遊☆戯☆王ーデュエルモンスターズー BattleCity 作:NONAME0195
九条凛との実践デュエルを終えた、その日の放課後。
神崎家のリビングでは、小町がテーブルいっぱいにカードを広げ、一人頭を悩ませていた。
「んーーーー……」
月光のカードを何度も並べ替え、また元に戻す。
答えが見つからない。
(攻撃力じゃない……)
今日のデュエルで嫌というほど思い知らされた。
凛のシャドールは、力で押し切れる相手ではない。
ネフィリムによる効果破壊。
こちらが攻めようとすれば盤面を崩され、気付けば主導権を握られていた。
(単純に火力だけ求めても凛ちゃんには勝てない)
必要なのは、もっと違う何か。
そんなことを考えながら一枚のカードを見つめていると、玄関から鍵の開く音が聞こえてきた。
ガチャリ。
「ただいまー」
制服姿の雄輝がリビングへ顔を覗かせる。
その声に、小町はカードから目を離さないまま肩越しに振り返った。
「あっ、お兄ちゃん、おかえり」
雄輝はテーブルに広げられたカードを見るなり、小さく笑う。
「……デッキ構築してるのか」
問い掛けられた小町は、小さく頷いた。
「うん、今日のデュエルでこのままじゃ強くなれないと思ったからさ」
一枚カードを手に取り、困ったように笑う。
「とりあえずデッキから見直そうと思って」
その言葉を聞いた雄輝は、ほんの少し目を細めた。
(いい傾向だな)
(すぐ答えを聞かずに自分で考えようとしている)
教師として、それは何より嬉しい成長だった。
デュエリストを本当に強くするのは、誰かから教わった答えではない。
自分で悩み、考え、試行錯誤した先で掴んだ答えこそが、本当の力になる。
だから今は、あえて何も言わない。
雄輝は荷物を置くと、小町の横を通り過ぎながら優しく声を掛けた。
「そうか、頑張れよ」
そのままキッチンへ向かい、エプロンを手に取る。
「今日の晩飯は俺が作るから、ゆっくり考えてみろ」
「んー……ありがとー」
返事は返ってきた。
だが、その視線は一度もカードから離れない。
よほど集中しているのだろう。
そんな姿を見て、雄輝は小さく笑った。
(……少し前までは)
(「お兄ちゃん教えて!」って真っ先に頼ってきたのにな)
妹の成長は嬉しい。
教師としても、兄としても誇らしい。
それでも――
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、頼られる機会が減ってしまったことを寂しく思う自分がいた。
「……さて」
誰に聞かせるでもなく呟くと、雄輝は冷蔵庫を開ける。
今日の献立を考えながら包丁を手に取るその表情は、どこか満たされていた。
◇
初めての授業から数週間。
季節は五月上旬を迎えていた。
デュエルアカデミアは、デュエリストの育成に力を注ぐ学校である。
しかし、だからといってデュエルだけを学ぶ学校ではない。
国語、数学、理科、社会、英語――。
一般教養として五教科の授業も行われており、生徒たちは普通の学校と同じように中間考査へ挑まなければならない。
そして、生徒たちを待ち受ける試練は、それだけでは終わらない。
中間考査が終了すると、今度は中間ランク認定戦が開催される。
デュエルアカデミアでは、いつでも認定戦を申し込むことができる。
勝利すればランキングは上がり、敗北すれば順位を落とす。
実力主義のアカデミアらしい制度だ。
しかし、その制度には一つ問題があった。
ランキング上位者が、自分の順位を守るために認定戦そのものを避ける可能性があることだ。
その問題を防ぐため、アカデミアでは学校主催の中間ランク認定戦と期末ランク認定戦を実施している。
ランカーである以上、挑戦から逃げることはできない。
順位を守る者も、順位を奪う者も。
全員が平等にデュエルの舞台へ立たなければならないのだ。
そんな事情もあり、この時期の生徒たちは勉強にデュエルにと大忙しだった。
