オンリー・ロンリー・リリィ・ステップ~ダンジョンにしか居場所がなかった独りぼっちの大剣妖精は、友達が出来たので孤独を孤高に変えて『敵』に抗うことにしました~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
「うん。これなら、もう外での自然回復でも平気かな~~」
「ありがとうございました」
心愛のお墨付きを受けて、麗麻が身体を起こす。
「もう八時近いのね。二人とも門限とかは大丈夫? 必要があれば、親御さんに説明もするわよ」
衣乃が気遣うようにそう口にするが、それに麗麻は首を横に振った。
「あたしは平気です。いい顔はしないかもですが、そこまで叱られるコトもないので」
「いい顔しないなら問題じゃない?」
「――えーっと、探索業にいい顔をしないだけなんですよ。モデル業やアイドル業方面で遅くなる分には別に怒られないんで」
「ああ、そういうコト……」
「別に反対とかされてるワケじゃないんで、気にしないでください」
麗麻の言葉に衣乃はうなずき、リリィへ向き直る。
「リリィちゃんは?」
「えっと、門限は……平気、です。でも、ここ場所わからなくて、帰り道、知りたいです」
そう言えば放心状態のままのリリィを連れてきたんだった――と、内心で小さく笑いうなずく。
「いいわ。車でお家まで送って行ってあげる」
「……いいんですか?」
「ええ」
「じゃあ、えっと……お願いします」
そんなワケで、ここでお開きということになった。
心愛は今日明日はオフながら、面白いレポートが書けそうだからと足早に帰っていった。あの様子では徹夜する気だろうと、衣乃は苦笑する。
ダンジョンの外に出ると、すっかり暗くなってしまっている。
麗麻は駅からバスに乗るそうで、ダンジョンから出てリリィたちとは逆方向へと去って行った。
リリィは衣乃と一緒に、近くにある市役所とギルドの共同駐車場に向かう。そこに衣乃の車が停めてあるらしい。
衣乃の愛車は、赤くてカッコよくてピカピカの車だ。
そんな心境を衣乃は見抜いたのだろう。
「遠慮しないで乗りなさい。持ち主が良いって言ってるんだから、遠慮する必要ないわよ」
衣乃はそう言って助手席のドアを開け、どうぞと
「は、はい。お邪魔、します……」
気後れしつつも、ここで遠慮をしてしまうのはかえって失礼だ――と、リリィは恐る恐る車に乗った。それを確認して、衣乃は助手席のドアを閉じる。
それから運転席の方へと回って乗った衣乃は、自分のシートベルトを締めながらリリィへと向いた。
「シートベルトの付け方、分かる?」
「えっと、はい。だいじょうぶ……です」
ちょっと不安だったけど、小さい頃に数度だけ父の車に乗せてもらったことを思いだしながら、シートベルトを付けた。
「それじゃあ、出発するわね。多摩センターの方でいいのよね?」
「えっと。はい。でも家はもっと八王子方面よりの――」
リリィから家の場所を聞きながら、衣乃は緩やかに車を発進させる。
「おーけー。だいたい分かったわ。また近くになったら聞くわね」
動き出した車の中では、申し訳程度の音量でかかっている音楽以外、静かなものだった。
衣乃から話しかけることもなければ、リリィから話しかけるものもない。
だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
それはきっと、衣乃が気を遣ってこちらに話しかけないでいてくれるから――今のリリィにはそれを理解できるだけの余裕が生まれている。
夜の町中に浮かぶ街灯の明かりや看板の明かり。
それらが帯のようにたなびいて後ろへと流れていく様子をぼんやりと見ながら、リリィはここ数日の出来事を振り返る。
麗麻をグレートマンダーから助けてからこっち、何やら
けれど、それのおかげで不思議と、何かが変わったような気がするのだ。
(……たった数日だけなのに、変われた気がする……)
それはきっと、今までにないくらいの密度で人と関わったからだろう。
(怖いとか逃げたいとか、途中から思う暇がないくらい色々あったしなぁ……まだ数日くらいだけど……)
一週間経ってないのが恐ろしい。
「……ああ、そうだ。リリィちゃん。考え事の途中で申し訳ないけど、ちょっといい?」
「え? あ、はい。なんでしょう?」
「大金が入ったコト、保護者に報告ってする?」
問われて、リリィは少し考えた。
「うーん……そもそもからして、わたしから両親に話しかけるコトが、あまりないから……」
想定はしていたが、想定通りに答えられても困る返答を受けて、衣乃は内心でだけ渋い顔をする。けれど、表面は平静のまま返した。
「そう――じゃあご両親に大金の話をしたらどうなるのかしら?」
「え?」
衣乃に問われて、リリィは真剣に悩み始める。
(今まで、何も言われて来なかったから考えないで、いたけど……)
もしかしなくても、難癖つけて取り上げてくるのではないだろうか。
「あの、確証はないけど……取られちゃう、気がします……。
探索者でなくとも、バイトとかでも……お金いっぱい稼いだら、怒られそう……」
リリィの返答に、衣乃の胸中はますます険しいモノになっていくが、勤めて平静にうなずいた。
「そう。なら、一時預かりの期限ギリギリまでは黙ってていいんじゃないかしら。
まぁ期限が来ても銀行口座に移すだけ移して黙っておけばいいと思うし」
「……はい」
素直にうなずきつつも、リリィの胸中に不安と焦燥が
(銀行の口座にいれたら……お金が入ったコト、バレちゃったりしないかな?)
