オンリー・ロンリー・リリィ・ステップ~ダンジョンにしか居場所がなかった独りぼっちの大剣妖精は、友達が出来たので孤独を孤高に変えて『敵』に抗うことにしました~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
自分でタオルを渡したものの、今の状況でどう動けば良いのか分からず、リリィはとりあえず言われるがままに、周囲の警戒をしている。
麗麻に話かけたくもあるが、何となくイラだっているような様子のせいで、声が掛けづらい。
じゃあ、女性の方に――と思うが、本当に見ず知らずの人の為に、どうにも声が掛けられない。
つまりは、黙って状況が変わるのを待つしかない――と、リリィは判断した。それしかリリィにはできないとも言うが。
そんなリリィにとっては戸惑いしかない沈黙の時間の中、麗麻が口を開く。
「ねぇ、そろそろ良い?」
「そうねぇ……髪の毛拭きながらでいいなら」
どうやら状況は進むらしい。
小さく安堵しながら、リリィが女性を見れば、彼女は丁寧に髪を拭いているところだった。
それを見て、大人の女の人は髪の拭き方も大人なんだ……なんて思っているリリィをよそに、話は進んでいく。
「まずは名乗っておこうかしら」
そう口にするけれど、リリィはどうして良いか分からない。
けれど、麗麻が「そうして」と口にしてくれたので、彼女はそれでヨシとしたようだ。
「
ダンジョンや探索者協会、あるいは探索者が関係する事件や、不正案件を調査するお仕事――ようするに公務員をしているわ」
自分を示してそう告げる女性――衣乃。
その名乗りにうなずいてから、麗麻は自分を示した。
「
今はプライベートだからこの格好だけど、メイド姿のダンジョン配信者ロゼと名乗った方が、通りがいいかもしれません」
「へぇ、あなたが……」
衣乃に対する麗麻の視線は厳しい。明らかに不機嫌だ。
けれど、その不機嫌さのままに噛みつくようなことをせず、麗麻もまた自分を示して丁寧な様子で名乗った。
睨むような麗麻に、それを理解しながらも受け流す衣乃。
そんな視線による牽制合戦を横で見ていたリリィは気づく。
これは自分も名乗らなければならない場面では――と。
だから勇気を出して、がんばって、一生懸命に名前を告げた
「えっと、あの……その、
「知ってるけど?」
「知ってるわよ?」
睨み合っていた二人は急にキョトンとした顔をして顔を見合わせた。
それから、どうして急に名乗ったの――と、年上二人は揃って首を傾げる。
(あ、あ、あ、あ……空気、読み間違え、ちゃった……)
内心で大絶叫だ。心は完全に泣いている。
こんなのばっかりだから、人とお喋りするのは苦手なのだ。
ショックを受けた様子のリリィを見て、麗麻はその胸中に気がついた。
「あー……そっか。あたしたち名乗り合ってるの見て、自分も名乗るべきって思ったのね」
麗麻の言葉に、衣乃も納得したような顔をする。
「でも確かに、私はリリィちゃんのコト知ってるけど、リリィちゃんとは初対面だものね。名乗りは大事だわ。配慮が足りなかったわね」
苦笑しながら、衣乃は最後の一拭きをして、お礼を告げる。
「改めよろしくね。リリィちゃん。
それと、タオルをありがとう。ちゃんと洗って返すから、もう少し貸しておいてね」
「え? あ、はい……」
焦ったような申し訳ないような顔をしてうなずくリリィに、衣乃は僅かに目を
「あら? もしかして、洗わずともすぐに返した方が良かった?」
「えっと、その……それで、全然、大丈夫……です」
「そう」
小さくうなずき、衣乃はリリィを怖がらせないように笑みを浮かべて、タオルを差し出した。
「それなら、お言葉に甘えるわね。改めてタオルを貸してくれてありがとう」
「い、いえ……どう、いたし……まして」
安堵しながら、リリィはタオルを受け取った。
さすがにその様子は、衣乃だけでなく、麗麻にも違和感を覚えさせる。
ただ二人ともここで言及するべきではないだろうと、判断した。
とりあえずは、この場でするべきことを済ませるべきだろう――と考えたのだ。
だから麗麻は、自分自身の意識と話題を別に向けるべく、衣乃へと訊ねる。
「それで、滝洲さんはリリィちゃんの何を調べに来たんです?」
「一番は純粋な戦闘能力や、探索者としての技量ね」
衣乃もそれに乗っかり、麗麻を見た。
「この間のイレギュラー関連?」
そう口にしてから、麗麻は即座に自分の考えに対して首を横に振る。
「いや、ただのイレギュラーなら調査員みたいな人は出てこないか」
再び二人の言葉による戦いが始まってしまったので、リリィは一歩引く。
逃げ出したくてたまらないのだが、どうにも話題の中心には自分がいるようで、逃げるのは何か違う気がして、立ち尽くしているしかない。
そんなリリィを余所に、衣乃はどこか感心した様子を麗麻に向ける。
「さっきから思っていたけど、ロゼさんは腕も良い上に冷静なのね」
「……あなたとリリィちゃんのバトルを見せられた直後にそれを言われても嫌味ですよ?」
麗麻がわりと本気でそううめくと、衣乃は
