自分の脳内系妄想系ファンタジー



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アルメタ峡谷 正式街道滑落事故記録

 

 

 

 

「……」

 

泥濘と血液、微生物がそこには沈殿している。

そんなドロドロの中に倒れている青年。

死体と見間違えてもおかしくない容態だが、彼の口はまだ動いていた。

 

「……ぐぉ」

 

半刻ほどだろうか、彼は自分が気絶していたと気づく。

すぐに周りを確認するため首を起こそうとするが、背中を痛めたのか思うように身体が動かない。

 

「……ザックは、ある」

 

痛みを無視して、なんとかザックの場所だけ確認する。

重い液体の波紋を作りながら這う。あばら骨が折れているのか、うまく呼吸ができない。それでもゆっくり確実に。

ようやくザックに辿り着くと、留め具を外し、中の物資をぶち撒けた。

 

「どこに……あった」

 

ザックの中にあった救急ポーチを鷲掴み、中身を確認する。

中にあった黄色い薬を見つけると、すぐにそれを口に運ぶ。  

 

「これだけは使いたくなかったが……」

 

後々の処理が憂鬱なのか、青年は愚痴をこぼす。

すこし時間が経つと、先ほどの身体の痛みなどなかったかのように彼はすんなりと立ち上がる。そのまま、ぶちまけたザックの中身を元に戻そうとするが、屈んだ瞬間、咳が込み上げる。

咳を抑えるように手を口に押し当てた。

手のひらを血が汚した。

 

(くそ……咳が止まらない。肺をやったか?)

 

身体の痛みは消えた。しかし胸の違和感だけは消えない。

このままだと酸欠になる。

いつまた倒れてもおかしくない。

 

青年はザックを諦め、詰め直そうと途中までザックの中に入れた物資を、再び泥の上に戻す。

少しの逡巡の後、地図と四つの物だけを取り出した。

奇妙な幾何学模様と仕掛けがついた杭、板、筒。そして古びた日記である。

歩行の邪魔にならないように、腰の留め具にひとつひとつくくりつける。 

 

地図を広げて、周囲の地形、自分が落ちたであろう距離、そこから逆算される現在地に見当をつける。

 

アルメタ峡谷。

それは探索者たちが命を賭けて踏破した場所の1つ。

常に山谷風が吹き荒れ、足場は脆く、環境が常に変わる険しい領域。

青年は指名依頼を受けて、谷場の偵察に出ていた。

 

隊の他の仲間にちょうど休暇を取らせていたし、目的地も遠いわけではなかった。

そこまで難しい依頼ではなかったため1人で遂行しようと決めたが、まさかこんなことになるとは、と彼は後悔する。

 

アルメタ峡谷は、上の街道付近は比較的安全だが、谷底に近づくほど危険度が増していく。

青年は、安全な上の街道を歩いていたが、道が急に崩落しそのまま一気に滑落した。

環境が険しく、地形も生態系も変動が激しく、不明瞭な谷の下のどこかに落ちてしまったのだ。

 

(ここからだと救難信号出したとて、救助できる奴らもいないだろう。なんとかして上階にあがんねぇと)

 

そう決意すると、重い胸を持ち上げ、脚を動かし始めた。

 

 

 

 

 

「くっせぇ。溶骨蝸の群生地か」

 

彼を阻んでいるのは、だいたい拳大ほどの大きなカタツムリ。

それらは互いに身を寄せ合って、まるで紙面を埋める文字のように、岩肌を覆っている。

 

(体液踏むと靴が溶けるんだよな……迂回する道はねぇか)

 

周囲を見渡しても、溶骨蝸が横いっぱいに広がっている。

奥には広がっていないことを確認した彼は、腰に留めておいた1つの板を片方の靴底のスパイクにセットする。

靴の裏を見て、板につけられている仕掛けを軽く点検し、問題ないと判断したのか身体の姿勢の調整を始める。

直立ではない。伏せでもない。それは多分、クラウチングスタートの姿勢だ。

身体の重心を少し上へ。

そして勢いよく、板を噛ませた靴で、地面を思い切り蹴る。

板の仕掛けが作動する。

既に描かれている幾何学模様に、計算された衝撃が入る。

その瞬間、靴底から、まるでジェット噴射のような衝撃が突き上げ、青年の身体を吹き飛ばした。

 

