遊☆戯☆王ーデュエルモンスターズー BattleCity 作:NONAME0195
……私たちは一体、何を見せられてるんだろうか?
いきなり見知らぬ女性に話しかけられたと思ったら、
その人は、お兄ちゃんのフィアンセだと言う。
頭の中は大混乱。
何がどうなっているのか、まったく理解が追いつかない。
……なのに。
当の本人たちはというと──
校門前で全力の追いかけっこを繰り広げていた。
「待てぇぇぇぇ!!」
「やだよー!」
「あはははっ!」
「逃げんな、このアマァァァァ!!」
「捕まえてごらーん♪」
校門前を縦横無尽に駆け回る二人。
お兄ちゃんは必死の形相で追いかけ、
金髪の女性は楽しそうに笑いながら軽やかに逃げ回る。
……。
…………。
いや。
なんなの、この人たち。
「……小町」
瑠奈が恐る恐る口を開く。
「う、うん……」
「これ……止めなくていいの?」
「いや、無理だろ……」
黒機くんも呆れたように頭を掻いた。
「先生があそこまで必死に追いかけ回してる姿、初めて見たな……」
その言葉に、私は思わず頷くしかなかった。
◇◇◇
しばらく白熱した追いかけっこの末、
ようやくお兄ちゃんが金髪の女性を捕まえた。
肩で大きく息をするお兄ちゃんとは対照的に、
当の女性はどこか楽しそうに微笑んでいる。
……。
なんで追いかけられてる方が、こんなに余裕なんだろう。
「だらしないなー、ユウは! もうバテたの?」
「はぁ……はぁ……っ! てめぇ……っ、逆に……なんでそんなに……余裕なんだよ……」
女性はクスッと笑う。
「毎日ちゃんと走ってるからかな?」
二人はまるで昔からの友達のように言い合っている。
……。
…………。
いや。
そろそろ説明が欲しいんだけど。
「お兄ちゃん」
私は恐る恐る声を掛けた。
「この人……誰?」
「えー? だから私は彼のフィアン──」
「おい」
低い声が割って入る。
次の瞬間。
ガシッ。
お兄ちゃんの右手が、女性の頭をわし掴みにした。
いわゆる――アイアンクローである。
「ごめんなさい、嘘です」
女性は一秒で前言を撤回した。
お兄ちゃんはアイアンクローをかけたまま続ける。
「いいから真面目に自己紹介しろっ!
いつまでバカやるつもりだ!」
「いたたたたっ!」
女性は頭を押さえながら苦笑する。
「いやー、ついついユウの反応が面白くて♪」
「面白くねぇ!」
「毎回ちゃんと引っ掛かってくれるじゃん?」
「てめぇ!誰のせいだと思ってる!」
「はいはい、ごめんごめん」
女性は姿勢を正し、私たちへ向き直った。
「改めまして――
私の名前はシルヴィア・エミリー・カーター!」
それはそれは綺麗なウィンクを一つ。
「一応、プロデュエリストよ♪」
その一言に、私たちは顔を見合わせた。
「プロって……え?」
瑠奈が目を丸くする。
その隣で、黒機くんの表情が変わった。
「シルヴィア・エミリー・カーター……
ま、まさか……世界ランキング十五位の……!?」
お兄ちゃんは額に手を当てた。
深いため息が漏れる。
「……残念ながら、その通りだ」
俺は隣に立つシルヴィを親指で指した。
「こんなド阿呆だが……
れっきとした世界ランカーの一人だ」
私は思わずシルヴィアさんを見つめる。
「えええええええぇぇぇぇ!!?」
◇◇◇
ったく……
シルヴィのせいで、また要らん体力を使わされた。
何より腹立つのは――
俺がこんなヘロヘロになってるっていうのに、
この女ときたら、ケロッとしやがって。
……というか、そもそも。
「シルヴィ……」
俺は呆れ半分、ため息混じりに口を開く。
「お前、なんで日本にいるんだよ?」
「え? ユウに会いに来たからだけど?」
「てんめぇ……真面目に答えろ!!」
「いやいや、大マジです♪
モデルの仕事が一段落して長い休みをもらったの
だから真っ先にユウに会いに来た♡」
……なんですと!?
つまりこいつは……
貴重な休みを使って
わざわざ俺に会いに来たってことか?
それって……つまりは……
「シルヴィ……おまえ……」
なぜか三人とも息を潜め
俺の方をじっと見つめている。
「休みに遊んでくれる友達いねぇのか?」
見ていた三人は
見事なシンクロでズコーッ!!
