半日を過ごし、昼休憩として陣衛と氷雨は食堂へ足を運ぶ。それなりに混み合った食堂で、陣衛はさっさと配給を受け取りいつもの一人席へと向かう。氷雨の行動を一顧だにしない行動である。それに待ったをかけるのが朝芳であり、友坂である。
無理矢理陣衛を四人掛けの机に座らせる。次いで氷雨を呼び寄せる。
「俺は一人でいい」
「うるさいよ。指導役を引き受けたなら最後まで面倒を見ろ」
「相馬、あやかしが出たらしいな。どうだった?」
叱られる陣衛と仔細を尋ねられる氷雨。まるで逆の様相である。
「まだまだ未熟であると痛感しました」
「いつも通りでいいはずだが?」
「勉強させて貰ったか。何があった?」
「限度がある。この程度を面倒臭がるんじゃない」
水守の司が四人も集まって騒げば目立つのも当然である。だが気にする繊細さはこの四人にはない。個々人が好き勝手に飯を食い、声を上げる。周囲から遠巻きに眺める守人達からすれば心強くも、おかしな者たちだとも思っただろう。
「殺気を御しきれずに気付かれかけました。笠間殿が機転を利かせてくれなければどうなっていたか分かりません」
「ほぉ、なんだ笠間、そんな小技も使えるのか」
「意外と器用ですよ、こいつは。剣に限ってですが」
「抜き打ちも見事でした。何を言うまでもなく、私の剣に合わせて頂きました。さすが、近田流の皆伝です。お見逸れしました」
「笠間と辻堂は水守きっての腕利きだからな。まあ本当なら辻堂の剣を見せておきたかったんだがな」
体躯を活かした一撃重視の陣衛と、切れの良い動きで確実に戦意をそぎ落とす朝芳。氷雨は柔軟な体を活かした手数重視の剣を使う。自身の参考とするなら確かに朝芳と組ませるべきであった。
「組は異なる剣だからこそだ」
「……お前も先輩としての物言いができるようになったんだな」
「ちゃかすな」
「それに、私は感動しました!」
感動。水調べに似つかわしくないその言葉に三人が三人とも首を傾げて疑問符を浮かべる。その場にいた陣衛でさえ氷雨が何を言いたいのか分からない。
氷雨はそんな反応を気にすることなく、陣衛が商人へと差し伸べた手についてを語る。昨今では腕だけあれば、強ければ許される。そのような風潮がある中、陣衛のその優しさは素晴らしきものであると。
ほぉ~、と感心する友坂と守人の鑑であると語る氷雨。その二人を眺めながらもニヤニヤ横目に陣衛を見る朝芳。これまでの陣衛を知る朝芳であり、そのきっかけを何と無しに察しているからこそ面白くてたまらないのだろう。ただの気の迷いであり、今後も迷うままであろう自分を思うに、ひたすらいたたまれない陣衛なのである。
そんな微妙な反応を察しているだろうに、友坂はいささかの迷いもなく氷雨への対話を続けている。
「ま、上手いところはまとめて真似をしろ。せいぜい学ばせて貰え」
「はい!」
真剣に頷く氷雨。歳の離れた二人だ。そのふれあいはほぼほぼ親子のそれ。今更ながらに二人はどういう顔をすべきか分からず、口元を引き結ぶ。陣衛の鉄面皮はいつも通りだが、朝芳はにやけ顔が隠せていなかったが。
「ところで、入り込んできた竜人の件、俺たちにも話を聞かせてくれよ」
どうも本題はそれであったようで、友坂が身を乗り出すように問うてくる。
先日朝芳とも話題に上がった内容である。同じように説明をするが、当然物言いが入る。
「お前や辻堂にとってはそりゃそうだろうが、わかりにくいんだよ。まずは識別符号で言え」
「……どろ墨よりは濃い」
あやかしの位階は墨で表すのが習わしだ。斬った後に血肉が塵煙と化す、その色味が墨の色に似ているからである。陣衛が思い返すところ、概ねどろ墨――階位としては上から四つ。通常の守人が一人で討伐しうるのが灰墨、上から七つ目であることを考えれば上位も良いところである。
「私が相手してきたのは水調べでも薄墨までです。その一つ上となれば侮れませんね……」
「氷雨でも十分やり合える範囲だ。しかし様子がおかしい個体だったんだろう? まともな個体であれば気をつけねば俺でも足を掬われかねんな……」
剣の実力だけで言うならば、水守の司は守人のほぼ頂点である。城主を守る近衛と双璧を成す実力者揃いであるが、同じ水守の司であっても実力に差はある。そしてそれはあやかしも同じだ。黒く濃い墨の色は一定を越えればもはや見分けが付くものではないのである。
「野犬やそこらの獣から生じたようなあやかしならともかく、竜人ともなればどこまで上振れするかも分からんよ。万一遭遇したのなら、笠間から離れんことだ」
「違いは鱗ですか?」
「尾もだ」