この板の仕掛けを使うと、幾何学模様が刻まれた向きに真っ直ぐな力が働く。

その性質を利用して、まるでバッタが草むらに飛び込むように跳躍したのだ。

 

青年は斜めに低く飛び、一気に溶骨蝸の群生地を抜ける。

バランスを崩したまま、それでも胸に衝撃が行かないように、手足を丸めてそのまま地に落ちる。

 

「カハッ!」

 

勢いのまま、泥水に濡れた岩肌に飛ばされる。

先ほど飲んだ薬の効果で痛みはなかった。

だが、一瞬肺の空気が全部持っていかれたのか、空気を求める胸の動きが止まらない。

血の咳を吐きながら、青年は靴の裏を確認する。

先ほど驚異的な力を発した板は既に割れていた。

彼は板を靴から外し、ポイと投げ捨てて立ち上がる。

 

(一個使わされたな。うわ、地図どっかいったぞ)

 

先ほどの跳躍の際に地図を落としてしまったようだ。

ここからは青年自身の記憶を頼りにするしかない。

 

(杭だけか……)

 

腰にぶら下がっているものは、先ほどの板と同じようで確実に異なる模様と、仕掛けが組み込まれた筒と杭だけ。

筒は救難信号を発するもので、まだここで使うわけにはいかない。

残っているのは杭が1つだけ。

 

今ある自分の手札を確認していると、大きな何かが自分の横を突き抜けていく。

思わず振り返ると、奴は先ほどのカタツムリの群生に突っ込んでいった。

そしてすぐに、一匹のカタツムリを咥えて上に飛び去る。

おそらく、あのカタツムリを主食とする繭蛍だろう。

 

「先に進もう……」

 

ここにいれば、あのホタルにカタツムリと間違われて食われるかもしれない。

先を行けば比較的浅いところに着くはずだと、また歩き始める。

 

 

 

 

1時間ほど歩き続けた時、横手に急斜面の登り坂が見えてくる。

崖ほどの傾斜ではない。が、それでも本来ならロープが必須になる角度だ。

 

(ここを登ると、方向的には旧街道方面のはずだが…)

 

頭に残っているうろ覚えの地図。それによると、ここを辿ればすでに放棄されたとはいえ人の手が入った道に入れる。

青年は迷うことなく登り始める。

しかし思っていたより全然力が出ない。

 

「はぁっ……はあっ……」

 

呼吸がほとんどできていなかったのだろう。もはや脚に力が入らない。

手をついて登ろうとしても、ザラザラと乾いた砂が、掴むたび掴むたび崩れる。

 

青年はとうとう、腰につけておいた杭を取り出す。

杭は木製でとても軽く、ちょっと衝撃を与えただけで折れそうなほど柔らかい。

杭頭に仕掛けられたスイッチを押す。

すると、杭頭に書かれている幾何学模様に微細に、それでいて正確な衝撃が伝わるように仕掛けが作動する。

 

青年は杭を手に持ち、思い切り地面に突き刺す。

強度を確認し、問題ないと判断する。

何度も何度も斜面に突き刺し、抜いて、また突き刺す。

自分を支える棒のように使いながら、急斜面を少しずつ登っていく。

杭を突き刺すたびに息が抜ける感覚がする。酸素など残っていない。

それでも彼は、ただ一心に杭を差し、脚を上に出す。

彼に思考も感覚も残っていない。

ただ登る。

それだけを忠実に守るマシーンとなっていた。

 

 

 

「……ん」

 

彼は横たわっていた。斜面を意地だけで乗り越えた身体に、エネルギーなどとうに枯れていて、一指動かすことさえ叶わない。

痛みはない。

だが砂の塊が肺に溜まっているような違和感。呼吸するたびに、それが空気を吸い取ってしまっているかのような錯覚。

彼は、もはや自分は死んだのか、生きているのか、それすらもわからない。

ただ目だけは閉じまいとしていた。

 

 

キキィッ!

 

痛み止めの麻薬と酸欠のせいで鈍くなったはずの彼の耳に何かが聞こえた。

それは車輪の音に近いように感じた。

いや、そんなことはどうでもいい。

もしもこれが幻聴でないのなら、助かる確率が跳ね上がる。

音のした方向に目線を向けると、確かに人影が見えたような気がした。

 

(あれは……ッ!わからんがどっかの輸送隊か!?)