「あんなのただ戦闘力を計るだけのモノよ。貴女のその一歩引いたような冷静さと頭の回転の速さ。そして自分の力量を正確に把握しているからこそ、私たちの戦いからは一歩引いていた。
それは腕の良い探索者の証明に他ならないわ。貴女より戦闘力の高い探索者はいっぱいいるけど、そこに
それでいてリリィちゃんを守ろうとする感情とバランスを取れてるのは、本当にすごいなって。純粋にそう思ったのよ。素直に受け取って欲しいわ」
ウソは言ってなさそうな衣乃に、なんとなく気恥ずかしくなって麗麻は視線を逸らす。
「あら? 意外と褒められ馴れてないのかしら? 可愛いリアクションするじゃない」
「…………!」
クスクス笑う衣乃。それに、どう反応していいのか分からず麗麻は「ぐぬぬぬ……」と呻いた。
そんな麗麻に微笑ましげな視線を向けてから、衣乃はリリィへと向き直った。
「ともあれ、リリィちゃんの実力の確認とは別に、確認したいものがあったのも事実」
「確認?」
リリィが思わず口に出し、首を傾げる。
「探索者協会から不当に報酬を値切られたり、未払いだったりとか、そういうのあったのかなってね」
その言葉に、麗麻は思わず納得した。
常連の
ドケチなギルマスや、宮囲が現れてから、どうにも空気が悪くなったとも言っていた。
実際に、リリィも宮囲から不当な扱いを受けていたのだ。
ここでその話をすれば、衣乃が何かしらの対策を講じてくれる可能性がある。
しかし、麗麻の考えとは裏腹にリリィは首を横に振る。
「えっと……特に、ない……かも?」
「いやいやいや。リリィちゃん、宮囲って人に無視されたり、報酬払えないとか言われてたでしょ?」
思わず麗麻が口を挟む。
けれど、当のリリィは困ったように眉を八の字にしてみせた。
「それは、わたしの声が……小さいから、だろうし。
討伐証明も、わたしが、取ってくるの忘れただけ……だからだし」
でも、ロゼの配信動画が証拠になるから――と食い下がろうとする麗麻。けれど、リリィの死角になる位置にある衣乃の手が、それを制する。
「そう。それならいいの」
ニコリと笑って、衣乃は大きく伸びをした。
「リリィちゃん、ここって今日は貴女たち以外の探索者は潜ってる?」
「いない、と……思う」
「なら、私も帰ろうかなっと」
軽く身体をほぐしながら、衣乃はリリィと麗麻の二人にウィンクをして見せる。
「あ、私っていわゆる覆面調査員ってやつで、探索者協会の人に正体バレちゃいけないのよ。悪いんだけど、協会の人たちには黙ってて貰える?」
コクコクと小動物のように首肯をするリリィ。
麗麻も、了解を示すように軽く手を挙げた。
「それじゃあ申し訳ないんだけど、リリィちゃん」
「はい?」
「帰り道、教えて貰える? 来たのはいいけど、分からなくなっちゃって」
茶目っ気たっぷりにそう口に衣乃に、リリィは「わかりました」と気合いを入れてうなずいた。
そうして、三人は出口へ向かって歩き出す。
その道中――
リリィをやや先行させながら、衣乃は麗麻の横へ来て小声で告げる。
「ロゼさん、あとでリリィちゃんについて知っているコトを教えて。さっき口を挟んで言いかけてたエピソードとか」
「うん。最初からそのつもり」
「私が調査員って信じるの?」
「貴女は一度も、探索者協会のことをギルドと呼んでいないから。そう判断したのだけど、違う?」
ギルドは俗称であって、正式名称は日本探索者協会だ。
ゲームやアニメなどのフィクションにてくる定番施設である冒険者ギルドと似たような役割であることから、いつの間にかその呼び方が定着しただけにすぎない。
プライベートはともかく――恐らく、衣乃は業務中にギルドという俗称を極力使わないように気を遣っているのだろうと、麗麻は考えた。
「驚いた。将来、うちの組織に来ない? 有望な人材は大歓迎なんだけど」
「無関係な返答はこちらの問いへの肯定と受け取りますね~。とりあえず、あのギルドには思うところもあるしね。風通しがよくなるに越したコトはないから、協力します」
そんなやりとりをしていると、こちらが遅れているのに気づいたのだろう。
リリィがとても気遣うような顔をして訊ねてくる。
「あ、あの……二人とも、大丈夫?」
それに、二人は即座に表情を取り繕ってうなずいた。
「ええ。ごめんなさい。今まで潜ってきたダンジョンの中でも、ここまで足場が悪いところって初めてで」
「確かにロゼさんの言う通りね。初めてではないけれど、経験が少ないからどうしても遅くなっちゃうみたい。心配掛けてごめんなさい」
「い、いえ! た、確かに……ここは、足場は良くない、ダンジョン……だから!」
わかるわかる――と必死にうなずいてから、リリィは再び前を向く。
それから、とても気遣うように、歩く速度を緩めだした。
「気弱で、人嫌いで、お喋り苦手で……なのにお人好しで、一生懸命。そして横顔がイケメン。
あたしも付き合いとしてはまだ一日も満たないんですけど、すっかり
「横顔はともかく、何となく面倒見たくなっちゃう気分は分かるわ。仕事的に、個人に入れ込むのはあまり良くないんだけど」
二人とも姉か母親かという目でリリィの背中を見ながら、苦笑混じりに微笑みあった。