仲良く同時にズッコケた。
シルヴィに至っては、まるでアホを見るような目で俺を見てやがる。
……いや、なんでだよおい!!
◇◇◇
ほんっと、お兄ちゃんって……
こと恋愛に関しては鈍感の極みなんだよねぇ。
昔からそう。
傍から見れば、相手がめちゃくちゃ好意を寄せてるのなんて丸分かりなのに……
当のお兄ちゃんは、全然気付いてない。
…………って、そうじゃない!!!
今はアホなお兄ちゃんのことは置いといて!!
シルヴィアさん!!
これ絶対、お兄ちゃんのこと好きじゃん!!
なんで!?
どーゆーこと!?
えっ?
義理のお姉ちゃん候補!?
いやいやいや!!
どこで知り合ったのさ、お兄ちゃん!!
……と、完全にパニックに陥っている私に代わって
「あのー……お二人は、どういうご関係で?」
と瑠奈が聞いてくれた。
そう!!
それ!!
それが聞きたかった!!
隣では、黒機くんも「それが聞きたかった」と言わんばかりに何度も頷いている。
すると、シルヴィアさんが何か言おうとした。
けれど、その前にお兄ちゃんが答えた。
「シルヴィは俺がアメリカで戦ってた時の……
戦友? みたいなもんだ」
「まーた照れちゃって♡
同棲してた仲じゃない♪」
「わざと誤解されるような言い方をするんじゃねぇ!!!
お前がファンに自宅を特定されて、逃げ込んできたんだろうが!!」
それはそれでどうなんだろう……
私たち三人は、同じことを思っていた。
「てめえ……忘れたとは言わせねぇぞ?
おかげで、お前のスキャンダルに巻き込まれて……
俺の家に怪文書が山ほど送り付けられてきたことを!!!」
すると黒機くんが、何かを思い出したように声を上げた。
「思い出した!!
一時期、シルヴィアさんに恋人ができたって大騒ぎになった事件!!
あれの相手って……先生だったんですか!?」
すると、お兄ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「そうだ!!
なんとか本名だけは隠し通したが……
ネット警察どもに特定されて、えらい目にあった」
「あははー♪ そんなこともあったねぇ♡」
「いや、そもそもですよ!
どんなきっかけがあって、そんなに仲良くなったんですか!?」
と、瑠奈が私たちみんなが一番知りたかったことを聞いてくれた。
そう!!
それ!!
今度こそ、それが聞きたかった!!
「え?
ユウとは世界ランキング戦で何度も戦ってるよ?
だって、ユウ元世界ランキング11位だもん♪」
…………。
その場の空気が止まった。
「「「…………え?」」」
えええええええ!!?
いや!!
お兄ちゃんが世界に挑戦してたことは知ってた!!
でも……
世界ランキング11位!?
それって……
ほんとに世界トップクラスじゃん!!
瑠奈も言葉を失っていた。
「じゅ、十一位って……
世界大会の常連レベルじゃないですか……」
黒機くんも信じられないという顔で、お兄ちゃんを見つめている。
「先生……あんた、一体どこまで化け物なんですか……」
シルヴィアさんは目をぱちくりとさせ、不思議そうにお兄ちゃんを見る。
何か言おうとして――
お兄ちゃんと目が合う。
「……そっか♪」
小さく笑うと、肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。
「さて、お前ら……
俺はこいつと少し話があるから、先に帰ってろ」
「えっ♡ やっと告白してくれるの?」
「やかましいわ この阿呆が!!」
「じゃあね、小町ちゃん♪ また遊ぼうね♡」
「は、はい……」
私たちは三人そろって帰路につく。
振り返ると、お兄ちゃんとシルヴィアさんは並んで歩き始めていた。
……やっぱり。
あの二人には、私の知らない時間があるんだ。
◇◇◇
小町たちと別れた後。
俺たちは、とあるチェーン店の居酒屋へやって来た。
「もっとオシャレな店なかったの?」
店の看板を見上げたシルヴィが、半ば呆れたように言う。
「知るかっつーの!」
俺は即座に言い返した。
「人見てから言え!
