ファントムコード 月下の迷子(カグヤ)   作:ふゆのねつ

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第8話:パーティ編成

 ミハエルが指先を動かすと、鏡面の壁を背にして、それぞれの男の生体データが赤く明滅しながら虚空へ投影された。

 

 一人目。ノックス=フォスター。ランクは『AA(ダブルエー)』。

 

 ウィンドウには『188cm / 125kg』という重厚な数値が浮き上がっている。短く刈り込まれた赤毛の下にあるのは、数々の戦場の硝煙を潜り抜けてきた老兵の顔だ。

 

 無数の戦痕が刻まれたその肉体は、メガコーポの最新規格から外れた軍流出の古い義体《スリーブ》で継ぎ接ぎされていた。アッシュは、その金属の継ぎ目から漏れ出る錆びたオイルの匂いまで予感させるリアリティに、静かに目を細めた。

 

 幾度も過酷な死線を彷徨い、その都度『死』を上書き保存するように、スリーブへと魂を転送し続けてきた男。

 

 二人目。クリストファー=アーバイン。通称“クリフ”。ランク『A』。

 

 画面に表示された『164cm』という小柄で痩せた体躯に、手入れのされていないボサボサの金髪。典型的な情報構築職《ナード》の風貌だが、かつてAICの包囲網を相手に、テロ組織の防壁《ファイアウォール》をたった一人で支え抜いた狂気が、その充血した瞳に怪しく宿っている。

 

 投影された立体ホログラムの中でも、彼の指先はピアノを弾くように絶えず動き、網膜に投影されているであろう膨大なデータストリームのコードを、現実ではない電子の海で書き換え続けていた。

 

 三人目。アブドゥル=サラディン。ランク『A』。

 

 『193cm / 145kg』。そのステータスが示す通りの筋肉の塊のようなアラブ系の巨躯が、投影された室内を威圧するように歪めた。

 

 短髪に無精髭。剥き出しの殺意が、静止画という枠を越えてアッシュの肌を刺す。一度標的に定めれば、その魂がデータごと霧散するまで執拗に追い詰める「狂犬」の異名を持つ男だ。その太い首筋に仕込まれた大出力の人工筋肉サーボからは、獲物の喉元を締め上げる瞬間の、重低音の駆動音が聞こえてくるようだった。

 

 過剰な魂のサルベージの代償として、人間としての記憶や感情を摩耗し尽くした者だけが宿す、底知れない狂気の眼光がそこにあった。

 

「リーダーはノックスだ。プロ中のプロだよ。指揮権は彼に委ねてある」

 

「……老兵に狂犬、それにテロリストの生き残りか。なかなか面白いパーティーだな」

 

 アッシュは皮肉を込めて鼻で笑うと、目の前のホログラムを邪魔そうに手で払いのけて消した。仲間の顔ぶれも、依頼の内容も、きな臭いどころではない。

 

「なぜ俺なんだ、ミハエル。もっと適任の『駒』はいくらでもいるはずだ」

 

 苛立つアッシュの問いに、ミハエルは極上のワインを一口含み、子供のように純粋な笑みを浮かべた。

 

 計算され尽くした芸術品のようなその微笑の裏で、彼は友情という甘美なカードを切りながら、アッシュの心拍数や動揺を冷酷なスコアとして積み上げているのだ。

 

「理由? 一つは、キミが僕の数少ない『友人』だからだよ、アッシュ。信用できる人間は、この階層《レイヤー》には一人もいないからね」

 

 その言葉の響きは、甘い誘惑のようでありながら、どこか執拗な粘り気を帯びていた。ミハエルはグラスを置き、今度はビジネスマンの瞳でアッシュを射抜く。

 

「ついでに言うと、今回のパーティ編成はキミの現在のランクによるものだ。今回のミッションはAIスコアリングでA以上必須、Sランクが一人でもいれば成功確率は跳ね上がると予測されている。僕の推量では、キミのランクは本来S以上のはずだ。まぁ、なぜかキミのランクが「B」なんでね。スコアの帳尻をあわせるために、ノックスたちをパーティに入れることで、稟議上の体裁を整えたんだよ。それにバウンサーのSランクなんて、頼もうと思ってもそうそういないんだ」

 

 ミハエルは優雅に背もたれに身を預け、手元の端末へ視線を落とした。

 

「三人とは、現地で落ち合うことになっている。状況はノックスに任せてあるのでよろしく頼むよ。それと報酬はすでに前金で振り込んでおいた。オーダー完了後に残りを支払う」

 

 アッシュの目の前にホロ・ウィンドウが静かに立ち上がり、そこに表示された残高の数値が、狂ったような速度でカウントアップされていく。刻一刻と跳ね上がっていくその桁数は、目の前の男の権力と、提示された依頼の危険度を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「あいかわらず強引だな……」

 

「そうだ。キミは僕のことをよく知っているだろう?あきらめるんだな」

 

 ミハエルはそういって笑った。

 アッシュはため息とともに諦めた口調でミハエルに告げた。

 

「"オーダー"は了解した」

 

 ふいにミハエルがため息とともに、ずっと頭の中でよぎっていた、疑問を投げかけた。

 

「ところで、なんで今、キミは『Bランク』なんだ?」

 

「更新をサボったからさ……」

 

 アッシュは席を立ち、極上の晩餐を後に踵を返した。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 アッシュが去った後。ミハエルは血のように赤いワインを回す。

 

「さあ、これで物語《オーダー》は動きだした。サクヤ、彼はきっとやってくれるよ……”コーポレートウォー”の開幕だ……」

 

 そう呟くミハエルの声には、親友への信頼と、彼を地獄へ叩き落とした愉悦が、判別不能なほど混ざり合っていた。彼にとってアッシュを戦場へ戻すことは、死んだ彼女への供養であると同時に、自分を追い越していった天才への、遅すぎた復讐でもあった。

 

 ミハエルの手元で、虚空に浮かぶ承認ボタンが冷たく明滅する。彼がそれをタップした瞬間、トライクロンのサーバー群を莫大な電子が駆け抜け、アッシュという名の『駒』が正式に盤上へと固定された。

 

 その宣言を受けた「バウンサーギルド」から「ギルドオーダー」の了承がサインされた。

 

 「コーポレートウォー」が発動した以上、バウンサーギルドは第三者の介入を封じる。別の企業が横槍を入れない限り、この盤上はトライクロンが独占する戦場だ。

 

 ミハエルは血のように赤いワインのグラスをアッシュの消えた闇に掲げ、一気に飲みほした。

 

 

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