■金持ち大学生「どうしたん? 大丈夫? 話きこか?」   作:あばなたらたやた

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6話:自問自答

 

 

 

 ……結局。

 僕は誰も救えていない。

 祥子さんは苦しみ続けている。

 睦さんは自分を責めている。

 立希さんは居場所を探している。

 燈さんは人の痛みを抱え込んでいる。

 僕は話を聞いただけだ。

 

「本当にそう思う?」

 

 少なくとも、問題は残った。

 解決していない。

 

「それは当然だ。君は魔法使いじゃない。人間一人の人生を、一時間の会話で変えられると思う方がおかしい」

 

 でも、もっと上手くやれたんじゃないかな。

 もっと説得できたかもしれない。

 もっと背中を押せたかもしれない。

 

「その『もっと』は、誰のためだ?」

 

 答えられない。

 

「祥子を安心させるためか。それとも、君自身が安心したいからか」

 

 ……たぶん。

 両方だ。

 

「なら忘れるな。支援者も人間だ。『助けたい』という感情には、必ず自分自身の願いも混ざる。それを恥じる必要はない。ただし、その願いを相手へ押し付けた瞬間、支援は支配へ変わる」

 

 だから、僕は止めなかった。

 

「違う。止めたかった、だ」

 

 ……そうだね。止めたかった。帰ってきてほしかった。苦しんでほしくなかった。全部終わらせてあげたかった。

 兄だから、妹の幸せを願うのは当たり前だ。

 

「それでいい。その感情まで消したら。君は人を愛せなくなる」

 

 でも、感情だけでは、相手の人生は歩けない。

 

「そう。だから君は兄でありながら、最後は一人の人間として向き合った」

 

 少し沈黙が流れる。

 僕が一番怖いのは、誰かが「あなたの言う通りにしました」と言うことなんだ。

 

「なぜ?」

 

 もし失敗したら、その人生は、僕の責任になる。いや、違う。責任というより、その人自身の人生じゃなくなるのが怖い。

 

「だから君は、答えを渡さない」

 

 渡したくない。一緒に考えたい。本人が選んでほしい。苦しくても、遠回りでも、それがその人の人生だから。

 

「その代わり、君は何を渡してきた?」

 

 安心かな。

 

「具体的には?」

 

 否定されない場所。

 話を途中で遮られない時間。

 疲れたら休める部屋。

 温かいご飯。

 眠れる夜。

 困ったら頼っていいという言葉。

 ……それくらいしか渡せない。

 

「それくらい? 君は勘違いしている。人は人生を変える言葉で救われることは、案外少ない。しかし人生を変える前に、一晩眠れたことで救われることはある。温かい食事を食べたことで。 否定されず最後まで話を聞いてもらえたことで『困ったら来ていい』と言われたことで、人はもう一日だけ生きてみようと思える」

 

 ……派手じゃないね。

 

「派手である必要はない。君の役目は誰かの人生を引っ張ることじゃない。歩けなくなった人が、もう一歩だけ歩けるようになるまで支えることだ」

 

 真我は窓の外を見る。

 それぞれの少女たちが、それぞれの道を歩いている。もう自分には見えない場所まで。

 願うことくらいは、許されるかな。

 

「もちろん、支援者は願っていい。泣いていい。苦しんでいい。ただ、最後に選ぶ権利だけは相手へ返せ」

 

……うん。それが、僕の在り方なんだろう。

 

「そう。君はヒーローではない。教師でもない。裁判官でもない。救世主でもない。君は、『どうしたん? 大丈夫? 話きこか?』と声を掛け、相手が再び自分の足で歩き出せるまで隣に座る人だ」

 

 なんかチャラい。

 

「そして、その人がどんな道を選んでも、『いってらっしゃい』と言い、いつか戻ってきた時には『おかえり』と言える場所であり続ける」

 

 なるほど。

 

「それが、豊川真我の物語。その物語で主人公を張り、この作品全体を貫くものだ」

 

 今日までに出会った少女たちの顔が、一人ずつ浮かぶ。

 