誰もが、中間考査と中間ランク認定戦に向けて必死に準備を進めている。
……もっとも。
その日の小町は、まさか自分が別の意味で注目を集めることになるとは、夢にも思っていなかった。
そう――この日、“小町ナンパ事件”が幕を開けるのである。
いつもの昼休み。
小町と瑠奈は、中庭のベンチで昼食を広げていた。
「やあ、神崎さん」
聞き慣れない声に顔を上げると、一人の男子生徒が立っていた。
胸元のポケットには一輪の赤い薔薇。
前髪をかき上げ、妙に格好つけたポーズで微笑んでいる。
その姿を見た瑠奈は、小町の耳元へそっと顔を寄せた。
「……小町」
小声で囁く。
「この、すごく自分をカッコいいと思ってそうな痛い人、誰?」
あまりにも遠慮のない一言だった。
小町は苦笑いを浮かべながら記憶を辿る。
「えーっと……確か」
数秒考えた末、ようやく名前を思い出した。
「白鳥麗司……くん、だよね?」
小町が恐る恐る名前を口にすると、白鳥は満足そうに微笑んだ。
「覚えていてくれたんだね」
その笑顔はどこまでも自信に満ち溢れている。
しかし、その直後。
「いや、今思い出しただけじゃん」
瑠奈の鋭いツッコミが容赦なく突き刺さる。
――だが。
白鳥は微動だにしない。
というより、瑠奈の声そのものが聞こえていないようだった。
視線は終始、小町だけを見つめている。
小町と瑠奈は顔を見合わせる。
(この人〈こいつ〉、自分の都合の悪いことだけ聞こえなくなるタイプだ……)
二人は全く同じことを考えていた。
「そ、それで何か用かな?」
戸惑いながら、小町は白鳥へ尋ねる。
すると、白鳥は胸に手を当て、芝居がかった仕草で微笑んだ。
「神崎さん――いや、小町さん」
その呼び方が変わった瞬間、瑠奈がすかさず口を挟む。
「おっとぉ、いきなり名前呼びだよ」
しかし、そのツッコミも白鳥には届かない。
いや、届いているのかもしれないが、本人にとって都合の悪い言葉は認識されないらしい。
白鳥は優雅に前髪をかき上げると、小町へ向かって人差し指を差した。
「君は美しい」
一拍置いて、恍惚とした表情を浮かべる。
「この僕の隣に立つにふさわしい人物だ」
その言葉に、小町は首を傾げる。
「……はい?」
何を言われたのか理解できない。
困惑した返事しか返せなかった。
一方、その隣では瑠奈が完全に固まっていた。
(うわぁ……)
あまりのナルシストぶりに、もはや言葉も出ない。
しかし、白鳥は止まらない。
胸元のポケットから赤い薔薇を一本取り出すと、優雅な仕草で小町へ差し出した。
「今度の週末、この僕とデートしてほしい」
その一言に、小町の思考は完全に停止した。
「……え?」
目をぱちぱちと瞬かせたまま、その場で固まってしまう。
小町と同じくフリーズしていた瑠奈だったが、数秒後、先に再起動した。
「いや、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!」
勢いよく立ち上がり、机をバンッと叩く。
「いきなり何ゆっとんのじゃ、あんたは!!」
あまりの衝撃に、普段の口調はどこかへ吹き飛んでいた。
キャラが若干迷子になるほどの緊急事態である。
すると、その時だった。
白鳥はようやく瑠奈へ視線を向ける。
「……?」
不思議そうに首を傾げると、心底不思議そうな表情で口を開いた。
「君は誰だい?」
一拍置いて、さらに衝撃の一言が続く。
「いつからそこにいたのかな?」
どうやら、本当に最初から瑠奈の存在に気付いていなかったらしい。
その場の空気が、一瞬で凍りつく。
「…………」
瑠奈は無言のまま白鳥を見つめる。
ゆっくりと拳を握り締めながら。
「……ぶん殴っていい?」
キャラ崩壊上等。
瑠奈は一切冗談のない真顔で、小町へ確認を取る。
「ダメだからね!?」
小町は慌てて瑠奈の前へ回り込み、その拳を必死に押さえた。
