大なアーカイブ室だった。

 天井を埋め尽くす六角形の発光パネルが、幾何学的な床のグリッド線を白々と照らし出している。その部屋の中央には、オレンジのラインが走る強固な円柱型のカプセルが、電磁ロックの眠りに就いたまま垂直にそびえ立っていた。

 

 アッシュの戦術アイウェアがクリフのホログリッドと完全同期し、破壊すべきターゲットを赤くハイライトする。

 狙うべき4つの制御基板は、中央の棺を挟んで左右の壁面に整然と並ぶ、計4枚のデータモニターの裏側だ。

 

 ――残り時間、百十五秒。

 

「チッ、防衛用のアドバンスド・ドローンが起動した! 左右の天井からくるぞ!」

 

 クリフの悲鳴のような通信と同時に、ハニカム天井の隙間から、カーボン装甲を纏った自律殺戮マシーンが音もなく滑り落ちてくる。

 アッシュは走る。四肢の『Rバインド』が叩き込む重い疑似負荷を体幹のバネでねじ伏せ、まずは左翼のデータパネルへと最短距離で突進した。時間はない。左右の壁を往復し、防衛システムを「短刀」で突き殺しながら4つの心臓を停止させる、孤独なタイムアタックが始まった。

 

 ――残り時間、百二秒。

 

 ハニカム天井の隙間から滑り落ちてきたのは、風切音を完全に殺した暗殺用の飛行ドローンだった。

 徹底して軽量化されたその機体は、空中で鋭く静止《ホバリング》し、アッシュの首筋を狙ってレーザーカッターの熱線を容赦なく照射してくる。

 アッシュのオッドアイの奥で、熱線が放つ光の粒子が、その殺意の軌道をなぞるようにミリ単位で暴かれていく。

 

 頭上から迫る熱線を、半身を深く開くことで紙一重でかわす。――神代心眼流「山勢巌《さんせいがん》の構え」。

 鋭い風圧を浴びながらも体幹を一枚の岩として固定し、同時に銃身を顎の下、胸元へと深く引き込むCARシステムのハイポジション。

 急激に高度を下げて肉薄してきたドローンに対し、コンパクトに構えた銃口を、プロペラの結合部に二連射を叩き込む。

 

――ドンドン!

 

 高圧軽量弾ならではの、火花のような軽い破裂音がコンマ数秒の間に弾ける。マズルブレーキによって反動が極限まで殺されたその弾丸は、ブレることなく精密に同じ隙間へ全弾吸い込まれた。

 

 内部のローター基板を撃ち抜かれたドローンは、火花を散らしながら白磁の床へと墜落する。その鉄塊が転がるより早く、アッシュはすでに左側の壁に並ぶデータモニターへと跳躍していた。

 

 戦術アイウェアが赤くハイライトする、1つ目の制御基板。

 引き金から指を離さず、着地の勢いのまま液晶パネルへと銃口を押し当て、ゼロ距離で引き金を2回絞った。

 

――ドンドン!

 

 ガラスが爆ぜる不快な金属音とともに、モニターの奥で激しい電子火花が飛び散る。アイウェアの画面上で、4つの光点のうち1つが静かに消滅した。

 

――残り時間、八十八秒。基板、残り3つ。

 

 左側のモニターに最後の弾丸を叩き込んだ瞬間、銃のスライドが後方でピタリと停止した。

 

 ――ホールドオープン。この突入の前に消費していた6発と合わせ、弾倉は完全にカラだ。

 

「よし1つ目クリア! でも次がくるぞ、右側から挟み撃ちだ!」

 

 通信越しに叫ぶクリフの声を背に受けながら、アッシュは弾の出ない銃を握り締め、反対側の通路へ無拍子で駆けだす。

 右側の天井から二機の飛行ドローンが滑り落ちてくる。熱線のチャージ音がキィンと悍ましく鳴り響いた。

 残弾ゼロ。アッシュに、マガジンを入れ替える猶予すら使わせないゼロ距離の奇襲。

 だが、アッシュは揺るがない。

 スライドが下がったままの銃身を翻し、突進してきた一機目の懐へと鋭く踏み込む。グリップ底部の鋼鉄突起『ストライク・ポメル』を、ドローンのセンサーへ向けて、下から突き上げるように強烈に叩き込んだ。

 

――神代心眼流「面部《めんぶ》砕き」

――ガギィン!