だとしたらギリギリまでに、何とかお金をバレずに管理する方法が必要かもしれない。
(――というコトを考えてそうな顔してるわね。良い傾向だわ。
この間会った時とは違って、自分の置かれている環境に疑問を抱き始めてる……)
ハンドルを握りながら、横目でリリィの様子を確認して、小さく安堵する。
(子供に借金押しつけて蒸発するような、ウチの
でも、クソ親であるってところは一緒よね。仕事として個人に入れ込むのは良くないけど、
衣乃の場合は、自分の置かれている状況をいち早く理解して、手早く解消の状況を整えられた。
これは、我ながら要領がよく根気強く、努力と気合いと無理無茶無謀が良い具合に噛み合った上で、困難な状況を乗り越えられる才能に恵まれていたからに他ならない――と、自覚している。
だから、リリィに同じ方法で脱せとは言えない。そもそも才能云々以前にシチュエーションからして違うのだから、同じ方法を取れなんていうのは無茶の極みだ。
(リリィちゃんに必要なのは、今の状況の自覚と、自分の能力の自覚。そして――自分自身の胸の奥にある本心、本音に気づくコト。
厳しい環境でも折れず
美徳であることは間違いないが、今の状況から脱するには冷徹さや非情さがあった方が良いのも事実だ。
なんであれ、リリィが少しずつ良い方向に変わっているのは間違いない。それに関しては衣乃は安堵しているところではあった。
「そろそろ多摩センターを越えるけど、どの辺まで行けば良いかしら?」
「あ! はい。えっと、ですね――」
リリィに最寄り駅を伺い、そこからさらに彼女が暮らしているという家までの道を行く。
そして、彼女が住んでいるというマンションの下に車をつけた。
「ここでいいのね?」
「はい。ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あ、連絡先教えて貰える?
「えっと、はい」
LinkerのIDを交換し、リリィは改めて衣乃にお礼を告げる。
「えっと、ありがとうございました」
「気にしないで。何かあったらLinkerに連絡くれていいからね」
「はい」
お礼を言いながら自分で助手席のドアを開けるリリィに衣乃は笑いかける。
ふと、ミラーに映る後方の女性が視界に入った。
どこか驚いた様子から、彼女がリリィの親なのかもしれない。
「それじゃあ、おやすみなさい。リリィちゃん」
「うん。おやすみなさい。衣乃さん」
リリィがドアを閉じ、車から離れたのを確認してゆっくりと発進させる。
夜目の利く目で、ミラーを見ると、先の女性がリリィに声を掛けているし、それに対してリリィが何とも言えない顔で対応しているのを見て、やはり母親であると確信した。
(……でもTVなんかで見かける女優さんに似てる気がするわね……。
リリィが見えなくなったあとも、そのことを考えながら、住宅街から大通りへ出る為の道へと右折するのだった。
衣乃の車から降りて、ゆっくりと発進していったその車に手を振っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「リリィ、今のは誰? 誰に送ってもらったの?」
「知り合い。遅くなったから送ってくれた」
思ったよりぶっきらぼうな口調が飛び出して、自分でも少し驚く。
それに、いつもよりもはっきりと喋れている気がする。
母親なのに、おかえりすら言わないんだなぁ……なんてことを思う。
「いかがわしいコトとか、不良みたいなコトしてないわよね?」
「してないって言っても……どうせ、信じないんでしょ? じゃあ答えるだけ、無駄じゃない?」
自分でも不思議なくらいスムーズな言葉がリリィの口から紡がれる。
「それに……普段気に掛けないのに、そういうコトだけ気にして……私の知り合いを
言うだけ言ってさっさとマンションのエントランスへと向かっていく。
「……いつからそんな生意気言うようになったのかしら?」
「そんなのも、気づけないくらいには……顔を合わせてないだけでしょ。普段は血が繋がってるだけの、他人扱いなんだし」
こちらの言葉に母は何を思うのだろうか。
怒っているのか、悲しんでいるのか、悔しいのか。
どの感情であれ、なぜそういう感情を抱いているのか。
そう考えると――だいたいは世間体とか、メディア受けを前提としているのだろうけれど。
(ま、どうでもいいや)
少し、やりたいことが思い浮かんできた。
今までの自分にはなかった、ちょっとした衝動のようなもの。
自分の
(また今度、ウラマさんやイノさん……あるいは、ココア先生とか、ギルドの知り合いとかに相談しよ……)
そんなことを思いながら、リリィはエントランスの自動ドアを開けるため、テンキー付きインターホンの脇にある鍵穴に、家の鍵を挿すのだった。