夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
配信終了のボタンが押されると、リビングに漂っていた緊張感は、まるで糸が切れたようにふっとほどけた。宙に浮かんでいた撮影用ドローンはゆっくりと高度を下げ、充電スタンドへ戻っていく。配信を示していた赤いランプが消える。つい先ほどまで全国へ向けて開かれていた空間は、静かなリビングへと戻っていた。
「…………終わった」
悠斗はぽつりと呟くと、そのままソファの背もたれへ身を預けた。全身から力が抜ける。肩の力だけではなく、今日という一日に張り詰めていた神経までもが一気に緩んでいくようだった。
「お疲れ様ー!」
真っ先に声を掛けたのは陽奈だった。勢いよく立ち上がると、悠斗の肩を軽く叩く。
「いやー、最初はどうなるかと思ったけど、無事終わってよかったね!」
「本当に……」
悠斗は苦笑しながら頷く。
「異世界へ来た初日に、全国配信へ出るなんて想像もしていませんでした」
「普通は誰も想像しないよ」
奏がくすりと笑う。その一言に、四人の間から自然と笑い声が零れた。詩織も柔らかく微笑みながら眼鏡の位置を整える。
「探索者協会の記録を調べても、前例は見つからないでしょうね」
「できれば最初で最後にしたいです……」
悠斗が肩を落とす。
「えー?」
陽奈が口を尖らせた。
「次も出ようよ」
「いや、心臓がもちません」
「あははっ!」
遠慮のない笑い声が部屋へ響く。その笑顔を見ているだけで、不思議と心が落ち着いていく。
今日一日、命を懸けて戦った仲間。ほんの数時間前までは名前すら知らなかった相手なのに、今ではその笑い声が心地よく感じられた。
奏が壁に掛かった時計へ目を向ける。
「今日は、本当に色々ありましたね」
「ええ……」
悠斗も時計を見る。夜、会社から帰路につく最中だった。それが今では、異世界の探索者パーティーの家で一日を終えようとしている。何度思い返しても現実味がない。
「今日はもうゆっくり休みましょう」
奏が穏やかに言った。
「皆さんも疲れているでしょうし」
「賛成ー」
陽奈は大きく伸びをする。
「流石に今日は眠い」
「陽奈さんは途中まで元気でしたが」
「元気と体力は別だから!」
「なるほど」
詩織は納得したように頷いた。そのやり取りに、悠斗は思わず笑みを零す。
「それじゃあ」
奏が立ち上がる。
「悠斗さん、お部屋をご案内しますね」
「あ、はい」
悠斗も慌てて立ち上がった。チョコドンも「チョコ!」と元気よく鳴きながら肩へ飛び乗る。
廊下は静かだった。柔らかな照明が足元を照らし、昼間とは違う落ち着いた空気が流れている。奏は二階へ続く階段を上がり、一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「こちらです」
静かに扉を開く。
「どうぞ」
悠斗は一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。
「……」
思わず息を呑む。豪華な部屋ではない。
白を基調とした壁、窓際には勉強机。何も入っていない本棚にクローゼット、そして一人用のベッド。
必要なものが整えられた、落ち着いた空間だった。どこかホテルにも似ている。けれど、それよりずっと温かみを感じる部屋だった。
「……自分が使っていいんですか?」
思わず口をついて出た言葉だった。奏は不思議そうに小さく首を傾げる。
「もちろん」
その返事はあまりにも自然だった。
「でも……」
「もう、お客様ではないからね」
悠斗は目を丸くする。奏は柔らかな笑みを浮かべたまま続けた。
「これは私一人ではなく、アルカディアのみんなで決めたことです。悠斗さんには、安心してここで過ごしていただきたいんです。だから遠慮しないでください」
その言葉が、胸の奥へ静かに染み込んでいく。
自分には帰る場所があった。仕事が終われば帰る部屋があった。けれど今、その場所へ帰ることはできない。見知らぬ世界で自分は独りなのだと思っていた。
だからこそ。
『安心して過ごしてください』
その一言が、何より嬉しかった。
「……ありがとうございます」
自然と頭が下がる。奏は少しだけ照れたように笑った。
「困ったことがあれば、いつでも呼んでくださいね」
「はい」
そこへ陽奈がひょこっと顔を覗かせる。
「おやすみー!」
大きく手を振る。
「明日からまたよろしくね!」
詩織も静かに会釈した。
「何か必要なものがあれば遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます」
悠斗はもう一度頭を下げる。
三人も笑顔で応え、静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。部屋はしんと静まり返った。悠斗はゆっくりとベッドへ腰を下ろす。柔らかな感触が身体を包んだ。
「……」
静かだ。本当に静かだった。朝起きた時には、こんな一日になるとは思ってもいなかった。
変身アイテムを買いウキウキで帰ってる最中。
通り魔と襲われそうになった学生、それを庇い走る激痛。
見知らぬ世界。
魔物。
変身。
戦い。
アルカディアとの出会い。
探索者協会。
全国配信。
異世界人だと公表したこと。
たった一日。それなのに、一週間どころか一か月分くらい生きたような濃さだった。
「……本当に」
苦笑が漏れる。
「何だったんだ、この一日」
「チョコ」
小さな声が聞こえた。見ると、肩にいたチョコドンがぴょんと飛び降り、ベッドの上へ着地していた。悠斗の近くまで歩いてくる。
「まだ起きてたのか」
「チョワ♪」
短い手を広げるように鳴く。悠斗は思わず笑い、その小さな頭をそっと撫でた。
「今日はありがとな」
「チョコ」
嬉しそうに目を細める。その様子を見ているだけで、張り詰めていた心が少しずつ解けていく。
悠斗は立ち上がり、窓際へ歩いた。カーテンを少しだけ開くと、眼の前には夜の街が広がっていた。
魔導灯の柔らかな明かりが道路を照らし、遠くには高層ビルの灯りが瞬いている。どこまでも知らない景色。それでも、不思議と恐ろしいとは思わなかった。
今日はずっと誰かが隣にいてくれた。信じてくれる人がいた。笑い合える人がいた。ありがとうと言ってくれる人がいた。名前を呼んでくれる人がいた。
そして今も足元では小さな相棒が当然のように自分の傍にいる。
「……今日は」
窓ガラスへ映る自分へ、小さく呟く。
「本当に、長い一日だったな」
「チョコ」
チョコドンが悠斗の足へちょこんと乗りかかる。悠斗はその小さな身体を持ち上げると、顔の前まで持ち目を合わせた。
「うん」
自然と笑みが浮かぶ。
「でも──」
その一言は、誰かへ聞かせるものではない。自分自身へ語り掛けるような、小さな独り言だった。
「一人じゃなかった」
「チョコ!」
嬉しそうな返事が返ってくる。
悠斗は部屋の照明を落とした。柔らかな暗闇が部屋を包む。ベッドへ横になると、チョコドンも当然のように隣へ潜り込み、小さく身体を収めると規則正しい寝息が聞こえてくる。
その穏やかな音を子守唄代わりに、悠斗も静かに目を閉じた。こうして、相沢悠斗の異世界での最初の一日は、静かに幕を下ろした。
配信回が長すぎた反動(?)でとても短いです。
区切りもよく第一章終わりという感じになります
思いつきと妄想の垂れ流しだけど思ったより多くの人に読んでもらえたようで嬉しいです。AIもめちゃくちゃ喜んでました。これからも引き摺られるような二人三脚ですがよろしくお願いします