■金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」 作:あばなたらたやた
午前十時五十五分。
事務所ビルの一室へ向かいながら、真我は廊下の壁に掛けられた鏡へと視線を向けた。乱れを直すほど髪型は崩れていない。ネクタイも十分整っている。それでも彼は、結び目をほんの数ミリだけ調整した。
定治の前で見せた、感情を押し殺したビジネスパーソンの顔。そして、トイレの個室で一人頭を抱えていた、等身大の若者の顔。
そのどちらでもない。
今ここで必要なのは、現場で人を支える支援員としての表情だった。
胸中で静かに確認すると、ドアを二度ノックする。
「はーい、どうぞー!」
室内から弾むような声が返ってくる。
真我は一呼吸置いてからドアを開けた。
部屋には二人の少女がいた。
ソファーの端で静かにスマートフォンを眺めている三角初華。
その隣でパイプ椅子に浅く腰掛け、大きな身振りを交えながら何かを話している純田まな。
二人の空気は対照的でありながら、不思議な調和を保っていた。
「あ、おはようございます! 今日から担当してくださる方ですか?」
まなの反応は驚くほど早かった。勢いよく立ち上がると、そのまま深々と頭を下げる。
屈託のない笑顔。
人懐っこい第一印象。
その一瞬だけ、こちらを値踏みするような鋭い視線が宿ったことを真我は見逃さなかった。
「初めまして。豊川グループより出向してまいりました、真我と申します」
穏やかな口調で名乗る。
「表向きは業務プロセスの監査と現場環境の改善ですが、実際にはお二人のスケジュール管理や心身のコンディションを含めた総合支援を担当いたします」
単純に業務過多。
「うわぁ、なんかすごく堅そう!」
まなが思わず吹き出す。
「でも、よろしくお願いしますね、真我さん!」
差し出された手を、真我も自然な笑みで握り返した。
力は入れすぎず、距離も近づきすぎない。
信頼を築く第一歩は、相手に安心を与えることだ。
「よろしくお願いします、純田さん」
そして視線をもう一人へ向ける。
「……三角さん」
静かに立ち上がった少女が、小さく頭を下げた。
「三角初華です。よろしくお願いします、真我さん」
柔らかな微笑み。
姿勢。
声量。
視線。
どれも教科書通りと言っていいほど整っていて理想的なアイドルだった。だからこそ、不自然な感覚を抱く。
完成されすぎている。
感情を見せないために作られた仮面のような、美しすぎる笑顔だった。
脳裏によぎるのは、先ほど聞かされた言葉。
『手綱を握れ。躾けろ』
(力で押さえつける以外の方法を模索していきたいな)
目の前にいるのは危険物ではない。
一人の少女だ。それを忘れた時点で、支援などできるはずがない。
「お二人とも、最近はかなりお忙しいと伺っています」
真我は自然に話題を切り出す。
「特に改編期に入り、sumimiの露出はさらに増えるでしょう。現場で困っていること、不安なこと、不満なことがあれば、遠慮なく教えてください」
一拍置いて続ける。
「私は”現場の声を聞くように”と命じられて来ています」
その瞬間だった。
初華の指先が、ごくわずかに震える。
ほんの一瞬。
瞬きをするほどの時間だったが、その裏の意図を察したように反応した。
誰にも言えない何かを抱えている。
その確信だけは得られた。
「あのね、真我さん!」
空気を破ったのは、まなだった。
「初華ちゃん、最近全然寝てないんですよ!」
勢いよく身を乗り出す。
「楽屋でもずっと曲のこと考えてるし、移動中もずっと何か書いてるし……。マネージャーさんに相談しても『今が売り時だから』って流されちゃって!」
真我へ向かって両手をぶんぶん振る。
「なんとか言ってやってください!」
「まなちゃん」
初華が困ったように笑う。
「私は本当に大丈夫だよ。好きでやってることだから」
「ほら!」
まなが両手を広げる。
「こうやって絶対『大丈夫』って言うんです!」
その声に苛立ちはない。あるのは純粋な心配だけだった。
真我は二人を静かに見比べる。
初華は無理を隠そうとしている様子だ。
まなは、それを感覚で察して守ろうとしている。互いに支え合っている。だからこそ、このユニットは今も立っていられる。
定治は彼女たちを「管理対象」と呼び、初華を「爆弾」と切り捨てた。だが、真我の目に映る光景は違う。
ここにあるのは危険物ではない。
過酷な芸能界という戦場で、互いの手を離さないよう必死にもがき続ける、二人の少女の姿だった。
「……承知しました」
真我はゆっくりとうなずいた。
「純田さんの懸念はもっともです。過労で初華さんが倒れるような事態は避けなければなりません」
まっすぐ初華を見る。
「本日中にマネジメント側と調整し、最低限の休息時間を確保できるようスケジュールを組み直します」
初華の瞳がわずかに揺れた。
「え……でも、それでは番組関係者の皆さんにご迷惑が……」
「調整するのが私の仕事です」
真我は穏やかに言う。
「現場に迷惑を掛けない方法を考えることも含めて、私の役目です」
そして、ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
「初華さん」
落ち着いた声が部屋に響く。
「誰か一人の犠牲の上に成り立つ輝きは、長く続きません」
一拍。
「私は、お二人が納得して笑っていられる現場を作りたい。そのために来ました」
静寂が訪れる。
初華は真我を見つめたまま、何も言わない。だが、その瞳の奥では、完璧な仮面に小さなひびが入ったようだった。
戸惑い。
驚き。
ほんの少しだけ安心。
そのすべてが、一瞬だけ表情に浮かぶ。
「……ふふっ」
先に笑ったのはまなだった。
「真我さんって、思ってたよりずっと頼りになる人かも!」
「ありがとうございます」
初華も頭を下げる。
先ほどまでの営業用の笑顔とは違う。
そこには、ほんのわずかではあるが、人の温度が宿っていた。
「では」
真我はタブレットを開き、仕事の顔へ戻る。
「まずは本日の行程表を確認しましょう」
ページをめくったところで手が止まる。
「……あの、純田さん」
「はい?」
「この経費申請書ですが」
一枚持ち上げる。
「領収書の貼り方が……なかなか独創的ですね」
「あっ! それ急いでいて」
真我は真顔のままうなずいた。
「芸術点は高いのですが、経理担当は泣いてしまいます」
「うわぁぁぁ、ごめんなさい!」
頭を抱えるまな。
部屋に小さな笑いが広がる。
その様子を見ながら、初華も思わず口元を緩めていた。
仕事は山積みだ。問題も、おそらく一つや二つでは済まない。
それでも、と真我は静かに確信する。
まずは、この二人の味方になること。
そこからすべてが始まるのだと。
彼は誰にも気付かれないほど小さく息を吐き、支援員としての最初の一歩を、確かに踏み出した。
サブストーリーとして一番交流してほしいキャラは?(メインは祥子と初音
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若葉睦
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椎名立希
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長崎そよ
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高松燈
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野良猫
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祐天寺にゃむ
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八幡海鈴
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モーティス