オンリー・ロンリー・リリィ・ステップ~ダンジョンにしか居場所がなかった独りぼっちの大剣妖精は、友達が出来たので孤独を孤高に変えて『敵』に抗うことにしました~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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007.ぼっち、やっぱ脱兎の如く逃げ出す

 

 とても楽しそうな笑顔をした、黒髪ストレートの髪を持つクールな面差しの美人――つまりは、昨日グレートマンダーから助けた人だ。

 

 学生服を着たそんな美人が、腰に手を当てて待ち構えていた。

 

「昨日はよくも逃げてくれたわね~」

「……ひぇ……?!」

 

 笑顔の美人さんと遭遇して、リリィは顔を引きつらせる。

 僅かな間、二人は見つめ合い――そして、リリィはぎこちなく背を向けた。

 

「……・・ん・・ぃ(ごめんなさい)……!」

 

 もはや誰にも聞き取れない声で謝罪っぽい何かを口にすると、脱兎(だっと)の如くギルドの外を目指す。

 

「え? あ、ちょッ! 待って!? 待ってってばぁ~!」

 

 走ってギルドの出口に向かうリリィに、ギルドの入り口付近にいた常連さん――アメちゃんくれた人とは別の人だ――が声を掛けてくる。

 

「どこ行くの?」

「池」

 

 咄嗟(とっさ)にそう答えてリリィはギルドを飛び出していった。

 そして何も話すことなく取り残され、呆然としている美人さんに、走るリリィと言葉を交わした常連さんが声を掛けた。

 

「そこの嬢ちゃん」

「え、あ! はい! なんです?」

「あの子は人見知りが激しい上に、お喋りが苦手な挙げ句、人間不信(こじ)らせてる。

 イレギュラーから助けて貰ったからお礼をしたいって気持ちはすげぇ分かるが、そっとしておいてやってくれねぇか?」

「あー……そういう」

 

 逃げられる理由を察して、美人さんは大きく息を吐く。

 ならば少し話を変えてみよう――と、美人さんは思って常連だろう人に尋ねる。

 

「じゃあ、ギルドは?」

「ん?」

「あの子が昨日揉めてたの、知らない?」

「その場面は見てないが……まぁ宮囲かギルマス辺りだろ?」

 

 常連さんの言葉に、美人さんは目をすーぅっと(すが)めた。

 

「それが分かる程度には日常茶飯事ってコト?」

「勘違いしないでくれ。リリィちゃんだけじゃねぇのよ。

 態度の悪い受付の宮囲と、ここのギルド史上一番のドケチで有名なギルマスは、悪い意味で有名ってだけ。

 そのせいかどうか知らんが、スタッフも短期間で半分以上が入れ替わったしなぁ」

 

 ギルマス――ギルドマスター。この呼び名は探索者たちによる俗称で、正式には日本探索者協会の支部長のことだ。

 

 この場においては、この多摩センター支部の支部長を指している。

 

 態度に悪い受付に、ドケチのギルマス。加えてスタッフも半分以上が入れ替わった。

 そのフレーズを思えば、昨日の光景にも納得ができてしまい、美人さんは大きく嘆息した。

 

「よく潰れないわね。高価な遮光カーテンでも送りあってるのかしら?」

 

 お互いに後ろ暗いことに目をつぶり合ってるのでは?――そんな皮肉におじさんは肩を竦めて答える。

 

「ここ、近隣は小中規模のダンジョンが多いんだが……ここ以外のギルドとなるとな……。

 ここからだと、バスに乗って市役所までいかないと行けないし、市役所近隣は土地に定着したダンジョンが少なくてなぁ……」

「立地の問題かぁ。駅前だし、アクセスもしやすいもんね、ここ」

「そういうコト。先代ギルマスの時は居心地良かったんだがねぇ」

 

 常連さんはチラリとカウンターを見る。釣られて美人さんもそちらを見た。

 今日は、(くだん)の宮囲という女性はいないようだ。

 

 ふと、思うことが湧いて、美人さんは常連さんに訊ねる。

 

「ところで、宮囲って人が入ったの、新しいギルマスになってからだったりする?」

「そのゲスの勘ぐり。大体あってるんじゃねーかと、常連一同同意見」

「それはまた面倒な話ね」

 

 探索者という仕事はそういうのと無縁な気がしていた美人さんだが、どんな仕事も、人が関わる以上は避けられないのかもしれない。

 そもそもあんな態度の人が、クビにならずに受付の仕事を続けられている時点で、権力者の贔屓(ひいき)があるのでは? と疑ってしまうものである。

 

