左右から降り注ぐ銃弾の雨。コンクリートの路面を激しく叩く弾丸が火花を散らし、削られたアスファルトの刺すような臭いが鼻腔を突く。不意に、行く手を完全に塞ぐ大型車両のバリケードが視界に飛び込んできた。
逃げ場はない。大型車両が、壁となって路面を完全に封鎖している。背後からは追手のエンジン音が、飢えた獣の唸りとなって迫っていた。迫る鋼鉄の壁を前に、一瞬の躊躇も許されない。
アッシュは、さらにアクセルを深く叩き込む。エンジンの咆哮がさらに一段高くなり、鉄の馬が咆哮を上げた。
衝突のコンマ数秒前、「沈み足」の全質量をステップに乗せて車体を地面に圧しつけた。限界まで圧縮され、ギチギチと悲鳴を上げる前後サスペンション。
アッシュはバネの反発係数と跳躍の放物線を瞬時にイメージする。
アイウェアの照準アシストAIが「衝突確率99.8%」と網膜に警告《エラー》を点滅させていたが、アッシュはそれを無視した。
――今。
解放の瞬間に合わせてハンドルを引き抜き、「爆脚《ばっきゃく》」の力で膝を突き上げた。車体のバネを爆発的に解放する、ストリートの超高等技術――バニーホップ。そして、神代心眼流の『爆脚《ばっきゃく》』を組み合わせた大ジャンプ。
重力から解き放たれたフロントが跳ね上がり、続いてリアがアスファルトを爆発的に蹴り飛ばす。
――一瞬の無重力。そして、静寂。
吹き抜ける夜風の音が耳元で激しく鳴り響き、眼下を、車両の屋根が猛スピードで通り過ぎていく。
その静寂を切り裂いたのは、背後で起きた凄まじい質量衝突音だった。
避け損ねた追手が鋼鉄の壁に激突し、爆散する。ガソリンの匂いと熱風が、空中にいるアッシュの背中を強烈に押し出した。衣服が引き千切れんばかりの爆圧を受けながら、車体は放物線を描いて着地する。
その勢いのまま、アッシュはトライクロン・タワーの隣にそびえ立つ、巨大な自律型立体駐車場のスロープへと突入した。タイヤが悲鳴を上げてコンクリートを噛み、螺旋状の傾斜を弾丸のごとき速度で駆け上がっていく。各階層を巡るたび、ステップが壁を削る激しい金属音が鳴り響いた。
『その屋上よ! スピードを殺さないで。屋上の端に停まっている大型セダンのルーフを踏み台にするの! 突入の進入角度はこっちで計算するわ、バイクの制御《コントロール》を一部もらうわね』
「了解《コピー》だ」
バイクのマニュアル操作がオートへ切り替わる。
アマテラスのハッキングによって、バイクのリミッターが解除され、バイクの速度メーターの数値が爆発的に跳ね上がる。
屋上の開けた夜空へ飛び出した瞬間、エンジンの悲鳴がこの夜で最も高い旋律を奏でた。アッシュは正面に停まっていたセダンのボンネットへとバイクを突進させ、ふたたび車体を限界まで沈み込ませる。
セダンのルーフにタイヤが激突した瞬間、敵車両のサスペンションが深く沈み、その直後に爆発的な反発力がアッシュのバイクを真上へと撥ね上げた。
二度目の、そして最大のバニーホップ。虚空へと鉄の馬が弾け飛ぶ。
眼下を流れる街の汚れたネオンが、まるで遠い銀河のように瞬く。タワーの中層階へと吸い込まれていく凄まじい速度のなか、アッシュはハンドルを放した。姿勢制御をアマテラスの電子信号に委ね、アッシュの肉体は自由を取り戻す。激しい突風が全身を圧迫するなか、空中で体勢を固定。引き抜かれたシグの銃口が、月光を反射して冷たく輝いた。
――連続する四発の重低音。
神代心眼流銃術《かみしろしんがんりゅう ガン・ジュツ》の極致、空中定点射撃。狙うはビル中層階、強化ガラスの結合点。一発目がヒビを穿ち、続く連射がその亀裂を一点へと集中させ、表面を完全に破壊する。
直後、アッシュの肉体とバイク、合わせて数百キロの質量が、砕け散るガラスの嵐とともにオフィス内へと爆ぜるように突入した。猛烈な破砕音が闇を切り裂く。
煌びやかなクリスタルの破片が、スローモーションのようにアッシュを包む。無数のガラス片が室内の蛍光灯を反射し、まるで光のシャワーとなって闇夜のオフィスに乱舞した。
――神代心眼流《かみしろしんがんりゅう》が伝える、衝撃分散の極意。
受け身、――『起《むくり》』
バイクの突入速度と激突の衝撃を、筋肉の超高精度な連動によって円の軌道へと逃がす。コンクリートの床を滑り、骨を軋ませる摩擦熱を逃がしながら、バイクから離れた肉体を滑らかな連撃の予備動作へと繋げつつも、その視線は一度も正面の暗闇を外さない。
オフィス内には突入の衝撃を検知した真っ赤な非常警報灯が鳴り響き、けたたましいアラームが静寂を一瞬で消し去っていた。アッシュは立ち上がりざま、一動作で空のマガジンを排出し、新たな弾倉を叩き込んでスライドストップを解除《リリース》。カチャリと金属音を響かせ、次弾を薬室《チェンバー》に送り込む。
「……ミハエル。サクヤとカグヤ……二人を、返してもらうぞ」
割れた窓から吹き込む夜風が、グレイアッシュの髪を激しく揺らし、頬に付いた返り血を乾かしていく。喉の奥がカラカラに乾き、脇腹の痛みが再び熱く脈打っていたが、アッシュの足取りに迷いはなかった。
オフィスの自動消火システムが作動し、霧状のガスが白く立ち込める中、ミハエルが待つ最上階の深淵へと、彼は静かに歩を進めていく。