この俺が、そんなオシャレな店に通ってるように見えるかっつーの!」
「……ぷっ」
シルヴィは吹き出すと、肩をすくめた。
「ま、そうだね♪」
そう言って店内へ足を踏み入れる。
「実は私も、こういう店の方が好きなんだよね」
「は?」
「普段はスポンサーとの会食とか、パーティーとか、堅苦しい食事ばっかりだからさ」
シルヴィは苦笑する。
「プライベートくらいは、気を遣わずにご飯食べたいもん」
「だったら最初から文句言うな」
「ユウの反応が見たかっただけ♡」
「てめえ……」
「あははー♪」
なんてやり取りをしているうちに、店員に案内され個室へ通された。
ちなみに個室を選んだ理由は一つ。
シルヴィが目立つからだ。
……いや、性格はともかく。
見た目だけは文句なしの美人だからな。
カウンター席なんかに座れば、間違いなく周囲の視線を集める。
見た目だけは。
大事なことだから、もう一度言う。
見た目だけは。
「……聞こえてるよ?」
「ちっ」
「舌打ちした!?」
「訂正する」
「うんうん♡」
「性格が全てを台無しにしてる」
「訂正どころか悪化してるんだけど!?」
店員が静かに個室の扉を閉める。
さっきまでの店内の喧騒が、少し遠くなった。
俺はジョッキに手を伸ばす。
その時だった。
「やっぱり……あの世界戦のことは言ってなかったのね」
シルヴィがぽつりと呟く。
「ああ」
俺はジョッキを傾ける。
琥珀色の液体が喉を通る。
少し苦い。
昔を思い出すには、ちょうどいい味だった。
「日本じゃ知られてないからな」
「……そうね」
シルヴィも静かに頷く。
店の外からは笑い声が聞こえてくる。
けれど、この個室だけは別世界のように静かだった。
「あの試合……俺はランキング一位と戦って、完膚なきまでに叩きのめされた」
苦笑する。
あの場で一番近くで見ていたシルヴィなら、説明するまでもない。
奴らが使っていたカードは、俺たちの知るものとはまるで違っていた。
そして、あの日初めて目にした。
俺たちの知らない、新たな召喚法を。
あの日、俺は初めて知った。
世界のデュエルは、日本が見ている景色とはまるで違うことを。
プロになればスポンサーが付く。
それ自体は珍しい話じゃない。
カードメーカー。
デュエルディスクメーカー。
飲料メーカー。
アパレル企業。
世界中の企業が、有望なデュエリストへ声を掛ける。
だが。
世界ランキング十位以内だけは違った。
スポンサーになるのは、世界経済すら動かす超巨大企業。
俺たちとは住む世界そのものが違っていた。
その企業には、一つだけ特権があった。
インダストリアル・イリュージョン社へ、
極秘のカード開発を依頼できることだ。
依頼されるのは、新たなカード。
そして、そのカードから生まれた新たな召喚法。
世界選手権。
世界ランキングに関わる公式戦。
その限られた舞台だけで使用を許された、切り札だった。
「ええ……彼らがワールドツアーで使っていたデッキは全部"公開用"」
シルヴィは静かにそう言い切った。
その通りだ。
世界中のファンが見ていたのは、あくまで表の顔。
本当の切り札は、誰にも明かされない。
トップランカーは企業の象徴。
自社の技術や戦略を背負う存在だ。
だから、十位以内のランキング戦は非公開。
デッキリストはもちろん、デュエル映像すら外へ出ることはない。
世界選手権でさえ例外ではない。
表に出るのは勝敗と順位だけ。
その裏でどんなカードが使われ、どんな召喚法が披露されたのか。
それを知る者は、ごく限られた関係者だけだった。
「3年……
3年間、対抗できる手段を探して世界を戦い続けた……
……結局、見つけられなかったな」
シルヴィは少しだけ目を伏せる。
「……だから、ユウは世界を去ったのね」
しばらく沈黙が流れる。
俺は空になりかけたジョッキへ視線を落とす。
「ああ」
グラスの底には、溶けかけた氷が一つだけ転がっていた。
「でも……
最近、生徒たちを見てると思うことがある」
俺は小さく笑う。
「もしかしたら……
俺には見えなかった答えを、あいつらが見つけてくれるんじゃないかってな」
目を閉じる。
不器用でも、必死にもがきながら前へ進む生徒たちの姿が、次々と脳裏をよぎった。
シルヴィは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ……
ユウも、いい先生やってるのね」
俺は照れ隠しにジョッキを口へ運ぶ。
「……うるせぇよ」
店の外から聞こえる賑やかな笑い声。
あいつらなら。
きっと俺が辿り着けなかった景色まで、歩いていける。
そんな気がしていた。