「それはそうと……リリィちゃん、だったかしら? あの子、どこ行ったか分かる?」

「分かるけどよ……。さっきも言ったが、あまりあの子に構わないでやって欲しいんだがね」

「それでも、お礼はちゃんと受けて欲しいの。ううん……今の話を聞いて、もっと強く――正当な理由の正当は報酬は、むしろ正当に受け取らなければ失礼だって理解して欲しい……って思ったかな」

 

 真剣な顔をする美人さんに、常連さんは「んあー……」と言葉にならない声を上げながら天井を仰ぐ。

 

「本来、そりゃあ俺たち大人がやっとくべきコトではあったんだろうな……」

「コンプラとかハラスメントとかが怖くて、どこまで手を出していいか分からなかった感じですか?」

「ん? まぁ、それもある。このギルドの利用者は三十路(みそじ)以上か、それ前後のアラサー、アラフォーが多いしなぁ」

「それも?」

「一番はリリィちゃんが求めなかったから……かな」

 

 常連さんは頭を掻きながら、うめくように答える。

 

「いつだったかな。学年上がってすぐに仲良くなった子がいたらしい。でも一学期も終わるかどうかって頃に、お前と仲良くなったせいでいじめられるようになった。お前が悪い。謝れ……とかやられて以来、臆病と人間嫌いが加速しちまったみたいでね。

 変に可愛がると、優しくしないで欲しい。仲良くした後で、仲良くしない方が良かったって思われるくらいなら、最初から仲良くしたくない……ってね。涙目で言うから、俺らもどうにも手が出しづらくってなぁ」

 

 それでも必要最低限の情報交換や、情報共有には応じてくれるから、そのついでにお菓子をあげたり、ジュース奢ったりはしていたそうだ。

 

「ちょうどその頃にギルマスの人事異動もあってさ。新しいギルマスに変わったんだよ。

 最初はともかく、ギルドは徐々にリリィちゃんへの当たりが強くなっていってなぁ……気づくと今みたいに、報酬減額、未払いが当たり前になっちまってる。

 リリィちゃんの腕前を利用した高難易度依頼はするくせにさ。

 手は出したいが、リリィちゃんは事情を語ってくれないし、ギルド側は誰に聞いても、依頼や諸々を他人には言えないとダンマリだしで、どうにもな」

 

 話を聞いていると、常連さんたちは、ここ以外のギルドが遠い――というだけでなく、自分たちが離れてもリリィだけは残るだろうと察しているのだろう。

 そして、今のギルドの場合、人手の足りなくなったダンジョン探索依頼の全てをリリィに押しつけるだろうという気配も。

 

「事情は分かりました。分かった上で、あたしはリリィちゃんを構いたいと思います」

「……セクハラ抜きで訊ねるけど、嬢ちゃんいくつ? 学年でもいいけど」

「高2です」

「なるほど。リリィちゃんの一つ上か」

「え? あの子、高校生……?」

「そうだぞ。この春入学したばかりのピッカピカの高校一年生サマだ」

 

 小学生に見えた――とは口に出さない。

 口に出さずとも常連さんは察したようだが。

 

「ここから大通りに沿って西……八王子方面に向かって二十分くらい行ったところにトンネルがある。そのトンネルに入らず、左に行く。ちなみに左にある脇の坂や階段はあがるなよ? 左側の脇の道へ逸れてさらに西の奥まったところに公園があるんだ。

 その公園の一番奥にある水車小屋。その怪しい方がダンジョンの入り口だ」

「怪しい方?」

「行けばわかる」

「わかりました。そこがリリィちゃんの向かった先です?」

「池って言ってたしな。この辺でリリィちゃんの向かいそうな池はそこくらいだ。中沢池ダンジョン。縮めて池ってな」

 

 そう言いながら、常連さんは紙を一枚取り出すと、中身を確認してからそれを美人さんに渡した。

 

「これは?」

「池の地図……というか、分かりやすい道順を書いたやつ、かな?

