金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」 作:あばなたらたやた
夕暮れ前の住宅街。
歩道の脇で、一人の少女がしゃがみ込んでいた。制服姿の少女は、小さな石をじっと見つめている。
風が吹く。
石が、ころり、と転がった。
「……あ」
少女は吸い寄せられるように一歩踏み出す。
石は車道へ。
少女も、そのまま追いかけようとした。
その瞬間だった。
「危ない!」
黒髪の青年が駆け出した。豊川真我は少女の身体を抱き寄せ、その勢いのまま歩道へ転がる。
直後、一台の車が目の前を通り過ぎた。
ガリッ。
真我の腕が縁石に強く擦れ、大きく皮膚が裂ける。
赤い血が制服の袖を伝って滴り落ちた。
「……わぁ」
少女は息を呑む。
次の瞬間、慌てて自分の制服の裾へ手を伸ばした。
「だめ……血……」
止血しようと布を押し当てようとする。
真我は優しく首を振った。
「大丈夫」
穏やかな声だった。
「怪我は軽いものだから」
「制服。汚れる。それは……駄目」
少女の手が止まる。
そこで真我は、改めて少女の顔を見た。
透き通るような瞳。
どこか儚げな表情。
そして思い出す。
祥子が何度も話していた少女。
「……君は、高松燈さん?」
少女は驚いたように瞬きをした。
「……名前、知ってるの?」
「祥子さんから聞いていたよ。ボーカルの、高松燈さん」
燈は小さく頷いた。
「……うん」
真我は柔らかく笑った。
「無事でよかった」
その言葉に、燈は自分ではなく真我の腕を見つめる。
「……血」
「病院へ行けば治るよ。だから安心して」
燈は何か言いたそうに唇を動かした。しかし、結局何も言えなかった。
その後。
二人は豊川家の屋敷へ移動し、手当てを終えた真我は客間へ燈を案内していた。
温かな紅茶の湯気が立ち上る。
燈は落ち着かなさそうにカップを両手で包んでいた。
「……真我さん」
「うん」
「さきちゃん……の、お兄さん?」
「その通り」
真我は微笑む。
「祥子さんと仲良くしてくれてありがとう。ライブも拝見したよ。とても良かった」
燈は目を丸くした。
「……ほんと?」
「うん。本当。皆さんの想いが、そのまま音になっていた」
「……でも」
燈は少し俯く。
真我は続きを急かさない。
燈はしばらく黙っていた。
そして、小さな声で話し始めた。
「……ライブ。たくさん……褒めてもらえた」
「うん」
「でも」
燈は膝の上で指先を重ねる。
「『ボーカルが必死すぎる』って」
その一言だけで十分だった。
真我は静かに耳を傾ける。
「……さきちゃん、コメント……見てた」
「うん」
「顔……変わった……私のせい」
その言葉は、自分に言い聞かせるようだった。
「私が……もっと。上手だったら。もっと……普通だったら。さきちゃん……嫌な思いしなかった」
真我は少しだけ考えた。
否定はしない。
まずは確認する。
「燈さん。そのコメントを書いた人は、燈さんの全部を知っているのかな」
燈は首を横に振る。
「……知らない」
「歌詞を書いたことも?」
「……知らない」
「どういう気持ちで歌ったかも?」
「……知らない」
真我は静かに頷く。
「じゃあ。その人が見たのは。数分間のライブだけだね」
燈は小さく頷いた。
「うん……」
「一方で、僕は歌詞も読んだ」
真我は穏やかな声で続ける。
「あの歌は、上手に歌おうとして生まれた歌じゃない。生きようとして、生まれた歌だ」
燈は息を止めた。
「だから僕には必死だったことが欠点には見えなかった。むしろ、その必死さが歌に力を与えていた」
燈の瞳が揺れる。
「……でも。さきちゃん。悲しそうだった」
「うん」
真我は否定しない。
「さきさんは、燈さんを責めていたと思う?」
燈は首を横に振る。
「……違う」
「じゃあ、何に苦しそうだったんだろう?」
燈は考える。
長い沈黙。
真我は待つ。
「……守れなかった、から」
燈はぽつりと呟いた。
「守れない?」
「……さきちゃんは、優しいから。私が駄目だって言われる、のは、嫌だった……とか」
真我は優しく笑った。
「僕もそう思う。祥子さんは、自分が傷つくことより。仲間が傷つくことの方が苦しい人だから」
