■金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」 作:あばなたらたやた
休日の昼下がり。郊外の閑静な住宅街に、真我の足音が静かに響いていた。
目的の邸宅の前で立ち止まり、インターホンを押す。電子音が一つ鳴り響いた後、ほどなくして重厚な扉が静かに開いた。
「……どうぞ」
出迎えたのは、若葉睦だった。
相変わらず表情に乏しく、捉えどころのない雰囲気をまとっている。しかし、その瞳の奥には隠しきれない色濃い疲労感が滲み出ていた。
「お邪魔します」
促されるままに室内へ足を踏み入れる。
リビングは綺麗に整理整頓され、窓際には瑞々しい葉を付けた観葉植物が整然と並べられていた。テレビの電源は落とされ、静寂だけが空間を満たしている。
あまりにも静かで、生活感がありながらもどこか浮世離れした部屋だった。真我がローテーブルを挟んでソファに腰を下ろすと、睦は湯気の立つ湯飲みを静かに差し出してきた。
「ありがとう」
真我が礼を言うと、睦は小さく首を縦に振るだけだった。
そのまま、静寂が流れる。
真我を呼び出したはずの睦自身が、口を開こうとしない。だが、真我は急かすような真似はしなかった。
急かしても意味がないことを、彼女の観察を通して理解していたからだ。ただ静かに温かいお茶に口を付け、相手のペースを保ち続ける。
やがて、湯呑みを両手で包み込んだ睦が、ぽつりと絞り出すように口を開いた。
「……困ってる」
「ほう」
「……よくわからない」
余計な飾りの一切ない、切実な言葉だった。
真我は表情を変えず、静かに頷く。
「困っている、か。どうしたら良いかわからないってことかな、うん、了解。事情を詳しく聞かせてもらえる?」
睦は数秒ほど思考を巡らせるように目を泳がせ、ゆっくりと自身の現状を言葉に置き換え始めた。
「……そよが」
「はい」
「さきを……探してる」
真我は手帳を取り出すこともなく、ただ相手の顔を見つめて促す。
「そよさんが祥子さんを探している、と」
「私のところに来る」
「長崎さんが、睦さんのところへ、直接?」
「うん」
睦は困惑を隠しきれない様子で、視線を机の木目へと落とした。
「昔から……知ってるから」
「幼馴染だから知っているだろう、と」
「うん。……さきのこと、知ってると思われてる」
「実際のところは?」
「知ってる」
「……はい、はいはい。なるほど?」
「でも」
睦は小さく、首を横に振った。
「さきは……知られたくない」
短く素朴な語彙。だが、置かれた状況の複雑さを理解するには十分だった。
真我は頭の中で素早く状況の整理を開始する。
「整理させて。長崎さんは祥子さんを心配し、その手掛かりを求めて睦さんの元を訪れている」
「うん」
「一方で祥子さん本人は、自身の居場所や現状を周囲に知られたくはない」
「うん」
「そして睦さんは、その双方から板挟みのような形で追及を受けている……合っていますか?」
「うん」
睦は即座に頷いた。
「私は……嘘つくの苦手」
「少なくとも弁が立つ方ではないね」
「でも……言えない」
「ええ」
「だから……困る」
眉根を寄せ、心底困り果てたように俯く少女の姿を、真我は静かに観察する。
「なるほど、困る、と。そういうね。長崎さんは、具体的にどのような聞き方をしてくるの?」
「『祥子ちゃん、最近どうしてる?』とか」
「はい」
「『連絡、取れない?』とか」
「ええ」
「『最近、会ってない?』とか。普通に、聞いてくる」
「詰問するような、あるいは責め立てるような強い態度で?」
「違う……本当に、心配してる」
その言葉に嘘や偽りは一切なかった。
睦は決して長崎そよを悪者にはしない。そよの善意と心配を理解しているからこそ、それを無碍にできず、逃げ場を失っているのだ。
「祥子さん側の意向は?」
「知られたくない」
「絶対に?」
「……たぶん。少なくとも……私からは言わないでほしいって、思ってる」
真我は軽く腕を組み、トントンと人差し指で腕を叩いた。
「大まかではあるけど、状況は把握できた。できたけど、かなりヘビィな状態だ」
睦が不安と期待の入り混じった瞳で、縋るように真我を見上げる。
「どうしたらいい?」
迷いと疲弊が滲む問いかけ。
真我はすぐには答えず、彼女の瞳をじっと見つめた。
「睦さん」
「なに?」
「まず確認たけど……睦さんは、長崎さんにとっても、祥子さんにとっても『良い味方』でいようとしてないかな」
睦は意図を掴みかねたように、パチパチと瞬きをした。