 初見はそのルートから絶対に外れない方がいい。あのダンジョンは見た目に反して、正規ルートが非常に分かりづらいダンジョンだからさ。ソロで道に迷ったら大変だよ、あそこ」

「いいんですか?」

「構わないよ。おっさんは誰かのやつをコピーさせてもらうさ。

 リリィちゃんは二階でカエル狩りでもするつもりなんじゃないかな。カエルの生息地までなら、この地図に書いてあるルートで行けるから」

 

 そう言ってから、常連さんは父親や兄を思わせる笑みを浮かべて美人さんを見た。

 

「俺らみたいなおっさんより、歳の近い相手の方が心開くかもだしな。やれるだけやってみな」

 

 その顔を見ながら訊ねるのは、大変申し訳なく思うのだが、美人さんは敢えて訊ねる。

 

「ところでそのダンジョン、モンスターの強さとかはどんな感じです?」

「ああ。確かに大事な情報だな。あそこは――」

 

 常連さんは笑い、ざっくりと教えてくれた内容を聞き、美人さんはうなずく。

 

「色々とありがとうございます。乞田(こった)川ダンジョンの中層くらいまでと大差ないなら大丈夫そうです」

 

 グレートマンダー級の相手がでてこないなら何とか――と冗談を口にすれば、常連さんは笑ってくれた。

 

「お嬢ちゃん、ロゼちゃんだっけ? 水辺のダンジョンだけど、色んな虫型のモンスターも少なくないから、苦手なら気をつけて」

「色々ありがとうございます。

 ちなみにロゼは芸名みたいなモノで、本名は宗尾(ソウビ) 麗麻(ウラマ)と言います。配信やモデルとかの撮影時はともかく、プライベートはそちらで呼んで頂けると」

「そうかい? おじさんはここを拠点にダラダラしてる瀬羽(セバ) 弥久(アマヒサ)だ。困ったコトがあれば話しかけてくれ」

 

 二ヘラと締まりのない笑みを浮かべる弥久に、麗麻は丁寧に頭を下げる。

 

「お気遣いありがとうございます。これ、心付けってコトで。向かいのコンビニでお酒でもどうぞ」

「悪い仕草を知ってるね」

 

 五百円玉を渡されて困ったような顔をする弥久に、麗麻は首を横に振る。

 

「情報料ですよ。こんな小娘にも丁寧に教えてくれたんですから」

「中世やファンタジーの酒場じゃないんだから」

「そうなんですか? ガラの悪い人の多いギルドとか、わりとこれで情報収集できるんですけど」

「誰だぁ、麗麻ちゃんに余計なコト教えた悪い大人はぁ……」

 

 この子はこの子で問題あるよね――と、内心で首を傾げつつ、弥久は五百円玉を麗麻の手の上に乗せ返してから、無理矢理に握らせる。

 

「ここは職員のガラは悪いけど、探索者のガラは悪くないの。

 出世術として、そういうテクも覚えておくに越したコトはないけどさ。それが通用する場所か否かの見極めはちゃんとするコト。通用しない場所でやると、かえって印象悪くなるもんよ」

 

 つまりここは、気を悪くする大人が多い場所なのだろう。

 だとしたら、麗麻は対応を間違えたのは間違いない。

 少しだけバツが悪くなりながら、指摘へと感謝を伝えた。

 

「……重ね重ねありがとうございます」

「ま、丁寧なのは良いコトだけどね。ほら、行った行った。リリィちゃんを追うんでしょ」

「はい」

 

 改めてペコリとお辞儀をして、麗麻はギルドを後にする。

 肩より長い黒髪を風になびかせて歩くその後ろ姿を見ながら、弥久は肩を(すく)めた。

 

「若いのが、みーんな、あのくらい真面目で素直ならラクなんだけどねぇ」

 

 独りごちていると、様子を見てた周囲の連中から「お疲れ~」と言った投げやりな(ねぎら)いが飛んでくる。

 それに軽く手を振って答えながら、ポケットからタバコを取り出しつつ、喫煙スペースへと向かう。

 

「ん?」

 

 タバコに火を付け、吸いながら喫煙スペースの外へと視線を向けると、見慣れない女性がギルドに入ってくるのが見えた。

 背筋がピシっと伸びていていかにのデキる女然とした美人だ。

 

 雰囲気からして、リリィ目当てのミーハー客というワケでもなさそうだが……。

 

「ふーぅ……なんか、今日は千客万来って感じだなぁ……」

 

 紫煙(しえん)をくぐらせながら独りごち、それから少し苦笑する。

 

「別に誰が来ようと問題はねぇんだが……顔見知りばっかのギルドに、余所者が急に増えるってのは何かの前触れかね?」

 

 自分を含む常連たちや、リリィに迷惑がかからなければ良いのだが――そんなことを考えながら、弥久はのんびりとタバコを楽しむのだった。

 

 

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