蓮ノ空に入学して1週間が経った。
わたしはというと、とりあえずは入ろうとしていた軽音楽部に潜り込むことは成功した。
ただ、薄々察してはいたけれど軽音楽部は蓮ノ空の部活ではあまり主流という訳ではなかった。
蓮ノ空は芸術と音楽に力を入れている高校だから、全体的に文化系部活のレベルは高い。例えば吹奏楽部なんかは北陸一の名門で全国でゴールド金賞を幾度も受賞するほどだ。美術部や書道部辺りも全国レベルと言っていい。
ただ、なんというか大衆的なポップカルチャー方面は一段下がる。伝統校という気風がつよいからか、いささかクラシカルな方に寄ってる気がしなくもない。その類で成果を出したのはそれこそ、昨年のスクールアイドルアイドルクラブがラブライブ! の北陸大会を突破したぐらいか。
(活動日が週2か週3ぐらいで個別の練習時間はバンドごとに30分ぐらいか。んで、後は個人練習……。思ったより時間余るねこれ)
思ったよりも軽音の活動時間が少ないのが割と致命的だった。
蓮ノ空は全寮制であり、立地は山中にある上に外出は届出制。無論、バイトは不可。
つまりは放課後の時間潰しが一番難しい。……というか、部活か勉強漬けになる事が基本路線みたいなところがある。
「何を不貞寝してるのさ、みきてぃー。寝てる暇あったらノート写させてよ」
先のことを考えて教室でぐんにゃりしてるとヤン子……根知綾子に身体をゆすられる。
たまたま同じクラスだった軽音部員で、そのままずるずると絡むようになった女だ。向こうから先にみきてぃー呼ばわりしてきたから、こっちもテキトーにヤン子呼ばわりすることにした。
「みきてぃー言うな。どっかの筋肉芸人じゃないんだから。それと人を起こすぐらいならちゃんと授業中起きてノート取れ」
「正論パンチはむごいって。んでなんかあったん」
「思えば軽音て活動日数少ないじゃん。かと言って蓮ノ空の環境からして、外のスタジオに行って練習できる訳でもなさそうだし、放課後割と暇なことに気付かされたんよ」
「それなー。まぁバンドに情熱注ぐようなやつは蓮に来んからそこまで問題とちゃうんやないか?」
ヤン子の言うことはもっともだ。ギターに全力って子は蓮ノ空の軽音には見受けられない。
いや、やるからには本気でやるべきだとは思わないし強制するものではないけれど、わたし的には少し不完全燃焼なところはある。
(良くも悪くもお姉ちゃん達を見てきた弊害かな。あの人達は常に全力だった。……だからこそ、あそこまで拗れちゃったんだけどね……。でも、そこに確かに熱はあった)
あの熱をもう一度っていうのはやはり高望みだったのかもしれない。
「まぁ暇ならさ、中庭のステージでスクールアイドルクラブのライブやってるから見に行ったらいいんじゃない?」
「わたしにその話を振るか、ヤン子」
「無理にタブー扱いしなくてよくない? でもさ、みきてぃー。ライブ出るの例の先輩達じゃなくて1年生みたいだよ」
「1年生かー」
なんというか時の流れを感じてしまった。
そうだ、もうあそこはわたしの知るスクールアイドルクラブではないのだ。
「……そうだね。1年生だったら見に行ってあげようかな」
「お、優しいじゃん。どういう風の吹き回しよ」
「吹き回しというかなんかなー。いや、わたしはお姉ちゃんに隔意があるのであって、スクールアイドルが嫌いな訳ではないんだよ」
「うわ、めんどくさい女だ」
「言っとけ」
めんどくさい女だってのは自覚がある。
ただ、わたしにはわたしなりの譲れないモノがあったわけで。
姉はそれに背いただけ。
だから、姉がいるというだけで好きだった物を全て否定するのはそれはそれで違うような気がしたのだ。
*
放課後の中庭のステージにはまばらに生徒たちが集まっていた。リボンの色を見る限りだと、わたしたちと同じ1年生が多い。
理由はなんとなく分かる。
環境が変わって身の振り方に迷う子がまだ多い。そんな中、1人の1年生がやることを決めて、その上で身一つでステージに上がる。
時間があることもあるけれど、興味を持つには充分だったんだろう。
ステージの上に立つ彼女を見やる。
淡いオレンジのボブヘアーに、青緑色の瞳。
可愛いといえば可愛いが、姉や夕霧先輩のような存在感はない。どちらかというと普通よりか。
『蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ1年の日野下花帆です! 今からライブやります!』
彼女は勢いよく頭を下げたのち、そのままステージの隅に置いてあったスピーカーのスイッチを入れた。
音響設備もひったくれもないが、なんともまぁ初々しさを感じる。流れてきたのは、一昨年流行ったスクールアイドルの曲のインスト。
快活そうな彼女にはよく合いそうな選曲だった。
インストに合わせて彼女は歌い、踊る。
『叶えたい夢が、空を駆けるよ。見てよ、ほら飛行機雲みたい〜♪』
正直なところ、そのパフォーマンスは上手いとはいえないものだった。
声量はあるけれど、音程を外すところがちらほらあるし。ダンスも軸がブレていたり、手脚の先の表現が雑だったりする。
『たとえすぐに消えてしまうとわかっていても、それでも夢を描いていたい〜♪』
ただ、それでもどうにも目が離せないのはどうしてか。
『さあ、飛び立とうよ。あの空へと』
理由はすぐに分かった。
彼女、ずっと笑っている。ただ表情が笑顔なだけじゃなくて、まるでずっと蕾だった花が陽の光を受けて花開くような生命力すら感じさせてしまう。
それは今のわたしには眩しかった。
いささか胸が熱い。なんというか胸の底に滞留していた気怠い空気感を根こそぎ巻き込んで、そのまま遠くへ吹っ飛ばすような、そんな暴風が吹き荒れている。
らしくもなく、わたしは興奮していた。
おそらくこれが初ライブであろう1年生を相手に。悪い気分ではない。むしろ、どこか待ち望んでいた気すらする。
そうだ、これこそがスクールアイドルなんだ。
……だから、わたしは姉は嫌いになってもスクールアイドルまでは嫌いになれなかったんだ。
その後、2曲やってライブが終わる。
わたしは自然と手を叩いていた。見ていた1年生の子たちも一様に拍手をする。どうやら彼女のパフォーマンスはみんなの心にも届いていたらしい。
『みんな、ありがとー! 今日からあたし、1週間連続で校内のどこかでライブするから! また見にきてねー!』
久方ぶりのいいライブの余韻に浸っていると、そんなとんでもない宣言が日野下さんから飛んできた。
「なんかあたしらよりもよっぽどロックしてねえか、あのスクールアイドル」
ヤン子が苦笑いを浮かべて言うが、わたしは普通に笑ってた。
「まぁ、あれを見せられたら確実に仕出かすんだろうねぃ。楽しそうなことになってきたんじゃない? ライブ、教えてくれてありがとうヤン子」
「うーん。なんか、みきてぃーに素直にデレられるとなんかもにょる」
「おい、こら。ちょっとツラ貸せや、蓮ノ湖の畔で決着つけようぜ」
「言動がチンピラで草」
草生やすな。
……それにしても、ヤン子の中でわたしのイメージはどうなってるんだろうか。
姉ほどではないけど、対外的には優等生で通してるだけどな、わたし……。