「……うん。二人とも……大事だから」
真我の口元に、思わず苦笑が漏れる。
「だからこそ、これほど激しい板挟みに遭っている」
「……うん」
「双方を傷つけたくない。双方の期待に応えたい。だからこそ、二人の間に挟まれて『自分が一番苦しくなる選択』を無意識に選び続けているように見えた」
睦はゆっくりと頷き、自嘲気味に呟いた。
「……うん」
「その気持ちは悪いものではない。むしろそれは優しさという尊重するべきのだと思う。でも、でも、だよね」
真我は組んでいた腕を解き、指を交差させた。
「ごめんだけど、そのやり方は長くは続かないと思う」
睦が身を強張らせる。
「どちらにも誠実に、どちらにも角が立たないようにすればするほど、八方美人になるんだ。双方に対して曖昧な態度を取ることになり、そしてその『曖昧さ』こそが、時間の経過とともに、相手の中に深い疑念や不信感を生み出すことに繋がる……確率がすごく高い」
「……」
「だから、長崎さんに対する応対の『答え』そのものを変えることをお勧めしたい、と僕はと思うかな」
睦が首を傾げた。
「次回、長崎さんから祥子さんの件を聞かれたら……こう答えてみて」
真我は低く、落ち着いた声で言い渡す。
「さきのことは、言えない。絶対に」
睦は目を丸くした。
「言えない……?」
「うん。『知らない』と嘘をつく必要はない。『知っている』と認める必要もありません。なぜ話せないのかという理由すら、説明しなくて大丈夫。ただ毅然と『言えない』とだけ伝える」
「……それで、いいの?」
「嘘じゃないし、肝心の睦さんの意思はそこにあるわけだからね」
真我は静かに微笑んだ。
「睦は祥子さんとの約束と秘密を守っているだけ。そして長崎さんも、『若葉睦には話せない事情がある』ということだけは正当に理解できる。お互いの境界線を明確にすれば、進展はするよ」
湯呑みを抱えたまま、真意を測るように考え込んだ。
「……そよちゃん、怒らない?」
「怒る可能性はある。期待通りの答えが得られなかったからね」
「……っ」
「だけどさ」
真我は優しく、けれど諭すように言葉を継いだ。
「その怒りは、若葉さんが一人で背負うべきものじゃないんですよ。長崎さんが『知りたい』という欲望と、祥子さんが『隠したい』という拒絶。二つの衝突を、あなたが自分の身を削ってまで受け止める必要はない」
「……!」
「改めて言うよ。睦さんの問題ではない。これは長崎そよさんと、豊川祥子さんの対立なんです」
静かなリビングに、時計の針の音だけが響く。
睦はしばらくの間黙り込み、真我の言葉を一つひとつ自分の心の中に落とし込んでいった。
やがて――ふっと、小さな息が彼女の唇から漏れた。
「……そう」
その呟きには、長年肩に重くのしかかっていた不可視の荷物が、少しだけ軽くなったような安らぎの響きが含まれていた。
「真我……さん」
「はい」
ほんの少しだけ、本当に微かにだが、睦の口元が緩んだ。
「……よかった」
そのかすかな変化を見逃さなかった真我は、肩の力を抜いて苦笑した。
「そう言っていただけると助かるよ……では相談料として、お茶のおかわりをもらえるかな?」
睦はこくりと頷き、小さく口を開く。
「……それなら、払える」
そう言ってトコトコとキッチンへ向かっていく彼女の後ろ姿は、真我がこの家を訪れた時よりも、ほんの少しだけ軽やかに見えたのだった。
サブストーリーとして一番交流してほしいキャラは?(メインは祥子と初音
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若葉睦
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椎名立希
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長崎そよ
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高松燈
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野良猫
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祐天寺にゃむ
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八幡海鈴
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モーティス