 祥子。睦。立希。燈。

 誰一人として、同じ苦しみ方はしていなかった。

 誰一人として、同じ救われ方を望んでもいなかった。

 だから真我は、同じ言葉を使わなかった。

 同じ正解を押し付けなかった。

 

「……これで、良かったのか」

 

 誰へ向けるもない、小さな問い。

 その瞬間、もう一人の自分が、静かに現れる。

 責めるためでもない。

 慰めるためでもない。

 もう一人の真我が現れる。

 

『それは前と同じ迷いか? それとも前へ進むための確認か?』

「……僕は何も解決していない。祥子さんは苦しみ続けている。睦さんはまだ答えを知らない。そよさんは危ういままだ」

 

 そう、ただ話聞いただけなのだ。

 

「燈さんも、自分を責め続けるかもしれない。立希さんだって、これから傷付くだろう。僕は結局、誰も救えていないんじゃないか」

 

 

 内なる真我は静かに首を振る。

 

『お前は「救う」ことを目的にしなかった。だからだ』

 

 真我は苦笑する。

 

「でも、結果は出ていない。何も変わっていない。結果だけで、人の行動を裁くのか? それなら」

 

 親切も。

 愛情も。

 信頼も。

 

『全部、成功した時だけ価値があることになる。お前は、本当にそう思うか?』

 

 真我は答えられない。

 内なる真我は続ける。

 

 祥子は、自分で歩くことを選び、お前は、その自由を守った」

 

 防衛成功。

 

「睦は、自分だけを責めていた。お前は、可能性を一つ増やした」

 

 支援成功。

 

「立希は、自分自身として見られたかった。お前は、立希そのものを見た」

 

 認識成功。

 

「燈は、自分の言葉を待ってくれる人を求めていた。お前は、待った」

 

 尊重成功。

 

「どれも、解決じゃない。だが。確かに、その子たちの世界は少しだけ広がった」

 

 真我は静かに息を吐く。

 

「……そうだと、いいな」

 

 内なる真我は微笑む。

 

「お前らしい。最後まで確信を持たない。だから、お前は相手の人生を奪わない」

 

 沈黙。

 

 やがて、内なる真我は一歩近付く。

 その表情は穏やかだった。

 兄でもない。誰かの相談役でもない。ただ、自分自身として。

 そして、静かに言葉を贈る。

 

『お前は自らの信念に従い、納得できる行動を貫いた。その結果がどうなるかは、まだ誰にもわからない。それでも、過程は決して失われない』

 

 相手を支配せず、相手を見捨てず、相手の尊厳を守りながら、自分にできることを考え続けた。

 

『それは簡単なことじゃない』

 

 苦しんでいる人を前にして、何もしない勇気ではなく、必要以上に踏み込まない勇気。

 

 手を伸ばせる力を持ちながら、その手を相手が望む時まで待つ覚悟。

 

『その覚悟は、お前自身にも苦しみを与えた。それでも、お前は逃げなかった。だから誇れ』

 

 内なる真我はだんげんする。

 

『お前は、自分の信じる人の愛し方を最後まで貫いた。その姿勢は、たとえ誰にも評価されなくても、お前自身が否定してはいけない』

 

 真っ直ぐ、自らの心を見つめて。

 

『お前は精一杯頑張って生きている』

 

 その言葉は、誰かから与えられた慰めではなかった。

 自分の弱さも、迷いも、届かなかった願いもすべて知っている自分だからこそ言える、偽りのない肯定だった。

 真我はゆっくりと目を開く。

 胸の奥の痛みは消えていない。

 祥子たちの未来も、まだ分からない。

 それでも、その痛みを抱えたまま歩いていくことが、自分の選んだ生き方なのだと、改めて受け入れる。

 そして静かに立ち上がる。

 

「……よし」

 

 今日もまた、誰かが助けを求めた時に手を差し伸べられるように。誰かの人生を代わりに生きるのではなく、その人が自分の足で歩き続けられるように。

 それが、豊川真我という人間の信念であり、揺るがない在り方なのだから。

 

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