 

 金属がひしゃげる凄まじい衝撃音。センサーを粉砕された一機目が仰け反り、チャージされていた熱線が天井へ向けて虚しく暴発する。

 敵の防衛網がブレた一瞬の隙だった。

 打撃のフォロースルーの動作をそのまま利用し、アッシュは左手で腰の予備マガジンを引き抜き、同時に右親指でマガジンキャッチを押した。空の弾倉が床に落ちる前に、新しいマガジンがグリップへと吸い込まれるように装填される。

 左手の手掌でスライドを叩き戻し、次弾をチェンバーへ送り込むまで、わずか一秒足らず。

 満載の10発を込めた銃口を、体勢を立て直そうとするドローンの胴体へ、今度こそ容赦なく突き刺した。

 

――ドンドン!

 

 弾丸がヒットし、ドローンがきりもみしながら床に叩きつけられる。アッシュは流れるように、眼の前にある右壁の2つ目、3つ目のデータモニターへと銃口を横一線に滑らせた。

 

――ドン! ドンッ!

 

 押し当てられたスパイクがガラスを噛み、至近の銃撃が制御基板を立て続けに粉砕する。

 

――残り時間、四十二秒。基板、残り1つ。

 

 ラスト一機のドローンが死角へと回り込もうとするが、アッシュの眼はすでに最後の一枚――右奥の壁面モニターを捉えていた。

 迫る熱線を半身の最小限の体捌きで平然と受け流し、破壊しながら最短ルートで突進し、最後の一枚へと愛銃の銃口を突き立てる。

 

――ドンドン!

 

 4つ目の基板が完全に沈黙した。

 

――残り時間、二十九秒。すべての制御基板、破壊完了。警告音《アラート》停止。

 

 外で待つクリフの目の前のハッチが、ロック解除の信号とともにオープンした。

 

「……29秒残した。上出来だろ?」

 

 アッシュは乱れた呼吸を整えながら、シグをホルスターへと滑らせる。

 

「……なかなかすごいね。キミ、本当にBランクなの?」

 

 クリフの指が、一瞬だけホログラムのインターフェースの上で止まった。

 だが、その驚きはコンマ数秒後には「非論理的なバグ」として処理されたようだった。彼はアッシュの顔を見ることもなく、再び端末の光の中に視線を埋没させる。

 

「ふん……まあ、いいか。どうでもいいことだよね。ランクなんてのは、過去のデータの集積でしかないんだし」

 

 そのドライな言葉と共に、クリフは最後のプロトコルを実行した。

 アッシュは、青白いモニターの光に照らされたクリフの横顔を静観する。

 

 性格の歪み、協調性の欠如。それらはこの極限の死線において、致命的な欠陥にはなり得ない。アッシュが求めているのは友情ではなく、物理障壁を突破する「鍵」としての精度だ。

 

(……今のところ、問題はなさそうだな)

 

 アッシュは心の中で、クリフを『優秀なパーツ』として再定義した。

 私情を排除し、互いの技能《スペック》だけを頼りに暗黒の最深部へと潜る。その危うい均衡こそが、バウンサーという生き方の本質だ。

 

「……開くよ。ニューリィライブが隠し続けてきた、最高機密の『宝箱』がね」

 

 クリフがポータブル・デッキの仮想キーに、最後のプロトコルを滑らせた。

 内側から加圧されていた重厚な真空隔壁が、プシュ、と鋭い排気音を立てて解錠される。凍てつくような白い冷気が、磨き抜かれた白磁の床へ滝のように溢れ出した。

 

 光の届かない、最深部の閉ざされた空間。

 

 立ち込める冷たい白煙の向こう側から、青白い光を帯びた、たった一つの『揺りかご』が厳かにその姿を現した。

 

 

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