陣衛に全員の視線が向く。なにせ竜人などそう現れるものではない。普段においては言葉の足りない男だが、こと戦いと務めに限っては饒舌なのだ。
「鱗を斬るのは工夫が要る。わずかにでも刃筋が傾げれば弾かれる。鎧の大袖に似た対応が要る」
「鱗に対して確実に刃を立てる、もしくは鱗の薄い場所を狙うわけだな」
「喉元や脇、膝裏あたりか。俺ならそちらを狙うかな」
「叩き斬る方が早い」
「俺の剣は繊細なんだよ」
軽く互いを揶揄し合う陣衛と朝芳、その二人を友坂は指さす。
「こいつらはどちらでも選べる。それだけの腕がある。お前はまだ選べない。だが、選べば斬れる。更に言えば――」
「斬るための下働きができます」
よし、友坂が頷く。水守の司は二人一組が原則だ。一人で足りずとも、二人でなら届く剣がある。どうにも教育が端々に入ることになぜか面はゆさを感じる陣衛であるが、それはつまり視点の違いでもある。一時的な処置であっても、今は陣衛が氷雨の組だ。指導であれば、陣衛もこれをするのか。無口な父に鍛えられた陣衛としては、友坂の様に適切に指導できるか、不安を抱くには十分な光景なのであった。
話は移り、昨今の困りごとの愚痴がはじまる。既に食事を終えた陣衛はさっさと自席に戻る気でいたが、気になる話に動きを止める。
「――ああ、その話か。俺も聞いている。既に三つ四つは行方知れずの商隊があるらしい。その話とどこまで重なるかは分からんが、片手では利かないかもしれんな」
「これも竜人の仕掛けになるのかねぇ。知ってるか、巷じゃ大崩し再びだなどと噂が流れているらしいぞ」
「ただでさえ城下にあやかしが出た直後でありますし、不安が噂を生むのも仕方ないかも知れませんね。笠間殿が斬り捨てた竜人、他に入り込んでいたらと考えれば切りがありませんから」
確かに。陣衛も思わず頷くが、朝芳が事もなげに言う。
「侵入したあやかしは二体。城下の安全はすでに確保されているさ」
「……どこからの話だ?」
「俺。残りの一体は昨日俺が斬った」
この一言に全員が目を見開く。さすがの陣衛も驚きに口が開いている。いたずらが成功した悪童のごとき笑みで朝芳は鼻を鳴らす。
「内々で調査は進んでいる。ま、辻堂なんでな、そういう役目も回ってくるのさ」
「……そうか、辻堂だとそういうこともあるのか」
「そうなのか?」
疑念を発する陣衛に、友坂と朝芳があきれ顔を示す。氷雨ですら驚きの顔である。
「市井の出の俺が知ってるのに、武門の出の笠間が何で知らんのだ……」
「無駄だ、友坂殿。こいつにとっては出自なんざ米粒一つほどの価値もないんだ。相馬は見習うんじゃないぞ」
「……はい」
憮然とする陣衛だが、事実だから返す言葉もない。
「はぁ……。俺は商家の出だからな。そういう情報が必要なんだよ」
「そうか。…………商家、と言うなら茶の扱いはあるか?」
「あ? 茶ぁ? 笠間、お前ね、話を変えるにしても作法ってのがあるだろうが」
「あ、あの! うちの取り扱いは木材ですので、友坂殿であれば扱いであると思います!」
あんまりな話の切り替えに朝芳が眉を潜めれば、慌てて氷雨が話の流れを継ぐ。新人である氷雨からすれば、こんなつまらないことでいさかいなど起こして貰っては困るのだ。
名を上げられた友坂は呆れた様子だが、まあそれでも良いかと雑な所感である。商人上がりといわれ、草履だの雑巾だのを用意しておけと言われたことは苦い記憶としてある。しかし、陣衛の態度は真実ただの確認でしかなかった。まともに店の取り扱い品を聞かれれば悪い気がすることもなく。
「……あったと思うが、なんだ、気に入っている茶葉でもあるのか?」
「センブリ茶を頼みたい。薬草茶だが。商隊の絡みになるが、入ってこないらしい」
「そこに戻ってくるのな。センブリ茶ね、分かった。確認してみよう」
「お前ね、友坂殿を商人扱いするんじゃないよ」
「実家のことなら知っているものではないのか?」
だからな、といさめようとする朝芳を制して、友坂が笑う。
「いいさ。素で言ってるのも分かる。出歩きを制限されてるんだ、一つ二つの楽しみくらいあってもいいだろう。堅物の笠間であってもな、素直になるべきなんだよ、時々はな」
「……送り先を指定できるか?」
陣衛の言葉に今度こそ友坂が首をかしげる。先達を良いように扱いすぎだろうと朝芳が陣衛の頭をはたき、結わえられた長い髪が揺れる。
「ああ、そういう……。じゃ、あとで必要なものと、送り先の書き付けをよこせ。代わりにそうだな、この件が済んだらここらで美味い店を教えろ」
正直たまには美味い昼飯を食いたいんだ。友坂は小声でそう嘯くのであった。