燈はゆっくり顔を上げた。
「だから燈さんが、自分を責め続けると祥子さんはもっと苦しくなる」
燈は目を見開く。
「……」
「もし祥子さんを安心させたいなら。『私、大丈夫』って笑ってあげることかもしれない」
燈の瞳に、少しだけ光が宿る。
「……笑う」
「うん」
「燈さんの歌は苦しみから生まれている。でも、それで歌う人まで、ずっと苦しみ続けなていい」
燈は胸の前で両手をぎゅっと握り、小さく、小さく頷いた。
「……うん」
その返事は頼りなかった。けれど先ほどまでとは違い、自分を責めるためではなく、少しだけ前を向こうとする意思が宿っていた。
真我はそんな小さな変化を見守るように、静かに微笑んでいた。
夕焼けが庭を橙色に染めていた。
豊川家の屋敷の庭園。
真我は、テラスへと出る。高松燈は庭の片隅にしゃがみ込み、小さな四つ葉のクローバーをじっと見つめていた。
「見つかった?」
真我が声を掛けると、燈はゆっくり振り返る。
「……まだ」
「難しいね」
「うん」
真我も隣にしゃがみ込んだ。
二人で芝生を眺める。
沈黙が続く。しかし、不思議と気まずさはなかった。しばらくして燈がぽつりと話し始める。
「……みんな。私より、話すの……上手」
「そう感じるんだね」
真我は相槌を打つ。
「……私は、言葉……遅い。何を言えばいいか……分からない。だから迷惑。私はみんなと同じ景色を見れない」
真我はすぐには答えなかった。
燈の言葉を最後まで待つ。
「人間になりたいって……そう思う。私は人の輪に入れない」
ようやく話し終えると、真我は一本の草を摘みながら言った。
「そうか、確かに、そうかもね。人と感性が違えば自分は外側にいる感覚になるかも。でも僕は、燈さんが輪の外にいるとは思わなかったよ」
燈は首を傾げる。
「なんで……?」
「燈さんは、話す前に考えている。だから時間がかかる。でも、その時間は無駄じゃない」
「……」
「思ったことをすぐ口にする人もい。じっくり考えてから話す人もいる。どちらが正しい、ということじゃない。スタイルの話だ。事実、バントメンバーは尊重してくれたでしょう?」
燈は真我の横顔を見る。
「僕はね。燈さんが一つ言葉を話すまで待つ時間、嫌いじゃないよ。その時間も、燈さんらしさだから」
燈は目をぱちぱちと瞬かせた。
「……待って、くれるの?」
「もちろん」
真我は笑う。
「会話って、速さを競うものじゃないでしょう? 感性だって似た人が多いけど、だからと言って少数の人が悪ではない。大切なのは、それをどう扱うかだからね」
燈は少し考えてから、小さく笑った。
「……そうかな」
「あくまで僕の考えだかどね。それに」
真我はクローバーを指差す。
「燈さんは、人が見落とすものを見つけるのが上手だ。さっきの石も、このクローバーも、歌詞も、普通の人なら通り過ぎるものを、大切に拾い上げている。それは燈さんの才能であり、誇るべきものだ」
燈は困ったように俯く。
「……才能」
「うん、僕には書けない歌を書ける。僕には見えない景色を見ている。だから祥子さんも、燈さんとバンドを組みたかったんじゃないかな」
燈の瞳が少しだけ潤む。
「……さきちゃん。好き」
「うん」
「でも」
「苦しそう」
「そうだね」
真我は否定しなかった。
「さきちゃん、今、とても苦しいと思う」
「だから僕も心配している。」
燈は真我を見つめる。
「……助けたい」
「その気持ちは、きっと届くよ」
「……届く?」
「うん。すぐじゃないかもしれない。拒まれることもあるかもしれない。でも、人はね。『助けたい』と思ってくれたことは、案外忘れないものなんだ」
燈は静かに息を吐いた。
「……私、また歌う」
「うん」
「さきちゃんに届くように」
真我は嬉しそうに頷いた。
「君の想いの歌なら、きっと届く」
燈は空を見上げる。
夕暮れの雲がゆっくり流れていた。しばらくして、彼女は小さく口を開く。
「……真我、さん」
「うん?」
「今日、助けてくれて、ありがとう…………ございます」
真我は照れくさそうに笑う。
「こちらこそ燈さんと話せて良かった」
「……私も」
その返事は小さかった。けれど今までよりも、ずっと自然な笑顔がそこにはあった。
真我はその笑顔を見て安心する。
