金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」 作:あばなたらたやた
豊川家の屋敷は静かにそこにあった。
広大な門扉と石造りの佇まい。この一族が積み上げてきた歴史と権威を物語っている。だが今、門前だけは、異質な緊張感に満ちていた。
手荷物だけを携えた豊川祥子が、屋敷に背を向けて立っている。その視線の先には、黒髪を整えたひとりの青年、彼女の兄であり、大学生の豊川真我がたたずんでいた。
手ぶらのまま、ただ静かに妹を見つめる真我を、祥子は鋭い視線で睨みつけた。
「……止めに来ましたの?」
声音には、抑えきれない怒りと失望が入り混じっていた。
真我は静かに首を横に振る。
「違うよ」
「では何ですの」
「見送りに来た」
「祖父様の命令で?」
「僕は豊川家の人間だからね。豊川に忠実であれ。それが僕の役目だからね」
その言葉を聞いた瞬間、祥子の表情が険しく強張る。
「……やはりそうですのね。貴方も結局、豊川なのですわ。頑張って愛を注いでくれた父を見捨て、一族を選ぶ。立派ですこと」
静観する真我に対し、祥子はたたみかけるように言葉を重ねる。
「わたくしは違います。お父様はすべてを失いました。だからわたくしはお父様について行きます。誰が何を言おうと」
正面から真我を見据え、踏み出す。
「貴方が止めようとしても。祖父様が命じようとも私は、私の心に従いますわ」
まだ高校生にすら満たない少女のものとは思えないほど、揺るぎない覚悟。
真我は頷いた。
「うん、いいと思う」
「祥子さんが決めたんだ。なら、僕はその決断を尊重するよ」
祥子は言葉を失った。責め立てられ、引き留められることを覚悟していた彼女の予測は、目の前の兄によってあっさりと覆された。
「祥子さん、君が選んだ道は、たぶん茨の道になる。楽ではないし、理不尽もある。努力しても報われないかもしれない」
祥子は無言で言葉を噛み締めていた。鞄の持ち手を握りしめる祥子の指に、ぎゅっと力がこもる。
「それでもその道を望むなら、進むといい。僕は止めない。そして、もし逃げたくなったら、逃げてもいい。助けてほしいと思ったら僕を頼ってほしい。誰にも言えないことがあるなら僕に話してほしい。君がどんな選択をしても、僕は貴女を尊重する」
祥子は足元へ視線を落とし、息を呑んだ。やがて静かに吐き出すと、ゆっくりと顔を上げる。
「……お兄様は本当に」
瞳を少し細めたその声から、先ほどまでの刺々しさは消えていた。
「本当に、お人好しですわね」
「そう思ってくれるなら、頼って欲しい。大丈夫。僕は祥子さんの味方でありたいと思うから」
困ったように頬を緩めた。
祥子は歩みを進める。屋敷に続く重苦しい門ではなく、父の待つ未知の未来へ歩き出す。
その直前、足を踏み止まり。
「……後悔はしません。ですが、お兄様の気持ちは受け取ります。どうか息災で」
真我は静かに肯く。
「では、ごきげんよう。お兄様」
祥子は一度も振り返らなかった。遠ざかっていく華奢な背中を、真我は姿が見えなくなるまで見送リ続けた。
追うことも、呼び止めることもしない。ただ、いつかその背中が傷つき折れそうになったとき、いつでも羽を休められる場所であり続けようと、冷たい風の中で静かに心に誓っていた。
サブストーリーとして一番交流してほしいキャラは?(メインは祥子と初音
-
若葉睦
-
椎名立希
-
長崎そよ
-
高松燈
-
野良猫
-
祐天寺にゃむ
-
八幡海鈴
-
モーティス