「いぶき…私と一緒に…温泉に行きませんか?」
「…うん…いいよ…行こう」
最悪なタイミングだ。
実家に帰った際にいぶきの為に買ったお土産の酒を持ち夕食に誘うため彼女の部屋の前まで来ると、ドア越しからぼたんといぶきの話し声が聞こえてきてしまった。
「いぶき…」
ノックをしようとした手が止まり、その場から動く事が出来ない。
「何処の温泉にいく?」
立ち尽くしたまま動けないでいると、嫌でも二人の会話が聞こえてきてしまう。
(盗み聞きなんて…最低…動かなきゃ…)
頭では自分が行っている行為が最低だとりかいしているが、何故か体だ言う事を聞いてくれない。
(動いて…お願い…このままじゃ…私…いぶきに…)
「ごめん…ぼたん…ちょっとトイレ…」
「やば!?」
ドアに近ずく足音に慌てて自分の部屋に戻る。
「あれ?」
「どうしたのいぶき?」
「今…誰かいたような?」
「ッ…グスッ…うっ…」
自室に戻り買った酒を床に落としながらベッドの布団にくるまると、勝手に目から涙が溢れてくる。
ぼたんに先を越された悔しさや二人の会話を盗み聞きしてしまった罪悪感からか、涙の訳を考えれば考える程感情がぐちゃぐちゃになり、考えが纏まらなくなってしまう。
「いぶき…」
自分には見せない一面をぼたんにはなんの抵抗もなく、いぶきは簡単に見せている。
「あの…かなで先輩…大丈夫ですか?何か凄い音がしましたけど」
部屋に戻りしばらくするとノックと共に酒瓶を落とした音を心配した千秋が尋ねてきてくれた。
「ご、ごめん…うるさかったよね…大丈夫よ…」
震える声を必死に堪え、泣いているのを悟られないように返答する。
「…本当に大丈夫…ですか?」
「うん…ありがとう…千秋君…おやすみなさい」
「わかりました…おやすみなさい」
千秋の足音が遠ざかって行くのをが聞こえ再びベッドに顔を埋が、全く眠気が来ない。
「眠れない…」
時々寝返りをしたりするが眠れず、どのくらい経ったのだろうか。
「まだ二十二時半か…明日が休みで良かった…」
トントントン。
「え?」
何度目かの寝返りを打つと再びドアかノックされ、食器が置かれた音が微かに聞こえる。
「誰?…」
恐る恐るドアをゆっくり開けると、床にラップがされたミルク粥が乗ったトレーが置かれていた。
「ミルク粥…美味しそう…ふふ、千秋君ねありがとう…」
小さくお礼を言ってミルク粥をゆっくり堪能する。
完食後泣き疲れの影響か、ミルク粥のおかげか睡魔に襲われ容易く眠りについてしまった。
「ん…」
カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされ、眩しさから目を覚ます。
「…朝か…うわ…目腫れてる…」
グゥ〜
泣き腫らした目元を確認していると、腹の虫が空腹だと叫び声をあげる。
「お腹空いた…昼も帰りの電車で軽く食べただけだし…夕飯は…千秋君が作ってくれたミルク粥…は流石に消化がいいわね…」
入口付近に転がる酒を見ながら、昨日の事を思い出しつつ空腹を感じる。
「とりあえず…何か食べよ」
纏まった睡眠を取れたためか心とは逆に軽くなった身体を起こし、トレーを持ち廊下に出ると子気味良い包丁の音と香ばしい香りに包まれる。
「いい匂い…」
数日実家にいて親が食事を作る際の包丁の音に懐かしさを感じ、キッチンのあるダイニングルームに向かう。
「あ、千秋君…昨日はありがとう」
「おはようございます!どういたしまして。かなで…先輩…もしかして匂いに釣られてきましたぁ?」
ダイニングルームに入ると朝食の支度をしている千秋と目が合うが、彼は泣き腫らした目を見て一瞬心情を悟った顔をするがすぐ笑顔になり、からかう言葉をかけてくる。
「バカ…ちが…」
グゥ〜
「おやぁ〜おやおや?〜」
「うぅ…」
茶化すようにニヤニヤしながら見つめてくる。
「匂いに釣られました!お腹すいてます!」
「ベーグルオープンサンドです。」
「美味しそう!ベーグルも手作り?」
「もちろん!こっちがクリームチーズとサーモンで隣がアボカドとポーチドエッグ、ベーコンです」
グゥ〜
「うぅ〜///…」
再び言葉よりもお腹が反応してしまい顔が熱くなり、彼の顔が見れない。
「あはは、どうぞ召し上がれ」
「いただきます…んん美味しい!!」