燈は、自分を大きく見せようともしない。
無理に明るく振る舞おうともしない。
ただ、自分の言葉で、自分の歩幅で、人と繋がろうとしている。
その誠実さこそが、高松燈という少女の一番の魅力なのだと、真我は改めて感じていた。
◼️真我はノートを取り出し、静かに書き綴る
……燈さんは、不思議な子だった。
初めて会ったのは、石を追いかけて車道へ出ようとした瞬間。
普通なら「危なかったね」「気を付けて」
そんな話になる。でも彼女が最初に見ていたのは僕じゃなかった。
僕の怪我だった。
「血」
その一言だけで、彼女が何を考えているのか分かった。
ああ、この子は自分より先に、人を心配する子なんだ、と。
……その後も同じだった。
ライブの話。批判されたのは、コメントを書いた誰か。
苦しんだのは祥子さん。でも、それの責任があると責めていたのは、自分。
自分で自分を責めた。
「私がもっと上手だったら」
そう考えてしまう。
優しいから、では説明しきれない。他人の感情まで、自分の責任として抱えてしまう、そんな癖がある。だから否定はしなかった。
「違うよ」
と言っても、きっと届かない。
彼女はちゃんと考える子だから。だから質問した。
「その人は、燈さんの全部を知っているのかな」
彼女自身に、少しだけ視点を広げてもらいたかった。自分を責める以外の考え方もあると気付いてほしかった。
歌の話も同じだった。
「必死すぎる。」
そう言われたらしい。
でも僕は、逆に安心した。
あの歌は、綺麗に歌うための歌じゃない。生きるための歌だった。だから必死なのは欠点じゃない。
証拠なんだ。
今も生きようとしている証拠。
そして、庭で話した時間。
あれが一番印象に残っている。
燈さんは、話すのが遅いことを気にしていた。でも僕は、一度も待つことを苦痛だと思わなかった。むしろ、言葉を選ぶ時間ごと、彼女らしかった。
今は速さが評価される。
すぐ返事をする。
すぐ結論を出す。
でも、考える時間にも価値はと僕は思う。
燈さんは、その価値を教えてくれる人なのかもしれない。
それにしても。
「助けたい。」
あの一言は、とても綺麗だった。
助けなきゃ。じゃない。助けたい。そこには義務がない。見返りもない。
ただ願いだけがある。だから、きっと届く。届いてほしい。
そう思えた。
内なる自分がやってくる。
「今日の話は、少し変わっていたね」
変わってた?
「君は今日、一度も燈の感受性を変えようとはしなかった」
……そうだね。変える必要を感じなかった。
「なぜ?」
あの子の苦しみは、感受性から生まれている
。でも、歌も同じ場所から生まれている。もし「そんなに気にしなくていい」と言ってしまえば、歌まで薄くなってしまう気がした。
「その通り。欠点を消せば、長所も消える。繊細さを失えば、傷つかなくなる。しかし同時に、人の痛みにも気付けなくなる。だから君は修正しなかった」
修正したのは向ける方向だけ。
自分へ向けていた責任を、少しだけ外へ広げてもらった。
それだけ。
「良い判断だ。君は人格を作り変えるが目的ではない。その人の長所を壊さず、生きやすい方向へ少しだけ舵を切ることだ。燈の繊細さは弱さじゃない。扱い方が難しい才能なんだ」
……才能か。
「そう。石が転がる音で足を止める。四つ葉を探し続ける。誰かの表情の変化に気付く。言葉になる前の感情を歌にする。普通の人が見過ごすものを拾えるからこそ、彼女は苦しむ。そして、その苦しみから産まれたものが、誰かを救う歌になる」
だから僕は、あの子に「変わってほしい」とは思わない。
苦しみ続けてほしいわけでもない。ただ、その優しさが自分自身まで傷つけないように少しだけ休める場所があればいい。
それだけを願っている。
サブストーリーとして一番交流してほしいキャラは?(メインは祥子と初音
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若葉睦
-
椎名立希
-
長崎そよ
-
高松燈
-
野良猫
-
祐天寺にゃむ
-
八幡海鈴
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モーティス