ファントムコード 月下の迷子(カグヤ)   作:ふゆのねつ

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第3話:名無しのアッシュ

 ノイズ混じりのニュースから視線を外し、散らかった鉄製デスクの上へ落とす。

 

 溶接の継ぎ目に黒い油汚れが染み付いたテーブルには、灰色のペーストがへばりついた合成タンパク質のプラ容器と、ラベルの剥げかけた密造酒のボトルが転がっている。ナノマシンの二日酔い防止機能などない、脳を力任せに麻痺させるだけの劇薬。

 底に残った琥珀色の液体が、蛍光灯の不規則な明滅を反射していた。

 アッシュは無意識に喉を鳴らす。アルコールで灼かれた記憶の残滓が、ザラついた舌の奥に苦味を蘇らせた。

 

 そんな惨めな生活のゴミに埋もれるようにして、彼の「日常」を支える道具が打ち捨てられたように置かれている。

 

 アッシュはまず、銀色のペンダント――量子メモリーキーを手に取った。

 戦場で物言わぬ肉体《ガワ》となった仲間の首裏に突き立て、『量子魂《クオンタム・ソウル》』を強引に吸い上げるためのドッグタグ。極小のチップに保存された幾人もの命の質量が、指先を通じてアッシュの心臓に冷たいプレッシャーをかけてくる。

 

 その横には、使い古されたバウンサー・ライセンス。

 二日酔いの鈍い頭で、投げやりにカードを手に取る。鈍く光るホログラムには『名無しのアッシュ』という歪なコードネームと『ランク: B』。そして【コード:失楽園《エデン》】の文字。あの日から更新されていない過去の遺物だ。故郷を捨てて逃れてきた今となっては、巨大なメガ・コーポの境界線を越えるための、薄っぺらな通行証に過ぎない。

 

 そして最後の一つ。ゴミの隙間に鎮座する彼の隠し刀――カスタム・シグ P365。

 アッシュは無骨な指先を伸ばし、手のひらに収まる樹脂の奥から、メカの重みが伝わってきた。

 手のひらに収まる極小のフレームながら、芯のある確かな重みが皮膚を圧迫する。暴れる反動を殺すマズルブレーキ。敵の装甲に直接ねじ込むための銃口のスパイク。そして、面《つら》を砕くグリップ底部の打撃用突起《ストライク・ポメル》。

 

 銃を単なる飛び道具と見なさない。拳の延長であり、鎧を穿つ短刀として扱う古流「神代心眼流・銃術《ガン・ジュツ》」のためだけに誂えられた異形の特注品だ。

 幾度も返り血を浴びてきたグリップのザラついた感触が、アッシュに戦いへの覚悟を呼び覚ます。

 装填するのは、敵のサイバネティクスを貫く9mmAP徹甲弾。

 アッシュはゆっくりとマガジンを滑り込ませた。

 

 カチャリ、と硬質な金属音が狭い部屋に響く。同時に、オイルと火薬のツンとした匂いが鼻腔を満たした。

 愛銃の冷たい感触を確かめ、引き金に指をかけたその時――デスクの片隅に転がっていた情報端末《デッキ》が、神経を逆なでする突発的な電子音を上げた。

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