「良かった、飲み物はどうします?コーヒーかオレンジジュースか」
(オレンジジュース飲みたいけど…子供ぽいって思われたくないし…)
「…コーヒーを…」
実家では子供の様に扱われていた名残がまだあるのか寮内で大人ぶる余裕が無くなっているのか分からないが、子供ぽい選択をしてしまいそうになるのを必死にこらえる。
「あ、コーヒー切らしてたんだ…オレンジジュースでいいですか?」
「え…う…うん…ありがとう」
コーヒー豆が入ったボトルをそっと隠したのを気づかないフリをし、彼がまた自分を察してくれた事への感謝を含め伝える。
「すいません、買い足しておきますね…オレンジジュースです」
千秋からオレンジジュースの入ったコップを受け取り口に含み、彼の優しさ一つ一つがすり減った心に染み込んで行くのを感じる。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした〜」
せめてもと完食した食器達を洗うのを手伝い、食後の一服を二人で堪能する。
満腹になったからか心に幾分か余裕ができた。
「かなで先輩、今日この後予定あります?」
「特にはないわよ?」
「なら今日ドライブ行きませんか?」
「ドライブ?…散歩じゃなく…レンタカーでって事?」
「んにゃ俺の車です。どうですか?」
手を差し出す彼を見つめ、一瞬考える。
正直今日は外に出るつもりは全く無く部屋で籠る予定だったが、いっそ彼と一緒に外出した方が気分転換になるのではないか?となり首を縦に振る。
「わかった、行く…お願い連れてって」
逃げ道を求め、彼の手を握る。
「はい、行きましょう」
「お兄ちゃんは…郡上先輩の事…好き?」
「俺は…」
かなでと話す度に自分が初めて知る感情が溢れてしまう。彼女に対するこの想いを口に出すならきっと。
「好きだよ、かなで先輩の事が」
「うん、いいと思う…その気持ち。伝えてあげて、郡上先輩に」
「伝えられたら…いいな…」
「ねぇ千秋君、どこに行くの?」
「特に決めてないんですよね〜適当に走ってどっかでお昼を食べる…と言うのはどうですか?」
「いいわね、お店期待してるわよ」
「アハハ…プレッシャーですね…」
彼が無言になるが話題が無くなった訳ではなく、こちらに気を使っての事だと思う。
「…何も聞いて来ないのね…」
「すいません…実はかなで先輩から話してくれるまで待ってました…こちらから聞いたら野暮かなと」
「ありがとう…なら聞いてくれるかしら?」
「はい、勿論です」
かなでは少し寂しそうな笑を浮かべながら、なにがあったのかを話し始めていく。
やはり寮長絡みで悩んでいたらしく、事の発端はぼたんが寮長に二人だけで旅行に行こうと誘って居たの聞いてしまい嫉妬、盗み聞きしてしまった事による罪悪感で悩んでしまったらしい。
「私…キモいよね…変だよね…イタイよね…」
「そんな事ないですよ、自分が苦しい位に寮長が好きってことじゃないですか!俺は凄いと思います」
「ありがとう…でもね…ちょっと諦めてるんだ…」
大きなため息を吐き、いぶきとの思い出を振り返る。
上伊那ぼたんは自分が時間をかけ築き上げてきた仲をを容易く乗り越えいぶきと一緒にお酒を飲み、旅行に行けるほど仲良くなってしまった。
「もし…」
「え?」
「もしも…寮長の事が…完全に諦められたら…俺と」
彼の声を遮る様にお互いのスマホから通知音が車内に響き確認すると、寮生のグループLINEにあかねから昼過ぎに帰るとメッセージが届いていた。
「も…もうすぐで西武秩父駅に着くらしいわよ?荷物も多いみたいね」
(い、一体何をいうつもりだったのかしら?…)
「…西武秩父駅かぁ、ここから近いしあの辺にも色々お店がありますし、あかねと合流して近場で何か食べますか?」
(あぁ…タイミングが…まぁまたチャンスがくるよな)
「そうね、遊佐さんなに伝えておくわね」
かなでに気持ちを伝えるタイミングを逃し落胆してしまうが、気持ちを切り替え運転に集中する。
〈数十分後〉
「お、いたいた!あかね発見〜、」
「本当凄い荷物ね」
駅の改札付近でギターケースを背負い、その他もろもろの大荷物に囲まれたあかねを見つけ駆け寄る。
「すいません2人とも…お出かけ中なのに…」
(最近二人で居ること本当増えたな…やっぱり付き合ってんのかな?)