 

青年の目には人間に見えても、それが本当に人間なのか。もはや判断はつかない。

それでも彼にとっては、闇市の賭博よりもオッズが高く、やらない意味はない賭けだった。

 

反射だった。腰から筒を取り出し、思い切り地面に筒底を叩きつける。

瞬間、筒から火花が散り、高く、より高く火が飛んでいく。

 

(……)

 

上に飛んでいく火を見続けた彼は、叩きつけた筒を手から溢し、もはや目を開けることすら叶わず眠りにはいった。

 

 

 

 

 

アルメタ峡谷 正式街道追加崩落記録。

 

アルメタ峡谷の正式街道にて崩落の報告が上がったため、確認任務を指定の探索隊に依頼する。

本来、ユート、ヴィクター、カーヴェの隊全員の任務だったが個人判断により、リーダーのユート氏のみ受領。

本人の証言によると、任務対象であった崩落地点への到着前に新しい崩落を確認。巻き込まれる形でそのまま滑落したとの事。

 

追記 新しい崩落地点は、前の崩落地点から逆算しておよそ8kmほどの距離と推定。おそらく前の崩落も併せて、岩壁鳥の繁殖時期が関係していると思われる。その後の調査結果を待つ。

 

彼の身体は回収当時、裂傷、打撲、骨折が目立っていたが、後の治療記録にて1番大きな損傷箇所は肋骨と肺であると判明。

事故当時、身体の深刻なダメージと呼吸困難を確認した彼は、やむなく涅槃薬を摂取。

一時的に行動可能となった彼は、旧街道近くまで移動。

その後、救難信号を確認した近くの輸送隊により保護。

輸送隊は、街道を崩落したとの報告を聞き急遽旧街道を利用したとの事。

涅槃薬の洗い流しの報告は確認済み。現在は療養室にて3ヶ月の謹慎も兼ねた休養期間中。

 

追加の報告があるなら、担当のヴェリーナまで。

 

 

 

 

 

「やぁユート」

 

ユートと呼ばれた青年は、先ほどまで死にかけていた青年のことである。

泥や血を綺麗に拭き取られた顔から、中性的な雰囲気の中から、凛々しさを感じとれる。

 

「甘いものは好きじゃねぇって言ってるだろ」

「いやいや、療養中に普通、あんなモノ食べないよ。刺激物は胃が死ぬって」

 

苦笑しながら、少年が甘すぎないフルーツが沢山入った籠を机に置く。

横にある椅子に座って、果物を食べ始める少年。

 

「んで。持ち物はどこいったの」

「ぜーんぶ谷底さ。まぁ取りに行くのは無理だな」

 

よこせと籠に向けて手を伸ばすユート。

しかし、届かないとわかるとすぐに諦め、両手を後頭部につけて昼寝の体勢に移る。

 

「買い直すと結構な額になるんじゃない?2年地図も持ってったでしょ」

「チッ。あれが1番勿体ねぇんだよな。また書き直しだぜ」

 

少年が籠の中からフルーツを1つ取り出し、ユートに投げ渡す。

ユートは微妙な顔をしながら、受け取ったフルーツの皮を剥がし始める。

 

「ま、命があっただけ儲けもんでしょ。また次も行けるしね」

「……そうだな」

 

控えめな甘さにも過敏に反応しているユート。

それを全く気にせず、自分の分を食べ進めている少年。

 

「次はどこに行くか決まってるの?」

「あー。まぁ、ギルドからの任務がなけりゃ炎塵帝国に行こうと思ってたんだが」

 

あそこかぁと嘆息し、次のフルーツに手を伸ばす。

 

「いいねぇ。僕も字の研究で行ってみたかったんだ。君は……例のお爺様の件かい?」

「……あぁそうさ」

 

あまり話題にすることではないのか、二人は少し沈黙する。

間違えたなーと少年は渋い顔をし、フルーツに集中する。

 

 

 

フルーツを食べ終えた少年が立ち上がる。

 

「んじゃ。ヴィーにも知らせないとね。アイツ、闇賭博やりすぎてすっからかんらしいよ」

「装備売ってなけりゃどうでもいい。3ヶ月後に集合で」

「了解」

 

そう返すと、少年が部屋を後にする。

1人残されたユートは、机に置かれた古びた日記を手に取り、開く。

 

「じいちゃんも、死んでねぇよな」

 

そう溢した彼の言葉は、病室にこだますることもなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





考えるのは得意でも書くのスッゲー難しい。

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