小町は瑠奈をなだめながら、困ったように白鳥へ向き直る。
「えーと、そういうのはちょっと……」
精一杯の遠回しな断りだった。
しかし、白鳥は余裕の笑みを浮かべたまま、小さく頷く。
「照れなくてもいい」
「……え?」
小町は目を丸くする。
「君の気持ちは分かっている」
胸元の薔薇を優雅に撫でながら、白鳥は続けた。
「突然の告白に戸惑っているだけなのだろう」
自信満々にそう言い切る。
もちろん、盛大な勘違いである。
小町が何か言い返そうと口を開いた、その時だった。
「安心してほしい」
白鳥は薔薇を指先でくるりと回す。
「僕は中等部ランキング二十位、白鳥麗司」
誇らしげに胸を張る。
「この学年で二十人しかいない、選ばれしデュエリストの一人だ」
その自信は微塵も揺るがない。
「神崎小町さん」
デュエルディスクを構え、真っ直ぐ小町へ指を向ける。
「君に、認定デュエルを申し込む」
「……認定デュエル?」
ようやく小町の思考が追いつき始める。
デートの話から、なぜ認定デュエルになるのか。
まったく理解できない。
「僕が勝てば」
白鳥は人差し指を立て、爽やかな笑みを浮かべる。
「君には、僕とのデートを受けてもらう」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
小町と瑠奈の声が、見事に重なった。
「い、いやいやいや! 何その条件!」
瑠奈がすかさずツッコミを入れる。
「そんな認定デュエル聞いたことないよ!」
小町も慌てて首を横に振る。
しかし白鳥はまるで動じない。
「君はランキングを上げたいのだろう?」
静かにそう問い掛ける。
「僕は中等部ランキング二十位」
デュエルディスクを構えたまま、不敵に笑う。
「いずれ上位ランカーを目指すのなら、僕とのデュエルは避けて通れない」
その言葉に、小町は思わず口を閉ざした。
凛に勝ちたい。
もっと強くなりたい。
そのためには、上位ランカーとのデュエルから逃げるわけにはいかない。
「小町!」
瑠奈が心配そうに顔を覗き込む。
「デートなんて受ける必要ないからね!」
その言葉に、小町はゆっくり頷いた。
「うん」
そして白鳥を真っ直ぐ見つめ返す。
「認定デュエルなら受けるよ」
白鳥の口元が満足そうに緩む。
「つまり、デートも了承ということだね」
「違うよ!?」
即座に否定する小町。
そんな小町を見て、白鳥は優雅に微笑んだ。
「照れなくてもいい」
「だから違うってばぁ!!」
白鳥は満足そうに頷くと、静かにデュエルディスクを閉じた。
まるで勝負はすでに決まっていると言わんばかりの余裕を漂わせながら、小町へ優雅に一礼する。
「では、デュエルは明日の放課後」
胸元の薔薇を指先で整え、白鳥は爽やかな笑みを浮かべた。
「デュエルフィールドで君を待つ」
そう言い残すと、白いマント……とまではいかないが、どこか舞台俳優のような大袈裟な身のこなしで踵を返す。
そして、一度も後ろを振り返ることなく、その場を去っていった。
残された小町と瑠奈は、しばらく無言のまま立ち尽くす。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
「……何だったの、あの人」
小町がぽつりと呟く。
「うん、あたしも聞きたい」
瑠奈は深いため息をつきながら、力なく肩を落とした。
一方、その一部始終を――
廊下の角から静かに見つめる人物がいた。
神崎雄輝。
昼休みの巡回をしていた教師である。
その表情は終始穏やかだった。
しかし。
雄輝が何気なく手を添えていた廊下の柱には――
ミシッ。
鈍い音と共に、小さな亀裂が走る。
握力だけで、柱にひびが入っていた。
その異様な光景を目の当たりにした黒機は、思わず額に汗を浮かべる。
(この人……)
雄輝の視線は、白鳥の背中を一瞬たりとも外さない。
静かな笑顔のまま。
柱だけが悲鳴を上げていた。
(……シスコンだ)