ファントムコード 月下の迷子(カグヤ)   作:ふゆのねつ

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第7話:ミッション(コーポレートオーダー)

 アッシュのオッドアイが、氷のような光を放ちながらミハエルを正面から見据える。

 

「……仕事の話をしよう」

 

 ミハエルは一瞬、かつての少年時代に戻ったかのように悲しげに細い眉を下げたが、次の瞬間には、メガコーポの最上階を統べるビジネスマンの顔へと戻っていた。

「……すまない。では、”コーポレートオーダー”だ」

 

 ミハエルが滑らかな指先を宙に滑らせると、鏡面装甲の壁に、厳重な暗号化パルスを放つホロ・ウィンドウが次々と展開される。そこに青白く映し出されたのは、『ニューリィライブ保険機構』の元社員が生み出したという、魂のアーカイブを統括する禁忌のシステム――人間の生体脳(ウェットウェアデバイス)を培養して媒体とした「バイオコンピュータ」と、それを制御する「人工知能」のプログラムデータだった。

 

 複雑に入り組んだ有機回路と、明滅する電子のシナプス。今回のオーダーは、そのウェットウェアデバイスであるバイオコンピュータ強奪と人工知能の消去だった。

 

 「魂を管理し、運営する『バイオコンピュータ』と『AI』、か」

 

 鏡の乱反射の中に浮かぶグロテスクな数式を見つめ、アッシュが低く呟く。ミハエルは極上のワインで唇を湿らせながら、深く頷いた。

 

「ああ。魂の保存システムを世界規模のビジネスに仕立て上げた、あのニューリィライブの遺物さ。元々はしがないゲーム会社だった癖に、VRMMOへの意識転送技術を応用して『魂のデータ化』なんて悪魔の発明をしてしまった。そこから人間の命を人質にする保険会社へとのし上がり、今や我が社の領域である軍事にまで手を伸ばそうとしている」

 

 ミハエルの白い指先が、ホログラムの数値を冷酷に弾く。その動作一つで、数千万ドルの利権が動く。

 

「我がトライクロン社としてはね、あの成金どもにこれ以上市場を荒らされるのは、ひどく不愉快なんだよ、アッシュ」

 

『市場《テリトリー》を荒らされるのは面白くない』

 

 ミハエルは事も無げに、まるで庭の雑草について語るかのように言った。彼のような特権階級にとって、人間の魂を巡る倫理的な是非や死生観などどうでもいい。ただ、自社の軍事ドミナンスを脅かす新興勢力の『新たなおもちゃ』が目障りなだけなのだ。

 

 ミハエルが展開したウィンドウには、整然と並ぶ無数の光の粒――管理された『魂のディレクトリ』のログが映し出された。かつては子供たちが歓喜したVR技術の結晶が、今や数千億ドルの利権を生む、血の通わない数字の羅列へと成り果てている。

 

「人間の命を、ゲームのセーブデータに変えた会社、か」

 

 アッシュは喉元まで出かかった激しい毒づきを、バカラのグラスに注がれた血のように赤い酒ごと、無理やり胃の底へ飲み下した。泥の味がするコーヒーとは違い、高級な酒はどこまでも喉越しが滑らかで、それがかえってアッシュの神経を逆なでした。

 

 命を『リロード可能なデータ』としか見なさない彼らの傲慢さが、かつてサクヤが命を賭して守り抜いた『死の尊厳』を、泥靴で容赦なく踏み荒らしている――。バックアップのない、二度と戻らない一度きりの生の儚さこそが人間の証だと信じた彼女を、システムすべてが嘲笑っているかのような、その事実への激しい怒りが、彼の胸の奥を焦がしていた。

 

 アッシュの冷ややかな皮肉に、ただの相槌としてのジェスチャーを示したあと、ミハエルは話を続けた。

 

「……それから、今回の任務の条件だが、キミ一人ではなく、他数人のバウンサーと共同でチームを組んでもらうことになる」

 

 アッシュの灰色の前髪の奥で、黒い右目と戒めの赤い左目がピクリと跳ねた。

 

「……どういうことだ? 俺はいつも単独《ソロ》だ」

 

 バウンサーの過酷な格言に「隣の奴を信じるな」という言葉がある。金で魂を売り買いする境界線の住人にとって、見知らぬ同業者に背中を預ける行為は、己の首筋に銃口を突きつけられるのと同義だった。

 

 なにより、アッシュにとって、他人の存在はただの制約であり、単独《ソロ》で狩るのが、最も速く、最も確実だった。

 

 ミハエルは両手を広げて、子供が言い訳をするかのように少しおどけた仕草をしてみせた後、手元の端末を操作した。

 鏡に囲まれた部屋の中央に、新たなパルスが走り、三人の不穏な男たちの顔写真と生体データが、虚空へと鮮烈に投影された。

 

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