「気にしないで、荷物持つから近場に停めてある車に運ぶよ」
「あ、千秋君私も持つよ?」
「…ありがとうございます」
(やっぱり仲良すぎない…付き合ってるよな?)
重そうな荷物を担ぎ、かなでには軽そうな物を渡していく。
「千秋君そんな持って大丈夫?私もっと持つよ」
「大丈夫ですよかなで先輩。さて、あかね車こっちだよ」
歩いて数分のコインパーキングに停めてある自分の車の前まで来ると、あかねは少年の様に目を輝かせ興奮する。
「これが千秋さんの車!?HUMMERH2じゃないですか!しかもMT車!!」
「正解!!あかね詳しいね〜」
「かっけ!!後で運転させてください!!」
「OK〜」
「千秋君の車そんな名前だったんだ?」
「かなで先輩も興味あります?」
「全然」
「ですよね〜」
その後車やお酒、あかねの趣味の話を昼食の時まで続き、退屈しない時間を過ごし寮に到着した。
「運転ご苦労さま、ありがとうございます千秋さん!郡上先輩!」
「どういたしまして、にしても凄い荷物だね?」
「よいしょっと…重かった…一体何を持ってきたの?」
「それはですね〜じゃーん!」
『レコード!!』
床に置いた荷物から誇らしげに取り出した物に千秋とかなでは思わず興奮しまい、柄にもなく大声を出してしまった。
「正解!実家から持って来たんですよ!そうだ!!今から一緒に音楽鑑賞しませんか?お酒飲みながら!」
「いいねぇ〜」
「いいわね!!」
再び荷物を持ちあかねの部屋に荷物を置き、共有スペースに再集合しあかねがレコードとプレイヤーのセッティングを鼻歌交じりに進めていく。
「これでよし!そんで今回鑑賞会のお供は…じゃーん!!PUNK IPAでーす!」
「お〜苦味が強いビールか、なら俺はおつまみを提供しよう!ちょっと待ってて!」
「楽しみにしてますよ〜っと、ねぇ郡上先輩」
千秋が共有スペースから出ていったのを確認し、レコードを眺めるかなでに声をかける。
「ん、なに遊佐さん?」
「単刀直入に聞きます、千秋さんと付き合ってるんですか?」
「え…えぇ!?…な、なんで…そ、そんな事いきなり聞くの!?」
「なんでって最近二人でいる事多いし、やたら仲いいなぁと。以前に朝帰りしてたじゃないですか?」
かなでの向かいに座り、じっと彼女を見つめる。
「別に付き合ってないわよ…もぅ朝帰りって…でも確かに千秋君は優しくて頼りになるし、身長高いし料理上手で気配りできるけど…私はいぶきが…」
頭の中でいぶきを思い描くがノイズが走り、千秋の事を考えてしまう。
「付き合ってないクセにめちゃくちゃ褒めるじゃないですか…」
「…ねぇ遊佐さん…」
「はい?」
「…自分が好きな人が実は別の人と両思いだって気付いて…その人の事をもう諦めて、別の人を好きになるって変よね…都合良すぎるわよね?」
あかねのレコードをそっと置き、ゆっくり口を開いていく。
「別にいいんじゃないですかそれでも?ちゃんと気持ちに踏ん切りが付いて、その人の事が好きになれるのなら」
「遊佐さん…」
「好きなんでしょ?千秋さんが、伝えないんですか?」
「…ちゃんと…ちゃんと自分の想いを割り切ってから…伝えたい!」
かなでの覚悟を決めた顔を見て、あかねは優しく微笑む。
「頑張って下さいね!。あ、仮に付き合ったとしてもたまには千秋さんを貸してくださいね?力仕事とか運転手として」
「アハハ、考えとくわよ」
「お待たせしましたお二方!!ビールと言ったらソーセージ!!スコットランドのビールですがドイツ式と参りましょう!」
「もう千秋君何そのハイテンション!!」
「アハハ、テンションたけ〜」