金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」   作:あばなたらたやた

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一話

 

 豊川家の屋敷は静かにそこにあった。

 広大な門扉と石造りの佇まい。この一族が積み上げてきた歴史と権威を物語っている。だが今、門前だけは、異質な緊張感に満ちていた。

 

  手荷物だけを携えた豊川祥子が、屋敷に背を向けて立っている。その視線の先には、黒髪を整えたひとりの青年、彼女の兄であり、大学生の豊川真我がたたずんでいた。

 手ぶらのまま、ただ静かに妹を見つめる真我を、祥子は鋭い視線で睨みつけた。

 

「……止めに来ましたの?」

 

 声音には、抑えきれない怒りと失望が入り混じっていた。

 真我は静かに首を横に振る。

 

「違うよ」

「では何ですの」

「見送りに来た」

「祖父様の命令で?」

「僕は豊川家の人間だからね。豊川に忠実であれ。それが僕の役目だからね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、祥子の表情が険しく強張る。

 

「……やはりそうですのね。貴方も結局、豊川なのですわ。頑張って愛を注いでくれた父を見捨て、一族を選ぶ。立派ですこと」

 

 静観する真我に対し、祥子はたたみかけるように言葉を重ねる。

 

「わたくしは違います。お父様はすべてを失いました。だからわたくしはお父様について行きます。誰が何を言おうと」

 

 正面から真我を見据え、踏み出す。

 

「貴方が止めようとしても。祖父様が命じようとも私は、私の心に従いますわ」

 

 まだ高校生にすら満たない少女のものとは思えないほど、揺るぎない覚悟。

 真我は頷いた。

 

「うん、いいと思う」

「祥子さんが決めたんだ。なら、僕はその決断を尊重するよ」

 

 祥子は言葉を失った。責め立てられ、引き留められることを覚悟していた彼女の予測は、目の前の兄によってあっさりと覆された。

 

「祥子さん、君が選んだ道は、たぶん茨の道になる。楽ではないし、理不尽もある。努力しても報われないかもしれない」

 

 祥子は無言で言葉を噛み締めていた。鞄の持ち手を握りしめる祥子の指に、ぎゅっと力がこもる。

 

「それでもその道を望むなら、進むといい。僕は止めない。そして、もし逃げたくなったら、逃げてもいい。助けてほしいと思ったら僕を頼ってほしい。誰にも言えないことがあるなら僕に話してほしい。君がどんな選択をしても、僕は貴女を尊重する」

 

 祥子は足元へ視線を落とし、息を呑んだ。やがて静かに吐き出すと、ゆっくりと顔を上げる。

 

「……お兄様は本当に」

 

 瞳を少し細めたその声から、先ほどまでの刺々しさは消えていた。

 

「本当に、お人好しですわね」

「そう思ってくれるなら、頼って欲しい。大丈夫。僕は祥子さんの味方でありたいと思うから」

 

 困ったように頬を緩めた。

 祥子は歩みを進める。屋敷に続く重苦しい門ではなく、父の待つ未知の未来へ歩き出す。

 その直前、足を踏み止まり。

 

「……後悔はしません。ですが、お兄様の気持ちは受け取ります。どうか息災で」

 

 真我は静かに肯く。

 

「では、ごきげんよう。お兄様」

 

 祥子は一度も振り返らなかった。遠ざかっていく華奢な背中を、真我は姿が見えなくなるまで見送リ続けた。

 

 追うことも、呼び止めることもしない。ただ、いつかその背中が傷つき折れそうになったとき、いつでも羽を休められる場所であり続けようと、冷たい風の中で静かに心に誓っていた。

 

サブストーリーとして一番交流してほしいキャラは?(メインは祥子と初音

  • 若葉睦
  • 椎名立希
  • 長崎そよ
  • 高松燈
  • 野良猫
  • 祐天寺にゃむ
  • 八幡海鈴
  • モーティス
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